アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?

ビル&メリンダ・ゲイツ財団を立ち上げたビルゲイツ氏。画像は国際貢献で提携した際の記者会見の様子
写真提供:共同通信社

 デジタル技術やAIの台頭など、変化が激しく不確実性の高い時代において、今、多くの企業で「パーパス経営」が注目されている。こうした「同じ経営理念やパーパスを信じる人たちが共に行動する」という理想的な民間企業の姿は、見方によっては「宗教」にも通底する部分があると言えるのではないか。本連載では『宗教を学べば経営がわかる』(池上彰・入山章栄著/文春新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。世界の宗教事情に詳しいジャーナリスト・池上彰氏と、経営学者・入山章栄氏が、宗教の視点からビジネスや経営の在り方を考える。

 第5回は、徹底した個人主義と契約社会によって成り立つアメリカで、宗教的規範がビジネスパーソンの行動原理にどのような影響を与えているのかを見ていく。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜ不可能の連続を成し遂げられるのか?ソフトバンク・孫正義氏の「センスメイキング」とは
第2回 「今の日本にはイノベーションが足りない」、ホンダ、ソニー、アップルが行っていた「知の探索」はなぜ重要か?
第3回 スノーピークやユーグレナにはなぜ熱狂的ファンが集まるのか? いい意味で"宗教的な"企業が増えている理由
第4回 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■第5回 アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?(本稿)


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成功者は神に祝福されている

宗教を学べば経営がわかる』(文藝春秋)

池上 アメリカという国は、イギリスで英国国教会に弾圧されたピューリタンが海を渡ってきたところから始まりました。

 ここでイギリスのキリスト教会の歴史の流れを簡単に振り返りましょう。英国国教会は国王ヘンリー8世が離婚したいために始めた宗教といわれています。ヘンリー8世は王妃との間に男子が生まれないことに焦り、王妃の侍女を愛人にしようとしたんです。

 すると、侍女からは正式な結婚を求められました。王妃とは離婚しなければなりませんが、カトリックでは離婚が認められていないので、国王はローマ教皇に承認を求めたところ、教皇は離婚に反対し、国王を破門してしまった。

 そこでヘンリー8世は1534年に「イギリス(イングランド)の教会の首長はイギリス(イングランド)国王である」と宣言して議会にも認めさせ、カトリックから独立した英国国教会が発足しました。彼は、自分の方針に反対した側近を処刑し、さらにカトリックからの独立に反対するイングランドのカトリック教会や修道院を自分のものにして、莫大な富を手にしました。

 英国国教会は教義の違いによる独立ではなかったので、宗教儀式もカトリックの色彩を強く残し、君主制や身分制を重んじていました。これに対して、イギリスの庶民たちは、カルヴァン派の影響を受けて不満を募らせていたのです。

 こうした熱心な信仰心を持つ信者を、エリザベス一世が「ピュア(純粋)な人たち」と皮肉ったことから、彼らはピューリタン(清教徒)と呼ばれるようになった。カルヴァン派の影響を受けたピューリタンの思想をベースに、アメリカでは個人主義的な国民性が形成されていったわけですよね。

入山 池上さんに薦めていただいた橋爪大三郎さんの著書によると、カルヴァン派では、一人ひとりが神の前に立って直接向き合うことになる1。大切なのは神との関係だけなので、周りの人間のことはどうでもよくなる。これが個人主義に帰結するわけですね。そして、神以外の他の者は誰も信用できないから、人間不信になっていく。だから、あのように法律によってがんじがらめで縛るような形で他人と関わる、いわゆる「契約社会」が出来上がっていく。

池上 カルヴァン派の予定説では、誰が救われて誰が救われないか、あらかじめ決まっています。ということは、家族や友人も含め、自分の周りの人も救われない可能性があります。そうなると、救われない人間、つまり救済に値しないような人間のことを、心の底からは信頼できないという話になってくる。

1『世界は宗教で動いてる』光文社未来ライブラリー(2022)

入山 私はアメリカに10年いたので、徹底した個人主義の国で契約社会であることは実感として理解していました。でも、理由はよくわかっていなかったんです。その背景にはカルヴァン派(プロテスタント)の宗教的規範があったのだと知ると、様々な体験がめちゃくちゃ腑に落ちるところがありますね。やっぱりアメリカというのは、びっくりするくらい宗教的な国なんだと思います。

