日産と美瑛町が連携協定へ「50年前の縁」がいま
北海道の観光地と聞かれて、「美瑛」と答える人は多いのではないだろうか。人口1万人に満たない町であるが、北海道らしい雄大な景色が広がる「丘のまち」として、国内外から多くの観光客を集めている。
それゆえ、ここは昔からテレビCMの撮影地としても多く使われてきた。いまでは、それらも観光スポットになっている。そのひとつが「ケンとメリーの木」と呼ばれる、大きなポプラの木だ。
クルマ好きなら知っている読者もいるかと思うが、この木は1972年にモデルチェンジした日産自動車「スカイライン」のCMに、「ケン」と「メリー」という名前のカップルとともに登場した。
通算4代目となるこのスカイラインは「ケンメリ」の愛称で親しまれ、スカイライン史上、最高の販売台数をあげたことでも知られる。
このケンとメリーの木は、日産にとっても象徴的な存在であるようで、8月29日に公開された同社の創立90周年記念ムービー「NISSAN LOVE STORY」でも、ケンメリなどとともに映し出されている。
100年後の美瑛を描く「ブルー・プロジェクト」
そんなつながりのある日産と美瑛町が、現地の販売会社である旭川日産自動車を交えて、今年1月11日に包括連携協定を締結した。
美瑛の豊かな自然を守り、美しい未来に向けて電気自動車(EV)を活用していくというのがその内容で、「100年後の美しい美瑛の未来」を描きながら、さまざまなアクションを創出していく「ブルー・プロジェクト」を進めるとしていた。
美瑛町は東西方向に広く、ケンとメリーの木がある丘陵地帯や町役場、美瑛駅などがある市街地は西寄りにある。対する東側には、町境に大雪山や十勝岳がそびえ、一帯は大雪山国立公園となっており、「白金青い池」もこの地域にある。
ブルー・プロジェクトでは、この国立公園を含む町内南東部の白金エリアを「EV推進エリア」として、オーバーツーリズム対策やサステナブルツーリズム促進など、持続可能なアクションを地域や来訪者とともに継続していく予定としている。
美瑛町は2年前、2050年までにCO2排出量を実質ゼロとする「ゼロカーボンシティ宣言」を表明しており、農村景観や自然環境の保全に取り組み始めた。
近年は気候変動が農作物に影響を及ぼしていることから、CO2排出削減の取り組みとして日産「リーフ」を公用車として導入してもいる。
一方の日産は、EVに関するノウハウやネットワークを活かし、脱炭素、災害対策、観光などの地域課題解決を通して社会変革を進めていく日本電動化アクション「ブルー・スイッチ」を推進。2024年6月現在で259件の連携をしている。
今回の協定締結の経緯について日産自動車の日本事業広報渉外部に話を聞くと、日産が町役場に出向いてブルー・スイッチの説明をしたり、イベント用のEV貸し出しをしたりしていたところ、逆に町長が日産の本社を訪問するという関係になり、協定締結に至ったという。
これまでのブルー・スイッチは、災害対策や脱炭素をテーマとしたものが多く、環境保全を目的としたものは他にないとのことだ。
続いて6月24日には、具体的な取り組み内容を発表。美しい道、豊かな森プロジェクトの内容を具体化するとともに、「美瑛×NISSAN ブルー・スイッチの森」の誕生を記念したシンボルツリーの植樹が、町内の小学生などとともに行われた。
100年先へ美しく豊かな森の循環を
美しい道プロジェクトは、道の駅びえい「白金ビルケ」を入り口として、国立公園を含む白金エリアを EV 推奨エリアとし、EV普及促進によるCO2排出削減、EVを活用したサステナブルツーリズムの促進を行っていく活動だ。
一方の豊かな森プロジェクトでは、CO2を吸収する森林の適正な管理をしつつ美しい自然環境を後世に残すため、ブルー・スイッチの森を活動の場とし、EVオーナーや町民とともに、100年先へ美しく豊かな森の循環をつくるとしている。
シンボルツリーには、ケンとメリーの木に代わる美瑛町との連携の象徴という意味も込めたそうで、周辺には誤伐防止のリボンをつけた新たな苗木も植えてある。今後も年に1回イベントを行い、植樹をしながら森を育てていくという。
ちなみに植樹や森林保全には、「日産ゼロ・エミッションファンド」を活用している。ファンドの趣旨に同意したオーナー所有のEVが、走行時に排出しなかったCO2を集約し、国のJ-クレジット制度を活用して資金化。脱炭素に関連した活動を通して、社会とオーナーに還元する仕組みだ。
北海道は移動距離が長いうえに、冬は雪と氷に覆われる。EVは不向きだと思う人がいるかもしれないが、リーフに乗るオーナーはおり、V2H(Vehicle to Home)を導入している家もあるとのこと。
6年前の北海道胆振東部地震で北海道全体がブラックアウトしたときには、V2Hのある家だけ灯りがともっていたというエピソードがあるそうだ。
今後について聞くと、現在、道の駅びえい「丘のくら」などにある充電施設を、白金ビルケなどに拡充するとともに、レンタカーへのEV展開も進めたいと語っていた。
「ケンとメリーの木」を訪ねて
今回、筆者は白金エリアや市街地だけでなく、ケンとメリーの木も訪ねた。木の脇の看板には、1923年に苗木として植えたものとあり、昨年100歳を迎えたことを知った。
ポプラの寿命は木としては短く、100年前後とされている。看板にも「老木となり寿命が近付いている」と記されていた。日産がブルー・スイッチの森を、ケンとメリーの木に代わる存在と位置付け、100年先を見据えた活動としているのは、そんな背景もあるだろう。
地球温暖化に自動車が関係しているのは明らかで、今の自動車メーカーにとって環境保護活動は必須である。日産でも重要な取り組みと考えており、今年2月にはEVのバッテリーを蓄電池として使うエネルギーマネジメント技術を企業や自治体などに提供するサービス、「ニッサンエナジーシェア」を発表している。
そんな中で、ケンとメリーの木を縁とした日産と美瑛町の取り組みは、ストーリーがわかりやすく、見える活動でもあり、共感しやすいのではないだろうか。100年後も美瑛が美瑛であり続けるために、このアクションがすこやかに育っていくことを願っている。
(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)
09/21 10:00
東洋経済オンライン