Google DeepMindがサッカー戦術AI「TacticAI」をプレミアリーグの強豪リヴァプールと共同開発、コーナーキックにおける得点のチャンスを増加させたり失点の確率を減らしたりすることが可能


サッカー日本代表の遠藤航選手が所属するイングランドの名門サッカークラブ・リヴァプールは、サッカーにおけるデータ活用を積極的に行っているクラブとしても知られています。そんなリヴァプールとGoogleのAI開発部門であるGoogle DeepMindが協力し、サッカー戦術AIの「TacticAI」を開発しました。TacticAIはGoogleとリヴァプールの複数年にわたる協力関係の一環として開発されたもので、「コーナーキックについてアドバイスできる完全なAIシステム」としてアピールされています。
TacticAI: an AI assistant for football tactics - Google DeepMind
https://deepmind.google/discover/blog/tacticai-ai-assistant-for-football-tactics/


DeepMind and Liverpool FC develop AI to advise on football tactics | New Scientist
https://www.newscientist.com/article/2422562-deepmind-and-liverpool-fc-develop-ai-to-advise-on-football-tactics/
Google's AI is now suggesting new football tactics
https://www.zmescience.com/future/googles-ai-is-now-suggesting-new-football-tactics/
Google DeepMind unveils AI football tactics coach honed with Liverpool
https://www.ft.com/content/e5a64dd3-7fe0-4db4-9f65-6f7517c2c573
イングランドの強豪サッカークラブであるリヴァプールは、これまで数々の奇跡的な逆転劇をみせてきました。そんなリヴァプールによる番狂わせのひとつとして知られているのが、2018-2019シーズンにチャンピオンズリーグの準決勝でバルセロナ相手にみせた「アンフィールドの奇跡」とも呼ばれる逆転劇です。ホーム&アウェイで行われる決勝トーナメントにおいて、リヴァプールはアウェイでの1戦目を0対3で敗北。これにより、準決勝を突破するにはホームでの2戦目で、世界最高のサッカー選手と称されるリオネル・メッシ選手擁するバルセロナ相手に3ゴール以上を奪う必要が出てきました。しかし、リヴァプールは試合序盤から攻勢に出て、最終的に地元出身のトレント・アレクサンダー=アーノルド選手が素早く蹴ったコーナーキックから準決勝突破を決める4ゴール目が生まれ、世界有数のクラブであるバルセロナ相手の逆転勝利に成功しています。
レッズがバルサ相手に奇跡の大逆転: リヴァプール 4-0 バルセロナ | チャンピオンズリーグ - YouTube

この劇的ゴールのように、コーナーキックはゴールにつながる可能性の高いプレーのひとつです。そんなコーナーキックからより多くのゴールを生み出すには、試合に出場する選手の特性や、対戦相手の戦術を特定し、臨機応変に対応する必要があります。
そんなコーナーキックからより多くの得点を生み出すべくGoogle DeepMindの研究者とリヴァプールのスタッフが協力して開発したのが、サッカー戦術AIの「TacticAI」です。予測と生成AIを用い、コーナーキックに関する戦術的な洞察を提供することができるというもので、現地時間の2024年3月19日に学術誌のNature Communicationsで発表されています。
TacticAI: an AI assistant for football tactics | Nature Communications
https://www.nature.com/articles/s41467-024-45965-x


Google DeepMindとリヴァプールは2021年からスポーツ分析AIを進化させるべく提携を進めており、これまで研究の成果として複数の論文を発表してきました。最初に発表された論文は「ゲームプラン」に関するもので、ペナルティーキック(PK)の分析などに焦点を当て、サッカーの戦術支援にAIを使用することの有用性を考察しています。その後、2022年には「Graph Imputer」と呼ばれる、サッカーをデータ分析する上での予測システムのプロトタイプのようなものが考案されました。これらに続く新しいAIとして、Google DeepMindとリヴァプールが開発したのがTacticAIであるというわけ。
機械学習において、予測結果が把握できている入力データを「ゴールドスタンダードデータ」と呼びます。常に流れるようにプレーが連続するサッカーにおいて、このようなゴールドスタンダードデータを入手することは非常に難しいとされているのですが、TacticAIでは一般化可能なAIモデルの作成を支援する幾何学的な深層学習アプローチを採用することで、優れたパフォーマンスを達成することに成功しました。
Google DeepMindの研究者とリヴァプールの専門家は、協力してTacticAIのパフォーマンスを評価しています。その結果、TacticAIの提案する戦術は、実際にサッカーの試合で実施されている戦術よりも90%の確率で専門家に好まれることが明らかになりました。
TacticAIは、予測モデルと生成モデルを組み合わせた完全なAIシステムになっており、まず予測モデルが何が起きるのかを予測、次に過去のプレイで「何が起きたのか」をデータセットの中から検索、そして「特定の結果を実現するにはどうすればいいのか?」を提案します。

