AI、半導体、量子コンピュータ…先端技術を巡り、経済分野に拡大する米中の覇権争いの実態とは?

写真提供:Jakub Porzycki/NurPhoto/共同通信イメージズ、show999 – stock.adobe.com

 2024年現在、「経済安全保障推進法」が段階的に施行されている。日本企業にとって、外圧に屈して不本意な意思決定を強いられることなく、戦略的に自律性を保つべき時が来た。本連載では『日本企業のための経済安全保障』(布施哲著/PHP研究所)から、内容の一部を抜粋・再編集し、法令を順守するだけにとどまらず事業のチャンスを見出す「攻めの経済安全保障」について考える。

 第2回は、日本の安全保障を「経営戦略上の重要課題」と位置付け、経済活動をする上で留意すべきリスクを解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 混ぜるな危険? なぜ「経済」と「安全保障」を分けて考えなくてはいけないのか?
■第2回 AI、半導体、量子コンピュータ…先端技術を巡り、経済分野に拡大する米中の覇権争いの実態とは?(本稿) 
第3回 なぜ米国政府はTikTokに神経をとがらせるのか? ビジネスと軍事のデータの利用法における共通点と相違点

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「安全保障とは関わらない」では済まされない

 他方で、日本が置かれている安全保障環境は「戦後で最も厳しく複雑」(「国家安全保障戦略」2022年12月)なものだ。日本企業は日本の環境が安定しているからこそ事業を継続できている。

 逆に言えば、日本や周辺のインド太平洋の安定が損なわれれば、事業基盤は根底から揺らぐことになりかねない。日本の安全保障は経営戦略上の重要課題であり、台湾有事や中国の台頭などを踏まえれば、「安全保障とは関わらない」では済まされない時代になっている。

 さらに先端技術が軍民両用のデュアルユースとなっている実態を考えれば、安全保障や軍事利用と距離を置くことの意味は曖昧になってきている。

 AI、半導体、量子コンピュータ、センサー、衛星、5G、ロケット技術(=ミサイル技術)、衛星の誘導技術(=ミサイル誘導技術)、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)などの映像技術、高性能カメラ、エンジンなどはすべて民生用にも軍事用にも応用可能だ。先端技術は民生用と軍事用が表裏一体で、これは民生用だと売り出しても軍事転用されている実態は多くある。

 デュアルユース技術は、自社が想定しなかった思わぬ使い方をすると、セキュリティや防衛分野で思わぬソリューションになるといった効用もあるだけに、せっかくある技術の活用が進んでいないとすればもったいない。

 その一方で、若い世代を中心に変化が出ていることも事実だ。

 これまで「安全保障には関わらない」という姿勢だったという、とある製造業の企業。防衛省からの技術提供の打診も過去、何度も断ってきたという。納品をする場合もそれが殺傷目的に本当に使用されないか、社内で徹底的に検証して出荷するほどだったという。

 そんな企業の中でも、最近は「どこかで使われてしまうなら、正しい主体に正しく使ってもらいたい。そしてそれが事業になれば、なおよいではないか」という議論が始まっているという。

 筆者は企業から民生技術をどう防衛分野に応用できるか、という相談を受けることが多いが、その中で感じるのは、特に若い世代やスタートアップ企業には安全保障に対する抵抗感はほぼないことだ。

「日本が安全であるおかげで健全なビジネス活動ができているのだから、自社の技術を日本の安全保障に活用してもいいのではないか」という感覚で新たな模索が始まりつつある。

経済安保の時代はこれからも続く

 経済安保は、乱暴に単純化してしまえば米中対立の産物といえる(もちろんウクライナ侵攻によるロシア制裁への対応も重要な要素ではあるが)。2024年春の時点で専門家と話をしていると、その米中対立は長期化が避けられないという点でほぼ一致する。

 米中の戦略競争はそれぞれの国の政策や政治構造に織り込まれて制度化されており、もはや個人の指導者レベルで解決できるレベルを超えている。

 米国を見ると、議会において対中強硬路線はすっかり定着してしまっており、時に穏健な対応をとろうとする行政府が議会の強硬路線に引っ張られることすらある。連邦議員たちの行動は有権者たちのムードを敏感に受け止めた結果だ。分断と対立が言われて久しい米国政治だが、対中強硬路線は超党派で一致できる数少ないテーマとなってしまっている。

