「勝つ組織」への改革で再成長、一休の「個の力をレバレッジする」仕掛けとは

一休 代表取締役社長 榊淳氏(撮影:木賣美紀)

一休 代表取締役社長 榊淳氏(撮影:木賣美紀)

 宿泊予約サービス「一休.com」を運営する一休は上場後に業績が頭打ちとなるが、2012年以降の経営改革によって売り上げ10倍、営業利益率5割超えの再成長を果たした。復活の力となったのは、榊淳氏(現社長)が主導した「データドリブン経営」を軸とした改革だった。一体どのような改革を行ったのか。前編に続き、2024年2月に書籍『DATA is BOSS 収益が上がり続けるデータドリブン経営入門』(翔泳社)を出版した榊氏に、改革の具体策やAI時代に目指すべき同社の未来像について聞いた。(後編/全2回)

【前編】戦略転換で売上10倍、榊淳社長が語る一休に転機をもたらした「ある顧客の声」
■【後編】「勝つ組織」への改革で再成長、一休の「個の力をレバレッジする」仕掛けとは(今回)

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「顧客側の視点から見る」ための独自のフレームワーク

――前編では、一休が戦略を再構築するまでの経緯や、「データドリブン経営」の考え方についてお聞きしました。著書『DATA is BOSS 収益が上がり続けるデータドリブン経営入門』では、「顧客行動の見える化」をするために独自のフレームワークを使ってデータ分析を行っていると述べられています。具体的には、どのような分析を行っているのでしょうか。

榊 淳/一休 代表取締役社長

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)にて金融工学を駆使したトレーディング業務に従事。2001年に米国スタンフォード大学院のサイエンティフィック・コンピューティング学科修士課程を修了後、約10年間コンサルタントとして活躍。 2013年に 株式会社一休に入社し、2016年に代表取締役社長に就任。2023年からはLINEヤフー株式会社 執行役員 コマースカンパニー トラベル統括本部長も務める。ほかにも、「国際医療ボランティア団体」特定非営利活動法人ジャパンハート 理事、株式会社じげん 社外取締役を務める。

榊淳氏(以下敬称略) 一休ではデータドリブン経営を実践する上で、独自のフレームワークを「3つのグループ」に分けて、顧客行動の見える化に取り組んでいます。

 1つ目は「売り上げに至るプロセス」の見える化です。ここでは、顧客が商品やサービスを購入するまでに「どのような流れがあったのか」という行動プロセスを見える化します。これは「顧客は自社と他社の商品を見比べて、どちらの商品を買ったのか」「どのチャネルから自社の商品にアクセスしたのか」というものです。

 例えば「顧客の購買プロセス」を見える化する際には、売り上げを「ウェブサイトの訪問者数」×「購入率(CVR※1)」×「購入単価(購入者の平均予約単価)」という要素に分解します。つまり、売り上げを合計金額だけで捉えるのではなく、「自社のウェブサイトに何人の顧客が訪れ、うち何人が実際に商品を購入して、その購入単価はいくらだったのか」というように、行動を起こしている顧客側の視点から捉えるわけです。

 しかし、さらに分析を進めなければ「誰に、何をするのか?」という施策に落とし込むことはできません。そこで、新規顧客や既存顧客といった「顧客セグメント」ごとに分析します。既存顧客ならば、利用金額によって「ヘビーユーザー」「ライトユーザー」「休眠ユーザー」に分けることができます。

 このように分析することで「どのような顧客が」「どのように購買行動を行い」「どのように売り上げにつながったのか」という一連の流れを明らかにできます。そして、その結果から「誰に、何をすべきか」という施策の軸を定めることができるのです。

 2つ目の「売り上げから利益に至る財務データ」の見える化も、顧客側の視点から見ることは共通しています。ここでは売り上げや利益などの財務データを分析します。一般的には「商品別」「部門別」といった軸が用いられますが、一休では「顧客別」で細かく分けた分析を行います。