 そしてもう一つ、橋爪さんの本を読んでいて「確かにそうだな」と感じたのが、アメリカ人は「成功者は神に祝福されている」と考えるという点です。これは神学者である森本あんりさんの著書でも詳しく解説されていますが、何かの分野で成功した人は、カルヴァン派(プロテスタント)の「予定説」に基づき、「神に選ばれた人」として称賛されるんですね2

池上 一生懸命に働いて成功を収めた場合に、「神に祝福されたから成功したんだ。神に選ばれたんだ」と考える。厳密には、現世で成功したからといって、実際のところ神に救済されるかどうかはわからないんですけれども、彼らはそのように理解します。

入山 経営学の世界には、「アメリカ企業のCEOがもらっている給料は高すぎるんじゃないの?」っていうことを研究したり議論する人たちもいます。何十億円とか、ヘタをすると何百億円とか年俸をもらっている。でも、アメリカ国内では不思議なくらい批判や妬みが聞こえてきません。おそらく、「彼らは努力した結果、神に祝福されたんだから当然だ」って考え方なんでしょうね。

池上 日本だったら、「あいつだけ金持ちになった。ずるい! 許せない!」ってことにもなりそうですよね。ところがアメリカだと、「おめでとう! 自分も努力して成功したいね」ってなるんでしょう。

救済が保証されないから、さらに努力する

池上 メジャーリーグの選手も、何十億円と年俸をもらっています。私なんかは「10億でもすごいのに、どうして何十億も欲しがるの?」って思ってしまうんですけど、あれはきっと金額の問題だけじゃないんだろうなと。「これだけ神の祝福を受けている」という証なんじゃないですかね。だから、たとえ50億もらったとしても、「100億を目指そう」って、さらに上を目指すことになる。

入山 アメリカでは、研究者同士の競争も猛烈に激しいんです。ようやく博士号をとって大学のアシスタント・プロフェッサーとかになって一生懸命に頑張っても、多くの人は途中でクビになったりして浮かばれないんですね。ごく一部の勝ち残った学者たちが、ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)あたりの超一流校の教授になります。

 でも興味深いことに、彼らはそこで満足しない。もっと頑張るんです。私なんかはもっと低いレベルでも「もう、いいじゃん」って思ってしまうんですけど(笑)。たぶん彼らは、「自分は神に選ばれた」と思って努力を続けているんじゃないでしょうか。

2『宗教国家アメリカのふしぎな論理』NHK出版新書(2017)

池上 さきほど、現世で成功したからといって、神に救済されるかどうかはわからないという話をしました。成功を収めて「神に選ばれた」と思っている人でも、このことには気づいているのではないか。論理学の必要条件と十分条件でいうと、十分条件はいつまでも満たせないから、自分が救われる確信は持てないわけです。だから不安になってきて、さらに頑張ることになる。

入山 なるほど。そうやっていつまでも頑張ってしまう。

池上 そして、晩年になると資産をほとんど寄付しますよね。それは『新約聖書』の「マタイによる福音書」にこのようなエピソードが書かれているからです。ある金持ちの青年が「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」とイエスに訊ねます。イエスが十戒を守りなさいと告げると、彼は「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか」と再度訊ねる。すると、イエスはこう諭します。

『もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』

 つまり、金持ちのままでは天国に行けないから、敬虔(けいけん)なキリスト教徒は死ぬまでに自分の財産を処分してしまおうと考えるのです。

入山 お金持ちになったのは神に祝福されているからだけれども、そのお金を持ったままでは天国に行けない。こういう理屈なんですね。

池上 そうです。ビル・ゲイツも、離婚前に奥さんと一緒に「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」という慈善基金団体を立ち上げています。以前、彼にインタビューしたときに、「金持ちが天国に行くのは難しいって聖書に書いてあるから寄付したんですか?」って聞いたら、笑って答えませんでしたが(笑)。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜ不可能の連続を成し遂げられるのか?ソフトバンク・孫正義氏の「センスメイキング」とは
第2回 「今の日本にはイノベーションが足りない」、ホンダ、ソニー、アップルが行っていた「知の探索」はなぜ重要か?
第3回 スノーピークやユーグレナにはなぜ熱狂的ファンが集まるのか? いい意味で"宗教的な"企業が増えている理由
第4回 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■第5回 アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?(本稿)


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