 一方、中国のほうも米国の強硬路線を中国の台頭と発展を抑えこもうとする試みだと不信感を持っており(ある意味、それは正しい)、摩擦や対立を覚悟して戦略的に米国に対抗しようとしている。

 特に米中の火種である台湾問題は中国の民族としての悲願であるとともに、共産党統治の正統性や習近平体制の根幹にも直結している側面もあり、中国にとっては妥協の余地がない核心的利益だ。もし将来、米中で戦争が起きるとすれば、この台湾をめぐってであろう。

 米国から見れば、台湾は中国の海洋進出や軍事力を背景にした中国の影響力拡大に対する防波堤の役割を果たしてくれている。台湾を統一すれば中国は太平洋へのアクセスを獲得することになり、その勢力圏に同盟国の日本や韓国も入ってしまいかねない。

 そうなれば米国主導のアジアの秩序が塗り替えられることになり、米国は絶対に容認できない(この台湾問題が持つ軍事的、戦略的意味、そして日本への影響については別の機会に詳しく執筆したい)。

 そこにAIや半導体、宇宙、5G、蓄電池といった軍事、経済での優位性を左右する先端技術をめぐる競争が覇権争いに直結している構図が重なり、米中の対立と競争は安全保障や諜報の分野だけでなく経済にも拡大して、経済と安保の境界が曖昧になっている。それを体現しているのが経済安保だ。

 対立と競争の舞台が経済と安保の両方にまたがり、そして争われている利益もアジアにおける覇権的地位である以上、米中どちらも譲る余地は少ない。そのため、米中対立は今後も10年、15年単位で続くという前提で企業は経営戦略を考えるべきだろう。

トランプ氏の恐ろしい承認欲求

 米中対立リスクが長期化するとすれば、ハイテク分野での米中デカップリング、それぞれの陣営での技術や供給網の囲い込みの流れは加速するだろう。

 欧州をはじめ日米では最近、「デカップリングではなく、デリスキング(リスク低減)だ」と対立的トーンを落とそうと腐心する傾向があるが、半導体などビジネス、軍事での優位性を左右する先端技術や物資は覇権争いの帰趨(きすう)に直結するだけに、米国は国益に基づいて必要であればデカップリングを続けると考えるべきだろう。

 先端半導体(直近では汎用半導体にも対立は拡大してきているので注意が必要)の分野では経済圏や供給網の切り離し、つまりデカップリングが実態だという状況認識で企業は臨むべきであろう。

 一部の先端領域での鋭い対立(デカップリング)がある状況下では、企業が米中の規制に引っかかるリスクはますます強まっていく。また先端技術分野で「米中のどちらを取るのか」という踏み絵を踏むことが求められるようなことも続いていく、と考えないといけない。

 米中どちらにもエクスポージャー(リスクに晒されている度合)がある企業にとっては経済安保の動向を見ながらのバランス感覚が求められるし、中国依存の企業にとっては究極的には有事における工場や技術の接収リスクすら想定した中国リスクと向き合い続けなければならない。

 もし、こうした流れを激変させるワイルドカードがあるとすれば、それは第2次トランプ政権の誕生だろう。

 トランプ前大統領の政策に関する予測は各種の報道やシンクタンクのレポートに譲りたいが、仮にトランプ氏の再登板が実現した場合、当初の大きな方向感として基本は対中強硬路線が維持されると見られるが、それもトランプ氏の個人的、政治的利得や自己承認欲求がうごめいて出たときには一変する可能性がある。

 たとえば「習近平主席とディールができる」という自己承認欲求を誇示したくなったケースは特に要注意だ。再選がない登板となれば、有権者の反応を気にせず、自由に政権運営ができることになる。

 これはある意味、恐ろしいことだともいえる。そうでなくてもトランプ氏はプーチン大統領や習近平主席といった力強い独裁者タイプの指導者への親近感を隠そうとしない傾向がある。個人的本能や承認欲求で米中融和を演出する展開は日本企業としても警戒しておきたい。

<連載ラインアップ>
第1回 混ぜるな危険? なぜ「経済」と「安全保障」を分けて考えなくてはいけないのか?
■第2回 AI、半導体、量子コンピュータ…先端技術を巡り、経済分野に拡大する米中の覇権争いの実態とは?(本稿) 
第3回 なぜ米国政府はTikTokに神経をとがらせるのか? ビジネスと軍事のデータの利用法における共通点と相違点

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