※1. CVR(コンバージョンレート):ウェブサイト訪問者のうち、実際に商品・サービス購入に至った件数の割合

顧客を見ずに「自社向きの分析」をしていないか

――顧客別で細かく分けた分析は、どのように行うのでしょうか。

 「商品別」「事業別」「エリア別」「部門別」といった軸で分析を行うと、「〇〇支店は△△支店よりも売り上げが少ないから、もっと頑張りましょう」というように、自社向きの分析になってしまいます。対して一休では、徹底して「顧客別」の視点からアプローチします。

 例えば、先ほどの「新規顧客か既存顧客か」の他にも、顧客の利用目的別(「レジャー」か「出張」か)やアクション別(例えば、「地域(エリア)」で検索しているか、「宿」で検索しているか)で分けて見ています。このように、売り上げを顧客別で分析することで、最も利益貢献度が大きい顧客セグメントを抽出し、その顧客を「ターゲット顧客」として実施する施策を検討するのです。

――ターゲット顧客を明確化するためにも、顧客別の分析が欠かせないのですね。グループの3つ目に挙げている「顧客のリピートプロセス」とは、具体的にどのような意味を持つのでしょうか。

 ここでは「顧客がどの程度継続して利用しているか」を確認します。具体的には、顧客単位のLTV(Life Time Value:顧客当たりの累積利益額)を「顧客セグメント別」に分析します。

 顧客のリピート状況を示す「継続利用率」※2は、持続的な事業成長を実現する上で非常に重要な指標です。一休の事業成長も、この「継続利用率」を最重要KPIの一つに据えて改善を重ねたからこそ実現しました。なぜなら、それが業績に大きな影響を与えるものであると同時に、一休の商品・サービスがもたらす「顧客体験(User Experience)の満足度」を示す指標でもあるからです。

 これらのフレームワークは、単なる分析のテクニックの話ではありません。大事なことは「顧客がどのように動いているか」に常に目を凝らすことです。たとえ大局を見て摩訶不思議な動きがあっても、顧客軸でどこまでも分解して、最終的には1人単位まで分解すれば、要因を突き止められないことはありません。

 このような徹底的な分解こそが、データドリブン経営の真骨頂だと考えています。

※2. 一休では、継続利用率を「リピーターによる本年の販売額/前年の販売額」として算出。

勝つ組織になるために「抜本的に変えました」

――データドリブン経営にかじを切った後、一休は急速に業績が向上しました。改革の前後で、組織風土やコミュニケーションの在り方は変化したのでしょうか。

 私が社長に就任した2016年以降、意思決定プロセスや組織体制、人事制度などを抜本的に変えました。

 その一例として、顧客データの扱い方が変わりました。一休では、顧客の見える化に関する分析リポートを毎週、全社員に公開しています。一般的な会社では、会議の場で「上司への数値報告」として行われるような分析リポートも、一休では、全社員がどんどん触れて活用できるようにしています。

 その背景にあるのは、データは企業にとっての「共有資産」であり、組織の「酸素」のようなものだ、という考えです。社内に酸素をふんだんに送り込むことで、新陳代謝を促し、組織を活性化できるのです。

 例えば、社員が分析リポートから自分のチームに関連しそうな分析結果を見つければ、施策の創意工夫ができます。チームで主体的に話し合い、即座に改善策を決めて実行することもできるでしょう。逐一、社内の会議で合意形成を図らなくてもよいのです。

 また、人事制度や組織体制も大きく変えました。それまでは年功序列・平等主義を基本としていましたが、現在は完全な成果主義でプロフェッショナリズムを重視する人事制度になっています。職種の構成も大きく変わり、かつては営業系の社員が中心でしたが、現在はサイエンティストやマーケティング分野のプロフェッショナル人材が中心です。

