「誰もが」輝く社会を創る「ヘラルボニー」の挑戦

ヘラルボニーのアート作品を彩ったラッピング列車

JR東日本盛岡支社とヘラルボニーのコラボレーションで2023年10月から約2年の予定で運行されているラッピング列車。モチーフは田﨑飛鳥さんの作品(写真:ヘラルボニー)
9月20日、テレビ東京の『ガイアの夜明け』で取り上げられたヘラルボニーは、「福祉×アート」の分野で急成長しているスタートアップ企業だ。
同社は双子で、ともに代表取締役の松田崇弥さん・文登さんが2018年に地元・岩手県で創業。"異彩作家"と呼ぶ知的障害のある作家のアートライセンスで、企業とのコラボレーションなどを展開している。
事業にかける思い、そしてこれからの挑戦などについて、岩手県盛岡市内の本社で松田文登さんに話を聞いた。
(本記事は前後編の後編/前編はこちら)

兄が書いた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に

知的障害のある人たちのアートに可能性を感じ、双子の松田崇弥さんと文登さん、そして2人の友人が、それぞれ副業として始めた事業。それが次のフェーズに移行したのは2018年。

東京の広告代理店に勤めていた崇弥さんが会社を辞め、活動を法人化。2019年に会社名を「ヘラルボニー」に変更した。

「ヘラルボニー」は、重度の知的障害を伴う自閉症の兄・翔太さんが子どものころ、自由帳に繰り返し書いていた“謎の言葉”。翔太さんに何回、意味を尋ねても「わからない!」と言うばかりだった。

だが一見、何の意味もないように思える「ヘラルボニー」という言葉でも、自分たちの取り組みによって意味や価値が見いだされるかもしれない。

自分たちはそのような仕事をしていきたい、との思いから、社名を「ヘラルボニー」と決めたのだった。

【写真】『ガイアの夜明け』で特集されるなど話題のヘラルボニー。その歩みがわかる写真の数々(10枚)

兄・翔太さんが自由帳に書いた「ヘラルボニー」の文字

兄・翔太さんが子どものころ、自由帳に書いていた「ヘラルボニー」の文字(写真:ヘラルボニー)

ピッチでスピーチする松田さん

福祉の枠にとらわれないスタートアップとして事業を成長させてきた(写真:ヘラルボニー)

数カ月後には文登さんも岩手県内のゼネコンを退職し、代表取締役副社長に。双子の2人がともに専念するようになったことで、事業は加速していく。

社会課題に挑むスタートアップとしてピッチプレゼンなどでビジョンを語り、投資を呼び込みながら、事業を成長させてきた。

あるがままが認められる社会に

大切にしているのは「異彩作家のあるがままが認められること」。

「あるがままの表現をどう届けるかを考え、キュレーションするのはヘラルボニーの役割。商品や展示、言葉としての届け方を変えることによって、作家たちはそのままで、受け止める社会の側を変革していくんです」(文登さん)。

作家の数が増える中で、当初は文登さんが担っていた作家とのコミュニケーションを複数の社員で担う必要が出てきたため、作家ごとに担当者を決める社内体制を作った。

この仕組みにより、作品の価値を世に伝えたいという社員のモチベーションも上がったという。

「担当する社員が作家さんの一番のファン。社内のSNSの投稿は、社員の作家さんへの愛であふれています」。完成した商品はまず、作家のもとに届ける。初めて商品を作ったころから変わらない"暗黙のルール"だ。

コロナ禍でも事業を拡大

地元の岩手県を皮切りに、工事現場の仮囲いや駅舎を異彩作家のアートで彩るプロジェクトやラッピング列車やラッピングバスが話題となり、2021年には盛岡市の中心部に常設のギャラリーをオープンした。

釜石線ラッピング車両

岩手県内で大きな話題となったJR釜石線のヘラルボニーラッピング車両(写真:ヘラルボニー)

JALやJR東海、資生堂など国内の名だたる企業との協業や全国各地の百貨店でのポップアップの開催により、福祉分野やスタートアップ界隈で注目される存在から一躍、広く知られるブランドへと成長を遂げた。

社員らと

双子と2人の友人から始まった事業は今や60人規模に(写真:ヘラルボニー)

