「すべての経費を止めろ」ツイッター大変革のためにイーロン・マスクがとった「常識破り」の行動とは?

写真提供:ロイター/共同通信イメージズ

 宇宙開発企業スペースXとEVメーカーテスラを率いる起業家、イーロン・マスク氏。ツイッター買収によって新たな注目を集める中、その大胆な経営手腕を目の当たりにした日本人がいる。元ツイッタージャパン社長の笹本裕氏だ。新たなトップは笹本氏に何を求め、組織をどう変容させたのか。本連載では、『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(笹本裕著/文藝春秋)から、内容の一部を抜粋・再編集。知られざるエピソードとともに、希代のイノベーターによる組織マネジメントの一端に迫る。

 第2回は、組織変革に向けたマスク氏の「驚きの行動」にスポットを当てる。

<連載ラインアップ>
第1回 「俺は元の数字が見たいんだ」いきなり本質をつかむ、イーロン・マスク流の問題解決法とは?
■第2回 「すべての経費を止めろ」ツイッター大変革のためにイーロン・マスクがとった「常識破り」の行動とは?(本稿)
第3回 「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?
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すべての経費をいったん止めよ

 買収後、彼からの最初の指示にも驚きました。「すべての経費をいったん止めろ」というのです。「無駄な経費をなくせ」とかではありません。すべての経費です。交通費も旅費もすべて出すな、と。どうしても必要な経費は自分が決裁する。それ以外は出さない。

 だから私がシンガポールから日本に戻ってくるときも、引っ越し代はすべてイーロン本人の決裁が必要でした。少なくとも、私の契約書関係は全部イーロンがサインすることになった。本当に、いい意味でも悪い意味でもワンマン。「イーロン商店」でした。

 当時は社員の経費がしばらく支払われない状況が続きました。精算は済んでいても、振り込みはされていないという状況。これは「コスト削減」というよりも、単に「未払い」でした。

■ 無駄な投資が多かったのも事実

 無駄な投資が多かったのも事実です。

 そこを削減できたことは、イーロンと彼のチームの功績でしょう。

 たとえば、CMO(最高マーケティング責任者)が経費でプライベートジェットに乗っていたことが発覚しました。これは少なくとも赤字の会社がやることではありません。

 またTwitterにはショートメッセージでログインする「2段階認証」がありますが、そこにも問題がありました。

 日本やアメリカでは、きちんと利用者が特定されて、キャリアもちゃんとしています。だからあまり問題にはならなかったのですが、たとえばインドネシアなどでは、SIMカードが安価で売買されていたりする。そうすると、キャリアと組んでいる連中がいて、ショートメッセージを機械的、もしくは人を使ってどんどん打たせて、Twitterに請求させていたのです。これに月8000万円くらいかかっていた。

 イーロンは「あれ? ちょっと待って。これ、なんでインドネシアに月8000万もかかってるの?」と気づきました。「そんなに利用者いないはずだよね」という話になって、調べてみたら、そういう事実が発覚した。

 すべての経費を止めることで、そういう無駄な出費をあぶり出して、相当なコスト削減をした。それはイーロンの功績として大きいものがありました。

■ 土曜の「コスト見直し会議」

 イーロンは、土曜日に6時間くらいかけてコストの見直しをしたこともありました。すべてのコストを一行一行精査していく。そして、その都度、関係者が呼ばれるわけです。私もたまに呼ばれたのですが、「えっ? イーロンが自分でずっとこれやってるの?」と驚きました。「土曜はゴルフに行くんですけど」という社員もいましたが、さすがに言えない。「そんなのキャンセルしろよ」という空気でした。

 買収されてから、Twitterは過去の負債を怒濤(どとう)の勢いで返済していきました。その中身は、大胆な人員削減と、大幅なコスト削減。イーロンからは「500億をコスト削減しろ」という短期目標が課されました。チームはそれを達成するべく、なりふり構わないやり方をしました。

 経費の「未払い」などはさすがにまずかったと思いますが、一方でかなりの短期間で大幅なコスト削減が実現したわけで、Chapter1でお伝えした「いったん極端にふってから調整する」が功を奏したのも事実なのです。

