キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?

写真提供:NurPhoto/共同通信イメージズ
キリンホールディングス ニュースルーム<https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2024/0423_01.html>

 温室効果ガスの実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」に加え、ここにきて「ネイチャーポジティブ」への対応が本格化している。生物多様性の損失を止め、自然再興を目指す取り組みだが、その難易度は高い。そこで本連載では、『カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ サステナビリティ経営の新機軸』(野村総合研究所編/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集し、国内企業の取り組みを紹介。サステナビリティ経営の新たな在り方を考察する。

 第2回は、キリンHD、日本製鉄ほか鉄鋼セクターの取り組み事例を紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?
■第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?(本稿)
第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?
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キリンHD
長年のサプライヤーエンゲージメントの実績があるスリランカの紅茶葉生産地に対象を絞ってLEAPアプローチを実施し、生物多様性へのコミットメントを進める

■キリンのTNFD開示推進

 キリンHDは、TNFDのLEAPアプローチに沿った事業活動による自然への依存・影響の分析を進めています。その中でも長年サプライヤーエンゲージメントを行ってきた実績があり、自然への依存度も高い紅茶生産に対応ターゲットを絞った優先的な対応を進めています。

 これまでに行ってきている自社の自然関連の対応状況を整理し、過去の経験から実行しやすいコモディティ、またはセグメントから対応実施を進めることで、自社に蓄積されたノウハウを生かした自然資本対応が可能となると筆者は考えています。

■スリランカの紅茶農園に対するLEAP分析とサプライヤーへのエンゲージメント

 キリンビバレッジの主力商品である「キリン 午後の紅茶」は、発売より30年以上スリランカの紅茶葉を使い、その事実をマーケティングにも利用しており、原料生産地への依存度が高くなっています。現地とコミュニケーションを取りアプローチできる対象であることから、スリランカの紅茶葉生産地について、LEAPを使った評価を実施しています。

 この分析の結果、対象として分析した10農園の多くが、固有種が多数生息している山地熱帯雨林や低熱帯雨林に位置し、近隣に国立公園や保護区が位置しているにもかかわらず、生物多様性の保全に貢献する有効な対策がないことがわかりました。

 これら対象地域への対応策の1つとして、キリンHDでは2013年から継続しているより持続可能な農園認証取得支援のトレーニングによって自然資本へのインパクトの緩和に寄与できる項目が多くあり、スリランカの自然資本の課題の解決に有効であると判断しています。

 紅茶葉の栽培では、水と土壌は品質を支える依存度の大きい要素であり、分析の結果でも、水の利用や化学肥料・農薬利用を通じて、生産地の自然に影響を与えていることが判明しました。

 2021年にスリランカ政府が「スリランカを世界初の有機農業100%の国にする」と宣言しましたが、適切な有機肥料が用意されておらず、米の生産量が半減するなど、農業が大きな影響を受けました。この際も、有機肥料の利用に知見を持つレインフォレスト・アライアンスが、大きな影響を受けないような支援を紅茶農園に実施しています。

 キリンHDが提供する認証取得のためのトレーニングでは、適切な農薬や肥料の使い方を学ぶことができるため、土壌汚染や劣化、生態系への影響を軽減し、単位面積当たりの収量を上げることが可能です。

 キリンHDでは、紅茶農園認証取得支援の経験を活かし、2020年から認証取得支援を行っているベトナムのコーヒー農園でも、今後同様のLEAPアプローチによる分析・評価を行っていくことを考えています。

 このように、長年にわたり取り組みがあり、原料生産地ともコミュニケーションを取り合ってアプローチできる調達地域から自然資本のリスクと機会の分析にLEAPアプローチを適用していくことで、他のコモディティでの対応展開の際にもゼロからのスタートではなく、対応方針や評価後の取り組みについて勘所を押さえた状態で臨むことができる有効な手段の1つであるといえます。

日本製鉄、神戸製鋼所、JFEスチール
副産物である鉄鋼スラグを「自然に還元」し、海の生態系を再生


■鉄鋼セクターにおけるサステナビリティ課題

 近年の鉄鋼セクターにおいては、ネイチャーポジティブに先行するサステナビリティテーマであるカーボンニュートラル対応が喫緊の対応となっています。

 経済産業省によると、日本の産業部門別CO2排出量のうち3分の1を製造業が占めており、さらに製造業の中では鉄鋼業が3分の1を占めています。こうした背景の中、「グリーンスチール」化が国内外を問わずセクター全体で進められていると伺えます。

■副産物を利用した自然の回復に資する取り組み

 ネイチャーポジティブ関連では、製鉄工程で発生する「副産物」である鉄鋼スラグを活用した、自然の回復に資する取り組みが行われています。鉄は植物の光合成などに必須な微量元素であり、生態系の底辺を支える植物プランクトンの増殖において重要な元素です。

 そのため、森林減少による河口からの鉄分流入量の減少は、沿岸域の生物多様性を減少させることが知られています。その結果として、水産業における漁獲量の減少といった問題も顕在化しています。いわゆる「磯焼け」と呼ばれる現象です。

 こうした課題に対して、鉄鋼スラグを海岸の汀線に設置することで、波や潮の干満によって鉄鋼スラグ中の鉄分は海中に供給され、生物多様性の増加につながると考えられます。

 神戸製鋼所は、兵庫県や沖縄県においてスラグにより海域における環境修復の実証試験を行っています。兵庫県沿岸で行った実証実験では、鉄鋼スラグを組み合わせた鋼製藻場魚礁の沈設後に、藻類の繁茂や魚の回遊といった成果が確認されたことを神戸製鋼所は報告しています(神戸製鋼所HPより)。

 日本製鉄は、鉄鋼スラグと廃木材チップを発酵させた腐植物質とを混合することで生成するフルボ酸鉄が、海藻類の成長促進に有用であることに着目し、北海道増毛町において藻場再生の実証事業を行いました。

 鉄鋼スラグと腐植物質を混合した施肥ユニットを設置して8か月後の調査では、施肥エリアにおける単位面積当たりのコンブ生育量は、施肥しなかったエリアと比較して100倍以上に及ぶなど、良好な成果が示されたと日本製鉄は述べています(日本製鉄HPより)。

 JFEスチールは、鉄鋼スラグを生物着生基盤材などの用途向けに製品化しています。鉄鋼スラグに炭酸ガスを吸収させてできた炭酸固化体は、海藻やサンゴの着生基盤材として使用できると述べています。鉄鋼スラグの水和固化体も同様に、海藻着生基盤材としての用途に加えて、漁礁としての活用により、豊かな海づくりに貢献するものとJFEスチールは位置付けています(JFEスチールHPより)。

 これらは、枯渇性資源である鉄を豊富に含んだ副産物を自然に還元、あるいは基盤材として活用することでネイチャーポジティブに貢献している取り組みであり、事業とのシナジーが高い事例であると筆者は考えています。

<連載ラインアップ>
第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?
■第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?(本稿)
第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?
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