2024年には社員60人規模になり、国家公務員や外資系コンサル、広告代理店などさまざまな業界の第一線で活躍していた人材がヘラルボニーの理念に共感し加わり、事業を進めている。

焼き物

京都・宇治の窯元「朝日焼」とコラボレーションし、アトリエやっほぅ!!在籍の作家12名が「秋」をテーマに作品を描いた(写真:ヘラルボニー)

アート展

今年8月から9月にかけては、アサヒビールとのコラボレーションで没⼊型コンセプトショップを手がけた。使われているのは、ヘラルボニー契約作家の井口直人さんと高田祐さんの作品(写真:ヘラルボニー)

一方で、今も最初の意思決定は双子2人で行うという。盛岡と東京をつなぎ、早朝5時15分からオンラインや電話で意見交換するのが日常だ。

「日本初」LVMHアワード受賞を機に世界へ

2024年1月には国内外で活動する障害のある作家を対象とした「ヘラルボニー・アート・プライズ」を創設。

アールブリュット(正規の芸術教育を受けていない表現者によるアート)の権威であるキュレーターのクリスチャン・バースト氏らを審査員に迎えた。

世界28カ国から924名の作家による1973作品の応募があり、未知なる異彩作家とヘラルボニーがつながる場として機能し始めている。

第1回ヘラルボニーアートプライズの授賞式

2024年に実施された第1回ヘラルボニー・アート・プライズの授賞式(ヘラルボニー提供)

さらにクリスチャン・バースト氏との出会いが、海外展開への大きなきっかけになった。

「バースト氏から『なぜ日本だけで展開しているのか』と言ってもらったことで、ヘラルボニーの価値観や理念は、世界に通用するものだと確信しました」と文登さんは振り返る。

さらに、ルイ・ヴィトンなどのブランドで知られるLVMHが革新的なスタートアップを選ぶ「LVMH Innovation Award 2024」で、日本企業として初めてファイナリスト18社に選出。LVMHの事業支援プログラムを受けることになった。

パリのインキュベーション施設を拠点に、協業するファッションやアート関連企業を開拓するとともに、ヨーロッパで活動する異彩作家とのライセンス契約や新たな商品の開発を進める計画だ。

当たり前に障害のある人が存在する世界

「福祉×アート」の分野で岩手から世界へと広がりを見せるが、目指すのは視覚的なアートだけでなく、さまざまな分野で、世界に暮らす80億人の異彩が「ありのままに」存在できる社会。

松田文登さん

ヘラルボニーの将来像を語る松田文登さん(筆者撮影)

「音楽や食など日常のあらゆるところで障害のある人たちが当たり前にいる、そんな世界にしていくために、ヘラルボニーの持つディレクションの力で福祉を拡張していきたい」

崇弥さんが視察で赴いたオランダでは、障害のある人々が働くカフェチェーンが53もの店舗を構えていた。カフェはごくありふれたマンションの1階などにあり、人々の日常に溶け込んでいるように見えたという。

「障害のある人たちが働く店が街のインフラになっている状態を見て、弟は大きな刺激を受けたと言っていました。すぐには難しいかもしれませんが、日本でもそんな日常を創り出していきたいと思っています」

グローバルな展開の一方で、地元である岩手では、本社を置く盛岡市と包括連携協定を結び、まちづくりにも参画していくという。

ヘラルボニーのブランド力とアートの力で盛岡の街に人を呼び込むプロジェクトを構想中で、老舗百貨店内に構えていたショップを全面リニューアルし、発信拠点としての機能を強化していく計画だ。

川徳に構えたショップ

盛岡市で唯一の百貨店である川徳に構えたショップ(写真:ヘラルボニー)

岩手での活動を続けるのは、兄・翔太さんの存在があるから。「兄が暮らす岩手で活動することで、自分たちが事業を通じ、いったい誰を幸せにしたいのかを明確にし続けることができる。兄の幸せのため、岩手からまちづくりに挑戦していきます」

【写真】『ガイアの夜明け』で特集されるなど話題のヘラルボニー。その歩みがわかる写真の数々(10枚)

(手塚 さや香 : 岩手在住ライター)

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