Google DeepMindがサッカー戦術AI「TacticAI」をプレミアリーグの強豪リヴァプールと共同開発、コーナーキックにおける得点のチャンスを増加させたり失点の確率を減らしたりすることが可能 - 画像


TacticAIでは、以下の3つの主要な質問に答えることが可能です。
1:特定のコーナーキックの戦術セットアップにおいて何が起こるか?
どの選手がボールを受け取る可能性が最も高いかや、どの選手がシュートを試みる可能性が高いかなど。
2:セットアップ(あらかじめ用意されている攻撃における組み立て)をプレイした場合、何が起こるのか?
同様の戦術が過去に上手く機能したことがあるのかなど。
3:特定の結果を実現するために戦術をどのように調整すべきか?
シュートを打たれる可能性を減らすために、守備側の選手配置をどのように変更すべきかなど。
TacticAIではコーナーキックの状況をグラフ表示に変換するために、各選手をグラフ内のノードとして取り扱います。「コーナーキックにおけるセットアップをグラフとして表現することで、選手間の暗黙の関係を直接モデル化することができる」とGoogle DeepMindは表現しました。各ノードは選手の位置・速度・身長といった特徴を併せ持つとのこと。なお、ニューラルネットワーク上において、メッセージパッシングを使用することで各ノードの最新状況が更新されることになる模様。


以下の図はTacticAIがコーナーキックをどのように処理するかをまとめたもの。4つの起こり得るプレーが生成され、AIのコアであるTacticAIモデルに予測情報として供給されます。そして、コーナーキックにおける「誰が最初にボールに触れるか?」や「誰がシュートを打つ可能性があるのか?」、「どうすれば得点の可能性を上げられるか?あるいは失点の可能性を下げられるか?」といった情報を出力し、チームの戦術提案に貢献することが可能です。

Google DeepMindがサッカー戦術AI「TacticAI」をプレミアリーグの強豪リヴァプールと共同開発、コーナーキックにおける得点のチャンスを増加させたり失点の確率を減らしたりすることが可能 - 画像


TacticAIは予測モデルと生成モデルを活用することで、似たようなコーナーキックのシチュエーションを検索したり、さまざまな戦術をシミュレートしたりすることでコーチ陣を支援することができます。従来、戦術を開発するためにアナリストは多くの試合の動画を繰り返し再生し、同様のシチュエーションを探したり、ライバルチームを研究したりしていました。
一方で、TacticAIは選手の数値表現を自動的に計算することができるため、専門家は過去の似たシチュエーションを簡単かつ効率的に検索可能です。Google DeepMindはサッカーの専門家との広範な定性的研究を通じ、直感的な観察をさらに検証。その結果、TacticAIのトップ1検索が63%の確率で関連性を見出すことに成功していることが明らかになっています。これは、選手のポジションの類似性を直接分析することに基づく既存のアプローチでみられる、関連性を見出すことができる確率(33%)をはるかに上回る数字です。
TacticAIを使用することで、人間のコーチによるコーナーキック戦術を修正し、守備時のシュートの被弾確率を減らすことなどが可能です。TacticAIは特定のチームのすべての選手のポジションを調整するなど、戦術的な推奨事項を提供することもでき、この提案から「コーチは重要なパターンだけでなく、戦術の成功または失敗の鍵となる選手をより迅速に特定することができる」とGoogle DeepMindは主張しています。
以下のグラフは実際にTacticAIが出力できるデータの例。(A)はシュートが試みられたコーナーキックの事例を出力したもの、(B)は(A)のデータにおけるディフェンダーの位置取りおよび移動速度を調整することでシュートの確率を低減するという提案、(C)は(B)の提案により攻撃側の選手がボールを受ける確率が低下するというデータ、(D)はここまでの一連の提案を複数生成しコーチにさまざまな戦術的なオプションを提案できるというもの。

Google DeepMindがサッカー戦術AI「TacticAI」をプレミアリーグの強豪リヴァプールと共同開発、コーナーキックにおける得点のチャンスを増加させたり失点の確率を減らしたりすることが可能 - 画像


Google DeepMindはTacticAIについて、「私たちの定量的分析では、TacticAIがコーナーキックにおけるボールの受け手とシュートの状況を正確に予測し、選手の位置取りが実際のプレー展開と同様に重要なものであることを示しました。また、評価者がどの戦術を誰が提案したものか分からない状態で評価するブラインドケーススタディにおいて、TacticAIの提案を定性的に評価しています。リヴァプールに所属する専門家は、TacticAIの提案が実際のコーナーキックの戦術と区別できないこと、そして90%の確率で元の戦術よりも支持されることを発見しました。これはTacticAIの予測が正確であるというだけでなく、有用なものであることを示しています」と述べました。
サッカーのようなスポーツは、マルチモーダルデータを利用した現実世界のマルチエージェントインタラクションを特徴とするため、AI開発における動的な領域でもあります。そのため、スポーツ向けAIの進歩は、「コンピューターゲームやロボット工学に至るまで、さまざまな分野に応用される可能性があります」とGoogle DeepMindは述べています。

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