 一連の改革方針は、決して私の好みや価値観に沿って決めたのではありません。一休というネット企業を「勝てる組織」にするために変えたのです。

 何万人もの社員が工場で働く製造業であれば、高い品質を保つための人材が求められるため、「個人のプロフェッショナリズム」よりも「集団のチームワーク」の方が重要でしょう。そういった組織であれば、平等主義を前提とした人事制度を作り、全工場の社員においしいランチを出すようなことを考えます。それが社員の最高の技術を発揮することにつながると思うからです。

 一方で、ネット企業は一人の力で100人分の価値を生む可能性のある業界です。全国チェーンで実店舗を持つスーパーであれば、当日一斉に全国の売り場の広告や値札を変えることは難しいかもしれませんが、ネット企業であればウェブサイト上のテキストやバナーを変えるだけで済みます。つまり、ネット企業では「個の力」をレバレッジさせることが有効なのです。

 一休の現場では、多くの人たちの合意よりも、1人のプロフェッショナルのアイデアと決断が施策の成否を左右します。だからこそ私が行った組織改革は、どのような業界・企業にも当てはまるというものではなく、ネット業界の特質に基づいた「勝つ組織」への組織改革と言えるのではないでしょうか。

AI時代だからこそ企業に求められる姿勢

――今、生成系AIをビジネスに活用する動きが広まっています。データドリブン経営を目指す上で、企業変革に挑むリーダーは今後、AI技術の進化とどのように向き合うべきでしょうか。

 最近の生成系AIの進化には、目を見張るものがあります。特に「言葉の理解力」に関しては、人間のコミュニケーションや検索サービスの在り方に大きな変化を起こす可能性を秘めていると思います。

 例えば、一般的なキーワード検索というと、「どこに行きたいですか?」「箱根」というやり取りから始まり、「いつ行きますか?」「今年の春休み」と続きます。そして、最後に「予算はいくらいですか?」「2人で5万円くらい」と入力すると、ウェブサイトが条件に合う結果を表示します。これでは本当はどこか不自然なんですよね。なぜかと言うと、人間ではなく、ウェブサイト側に質問のイニシアチブがあるからです。

 AIが言葉の意図を理解できるようになると、「旅行に行きたい」と考える人間側がイニシアチブを持てるようになります。例えば、人間がAIに対して「東京から2時間くらいで行けて、夕方にはソファに寝転びながら、きれいなビーチの夕陽を眺めることのできる宿はありますか?」と聞けば、まさにこれだ、という完璧な答えをいくつも出してくれるようになるでしょう。こうしたやり取りで宿を探したい人も大勢いるはずですよね。

 このように、AIは人間よりもはるかに精度の高い答えを、数多く出してくれます。しかし、人間とAIはお互いに競い合うのではなく、共存すべきだと思います。車と走るスピードを張り合おうとする人間なんていませんよね。車もAIも、人間の味方につけてうまく活用することが重要です。

――AIを味方に付ける上で、注意すべき点はありますか。

 「AIに入力するデータ」の質が低いと、突拍子もない結果を出してくる点です。例えば、一休ではAIを活用したプライシング(値付け)を行っていますが、時にAIは驚くべき価格を提示することがあります。「人間であれば絶対にこんな値付けはしない」というような金額を提示するわけです。その原因の多くは、AIに入力するデータの質が低いことにあります。だからこそ、AIの活用を進めるほど、人間がAIに入力するデータの質を高める必要があります。

 顧客データに関して言えば、今まで以上に「顧客の姿にじかに触れること」が重要視されるでしょう。定量的なデータから得られる示唆に加えて、リアルな顧客接点から得られる「顧客の心の動き」という定性的なデータの両輪が必要になるのです。

 AIの進化に伴い、入手できるデータの量が飛躍的に増え、データの処理能力が量的にも質的にも劇的に高まるでしょう。その時に、データドリブンによる経営の意思決定、つまり「データドリブン経営」は一層進展するはずです。その時に重要になることこそが「顧客に徹底的に寄り添う」という姿勢であり、「データ≒顧客」という認識なのだと思います。

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