現状把握するため大量に質問する

 最初の頃は、イーロンからたくさん質問をされました。

 事前の調査をあまりせずに買収していたから、というのもあったのでしょう。イーロンは大改革を起こそうとしていましたが、それにあたってはまず現状を理解する必要があります。現状を把握するため、細かいものから大雑把なものまで、たくさんの質問が飛んできました。

 なかでも多かった質問は「人」に関するものでした。「彼は何をしているの?」「彼の働きぶりはどうなの?」といったことをこまごまと聞かれました。それはやはり「社員の数を約半分に減らす」という彼の当初の目的のためでしょう。

 ただ「どの組織を、どういうふうに縮小するべきか?」は、ほとんど私たちに相談はありませんでした。だから、いきなり広報部門全員が解雇の対象になったことも想定できていませんでした。いつのまにか、一気にいろんな組織が消えていったのです。そこに対する説明は特にありませんでした。

 彼のなかに、どんな改革の構想があるのか? その全体像がどうなっているのかはわかりません。ただ少なくとも「こうやるんだ」ということは決まっていて、どんどんその決断だけが降りてくるというかたちでした。

■ お金についての質問がいきなり飛んでくる

 データや経営指標など、数字についての質問もよく飛んできました。

 たとえば「売上管理表はどこにあるの?」といったことです。こういう連絡には、Slackが使われました。

 Slackは、オンラインになっている人にグリーンのマークが表示されます。だから、いま仕事中の人が把握できる。イーロンは、グリーンになっている人間に片っ端から連絡をしていくのです。時差などは関係ありません。その人が何の仕事をしているかだって、イーロン自身はわかっていない。

 だから「なんで私に質問が来たんですかね?」ということがたまにありました。まわりに聞いてみると「お前の表示がグリーンになってたからじゃない?」と。イーロンに「えっ、私、そのファイナンスとぜんぜん関係ないんですけど」と返すと、「じゃあこれ、誰が知ってるの?」と聞かれる。「この人じゃない?」と言うと「そいつはもういなくなったから」なんて展開になることもありました。

 特に最初の5週間は、本当に突拍子もないタイミングで突拍子もない内容の連絡が飛び交いました。だからSlackはカオスでした。メールは使われません。リアルタイムなやりとりがしづらく、まどろっこしいからです。とにかく時間が優先ということで、Slackでいきなり連絡が飛んできた。連絡は、イーロン本人から飛んでくることもあれば、彼のまわりの人からということもありました。

■ ビデオ会議では「学びモード」

 イーロンとはビデオ会議も週2回ぐらい、5週間にわたってやりました。

 ビデオ会議のときのイーロンは、どちらかというと「学びモード」です。「いろいろ教えて」みたいなスタンスでした。また、抱えている課題についても早くから話していました。

 たとえば、日本におけるTwitterの利用者が多いことは彼も理解していました。ただ、利用者に対する売り上げの比率はあまり高くないんじゃないか? 日本はまだまだ伸びしろがあるんじゃないか? という話もしました。

 イーロンは「なぜそういう状況になってるのかを説明せよ」と言います。だから「どうやって伸びしろを現実化していくのか」を最初の1〜2週間で議論しました。主要なポイントはわりと早く押さえて、それに対する問題解決策を議論するやりとりを、けっこう頻繁にやりました。

 命令系統がハッキリしている会社のように、下から部長に行って、そこの担当役員に行って、CEOに行く、というようなやりとりはありません。イーロンから直接ボンと質問が来るのです。

 このやり方がよかった面もあります。

 普通は「これを言うと、あの部署の誰々はバツが悪いな」みたいなことをつい気にしてしまいます。でも、そんな忖度をしている暇がないのです。それを意識させないぐらい、頻繁にやりとりする。まわりに気を使うことは許されない。そうやって自然と組織の壁が取り払われていっている感覚がありました。

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第1回 「俺は元の数字が見たいんだ」いきなり本質をつかむ、イーロン・マスク流の問題解決法とは?
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第3回 「心臓を替えようぜ」経営のセオリーにない、イーロン・マスクならでは企業改革の発想とは?
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