パナソニック車載電池"脱テスラ依存"の胸算用

工場リニューアルの式典であいさつをするパナソニック ホールディングスの楠見雄規社長(記者撮影)

「和歌山工場で生産を始める新型4680リチウムイオン電池は、事業戦略上の重要な製品。高い品質と信頼性を確保するために製造技術を磨き上げた」

大阪市内から車で約1時間――。緑豊かな和歌山県・紀の川市の電池工場で、パナソニック ホールディングスの楠見雄規社長は胸を張った。自らが主導して進める一大プロジェクト、車載電池事業の工場リニューアルの式典ではテープカットも行われた。

9月9日、グループの電池事業会社パナソニック エナジーはEV(電気自動車)向け新型電池の量産準備が完了したと発表した。将来的に和歌山工場と同様の製造ラインをアメリカで展開し、テスラ向けに量産体制を整える。

これに先駆けて9月6日には、SUBARU、マツダ向けに車載電池を供給すると発表。SUBARUとは群馬県に新しい工場を建設し、マツダ向けには大阪府などの工場から車載電池向けの基幹部品を供給する。

従来のアメリカ・テスラ一極集中を脱し、国内の自動車メーカー向け事業にも注力する姿勢に転換したパナソニック。アメリカと国内、2つの市場での成長を両立できるか。

性能差でテスラに食い込む

アメリカ市場の攻略という点で、今回パナソニックが他の電池メーカーに先駆けて4680電池の量産準備を整えられたことの意味は大きい。

新型の「4680」(直径46×高さ80ミリ)電池は、現在主力の「2170」(直径21×高さ70ミリ)電池より一回り以上大きい。電極の長さは2170電池の約5倍で、電気をためておく能力や、充電速度などの点で2170電池よりも有利とされる。

EVでは電池の性能がそのまま車の性能に直結するため、電池専業メーカーや自動車メーカーが新型電池の開発にしのぎを削っている。韓国のLGエナジーソリューションは年内、サムスンSDIは来年中にも4680電池の量産を開始すると報じられている。

パナソニックも2170電池の性能向上や4680電池の量産に向けて巨額の開発費を投じてきた。グループで電池事業を担うパナソニック エナジー社の業績を見ると、投資負担の重さがよくわかる。

直近4年間で売上高は1兆円前後ながら、前2023年度の営業利益は約20億円まで落ち込んだ。今2024年度も会社計画の営業利益は220億円にとどまる(いずれもアメリカ政府からの補助金除く)。電池の開発や製造工程の計画には多数の研究者が必要で、そのための人件費や生産設備への投資が大きな負担となってきたからだ。

テスラは自社開発済み

今後のカギを握るのは、最大顧客であるテスラの動向だ。テスラはすでに独自に4680電池の開発に成功。同社が2023年に発売した「サイバートラック」に搭載している。

当初は4680電池の量産に苦戦したものの、今年7月の決算説明会では同社のラース・モラヴィ副社長が「第1四半期(1~3月期)に比べて生産性が大幅に改善、売上原価も飛躍的に減少した」と説明。さらに「現在は1週間にサイバートラック1400台分以上の4680電池を製造できている」(同前)と明らかにした。年換算では約6万台分になる。

ただ、テスラのイーロン・マスクCEOが掲げたサイバートラックの年間の販売台数目標は約25万台。今後さらに生産効率が上がっても、自社だけですべてをまかなうのは難しい。

そのため、どの電池メーカーが足りない分の電池を供給するのかが注目されている。

パナソニック エナジーの只信一生社長は、メディアの合同取材に応じ、自社の4680電池の性能について「(テスラを含む)他社が開発しているものより10%程度性能が高い」と自信をのぞかせた。

テスラがパナソニック製の4680電池を広く採用すれば、他メーカーに先駆けて量産車に搭載された電池として、大きな実績になる。最大手のテスラにさらに食い込むことで、アメリカ市場の攻略を狙う。

和歌山県・紀の川市に設置された新型電池の製造ライン(記者撮影)

国内事業を「第2の柱」に

最新の電池でアメリカ市場を攻める一方、国内でも生産能力の拡大にメドをつけた。既存の工場などからの供給も合わせると、パナソニックはSUBARU向けには年20ギガワット時、マツダ向けには年10ギガワット時を将来的に供給する。

アメリカ・ネバダ州にあるテスラ向けの工場(生産能力は年間約40ギガワット時)には及ばないものの、国内向けだけでEV約60万台分の電池に相当する規模になる。パナソニックにとっては国内事業がテスラ向けに次ぐ2本目の柱となる見通しだ。

国内自動車メーカーとの協業強化はパナソニックにとっても悲願だった。以前から課題と指摘されてきたテスラ一本足からの脱却を意味するからだ。

昨年度、アメリカのIRA(インフレ抑制法)に基づく補助金の対象外となったことなどからテスラの一部車種の販売が急減。パナソニックはこのモデル向けに電池を出荷していた大阪・住之江工場の生産を大幅に絞り込むこととなり、業績にも影響が出た。

こうしたテスラ依存リスクの顕在化を踏まえ、パナソニックには電池の供給先を多様化したいという思惑があった。特に余剰となった国内の生産能力を有効活用できる供給先探しが喫緊の課題だった。

一方、自動車メーカーとしても、EV向け電池の調達は大きな課題だった。自社開発の余力があるトヨタや、蓄電池大手のGSユアサを抱え込んだホンダと異なり、SUBARUやマツダには車載電池を自ら開発する余裕がなかったからだ。

経済安全保障や自動車産業保護の観点から電池事業への支援を強化している政府の思惑とも一致した。SUBARUとの新工場建設では、最大1564億円、マツダ向けの供給では最大283億円の補助金を受ける。

9日の式典で挨拶した経産省の野原輸・商務情報政策局長は「バッテリーを日本の基幹産業にしていくというビジョンを持って、官民で取り組みを進めたい」と、今後も政府として支援を続ける考えを明らかにした。

二兎を追い続けられるか

テスラ向けの新型電池発表、国内向けの新工場建設と矢継ぎ早に施策を繰り出すパナソニック。はたしてアメリカと日本の同時攻略は可能なのか。

中でも難しいとされるのが優先順位の問題だ。例えば最新の4680電池をめぐっては「テスラ以外の相手にも供給するとなれば、『なぜこちらを優先しないのか』と怒らせてしまう恐れがある」(電池業界関係者)。

しかし、SUBARUやマツダをないがしろにするわけにもいかない。只信社長はこの点について、両社にも「今後(4680電池を)供給する可能性はある」と含みを持たせつつ「当初は2170からスタートする」と語った。

複数の自動車メーカーへ供給し続ける限り、最新技術をどの順番で提供するかという問題はつきまとう。メーカーとの信頼関係にもつながる話題だけに、慎重な舵取りが必要だ。

EV業界全体の減速が指摘される中、アメリカ経済の減速や大統領選の行方など、不安要素も多い。社運をかけて進める車載電池事業の行方は、しばらく予断を許さない状況が続きそうだ。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)

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