チョーヤが「前代未聞の梅不作」でも平気だった訳

南高梅

チョーヤ梅酒の原料の中心、和歌山県産の南高梅(写真:チョーヤ梅酒提供)

2024年、梅が深刻な不作を記録している。農業総合研究所によると、5月の収穫量は前年同月比で44%減。一大産地として知られる和歌山県でも、昨年に比べると収穫量が3~7割減った農家が多い。

背景には、暖冬で主力品種が早く開花して受粉がうまくいかなかったことや、3月に紀南地方の広範囲で雹が降って傷ついたこと、大量発生しているカメムシによる被害も影響しているという。

「ということは、梅酒のチョーヤは甚大な被害を受けているはず。笹間さん、ちょっと取材しに行きませんか?」

悪い顔で微笑んだ担当編集に依頼を受け、筆者はチョーヤ梅酒株式会社(以下、チョーヤ)に取材を打診。快く引き受けてもらえたのだが、開口一番、

「今年も買い付けで特別なことは何もしていないんですよ」

と言い切られた。

一部には、切羽詰まって梅を買い集めた卸会社もあったという中で、どのように大量の梅を確保したのか。背景には、梅確保のための長年の努力、工夫があった。

出荷量が少なく“短期仕入れ”必須の完熟梅 

緩やかな右肩下がりにある、国内のアルコール市場。国税庁によると、2021年度の国内の酒類販売数量は772.1万キロ・リットルと、ピークの1996年度から約2割減少している。

【画像9枚】「実は農家とは専属契約は結んでいない」…。前代未聞の梅不作でも平常通りの買付に成功した梅酒の「チョーヤ」、一体何をしてきたのか?

そのさなかにあって梅酒をメインに据えるチョーヤは、逆に右肩上がりの成長を続けている。2023年12月期の売上高は139億円で、2016年12月期の111億円から30億円弱ほど積み上げた。社員数が約130人という規模感を考慮すると、存在感はより際立つ。

そんなチョーヤが原料に使用しているのは、国産梅のみだ。なかでも中心となっているのは、和歌山県産の「南高梅」という品種。比較的大粒で、種が小さく果肉が厚いという特徴がある。

ダンボールに詰められた南高梅

和歌山県の農家から届いた、大粒の南高梅(写真:チョーヤ梅酒提供)

しかし、和歌山県産の梅の入手は簡単ではない。全国の梅の平均総生産量は年間9万~12万トンで、うち60~70%が主産地の和歌山県に集中している。だが、そのうち70~80%は梅干し加工に使われているからだ。残りが「市場出荷用」として、小売店やスーパーなどと梅酒メーカーが仕入れる梅。しかもチョーヤのように梅酒を専門とし、毎年大量に梅を必要としているメーカーは数少ない。

さらにもう1点、梅の仕入れには課題がある。仕入れ期間が短いのだ。そもそも、梅干し用と梅酒用の梅には大きな違いがある。梅干し用の梅は、塩漬け、天日干しの「1次加工」を主に農家が行い、それを梅干し業者が買い取って、減塩、味付けの「2次加工」を行って完成する。このため梅干し業者は、農家が在庫として持つ1次加工された梅を、一年中いつでも購入できる。

一方梅酒は、一からメーカーで加工するため、生で仕入れなければならない。だからチョーヤの仕入れ時期は、梅が熟す6月の約1カ月間のみ。ここに、一年間すべての梅の仕入れが集中せざるを得ないのだ。

南高梅の畑

南高梅の畑(写真:チョーヤ梅酒提供)

農家と「緩やかにつながり」質と量を確保する

流通量が少なく、短期集中となる梅酒用の梅の仕入れ。この難題を克服するためにチョーヤは、半世紀かけて産地の農協、農家と関係を紡いできた。

筆者は、最近コーヒーの世界でよく聞く、農家との専属契約があるのでは……と考えていたのだが、違った。毎年、農協を通じて農家と話し合い、自社が必要な量を確保してもらっているという。

梅酒市場で無二の存在感を誇る同社であれば、専属契約を結ぶ農家は少なくないだろうし、そのほうがチョーヤとしても安心のはず……一見非合理にも思えるが、なぜ専属契約にしないのか?

チョーヤ・専務の金銅俊二氏は、「農作物には豊凶や価格変動がつきものです。それなのに専属契約をして定価、定量で契約するのは、農家にとって得と言えるでしょうか? それよりも信頼で緩やかにつながって、豊凶に合わせて市場価格を鑑み、都度交渉するほうがお互いにウィンウィンで長続きする関係になるのではないかと考えています」と説明する。

しかもこの形態なら、農家は安定した買い取りを背景に、長期的な視点で品質向上に取り組むことができる。一方、チョーヤは高品質な原料を継続的に確保でき、製品の品質維持につながる。

加えて、刻々と変わっていく農家の状況に合わせることもできるという。昨今、高齢化で生産量を減らしている農家もあれば、若手が参入して、加工と販売までの一貫体制に挑戦しはじめている農家もあるからだ。契約で縛らないからこそ、それらの農家とも持ちつ持たれつ、お互いが苦しまない関係でいられるのだ。

この関係性を最も象徴するのが価格交渉で、取材時は8月初旬だったが、6月に購入した梅の仕入れ価格はまだ交渉中とのことだった。一般的な青果物は売買後10日以内に支払うものだそうだが、農家が市場価格などを調整して、チョーヤ向けの金額を協議して決めている最中だという。かなり時間を要する話だ。だが、「農家さんに助けていただいてこそ成長を続けられるビジネスです。そこは待ちます」と金銅専務はこともなげに言う。

話し合いの様子

梅農家と農協、チョーヤの間では、頻繁に話し合いが行われている(写真:チョーヤ梅酒提供)

豊作では買い支え、不作では必要最低限を

チョーヤ梅酒の努力はそれだけにとどまらない。さらに踏み込んで、農家の経営を支えている。例えば、農家が豊作の年には想定量を超えていても、一定量を引き取る。反対に不作の年には、農家に負担の少ない必要最低限の量を買い取る。買い取り価格も、豊作の年は一般市場より高くし、その代わりに、不作の年には一般市場よりも低めの価格で出荷してもらえることもある。市場の需給バランスの影響を受けやすい価格変動で、お互いの経営が傾かないようにサポートしているのだ。

もちろん、豊作のため大量に引き取った梅も無駄にはせず、ホワイトリカーやブランデーに漬けてストックしている。元々チョーヤの梅酒は、最低でもおよそ1年間は熟成が必要なため、翌年の販売を考えると2年分は在庫を持たなければならない。そのため在庫=リスクにはならないのだ。ちゃっかりというか、ストックを使って熟成商品の展開もしている。さらにノンアルコール梅酒用に、梅をフローズン状態でもストックしているという。

フローズン状態でストックされている梅

フローズン状態でストックされている梅(写真:チョーヤ梅酒提供)

とはいえ、今年のように不作の影響がまったくない訳ではない。影響が出るのは熟成期間を経た2~3年後。このタイミングに商品供給が減らないように、過去に漬けた梅酒とブレンドし、「味と量の変化がなるべく少ないように」調整しているそうだ。このブレンドの割合が非常に難しいそうで、製造現場では、侃々諤々の議論が交わされることもある。

一連の話を聞いた後、担当編集が「なるほど、一見、非合理なのがポイントなのですね」とつぶやくと、金銅専務は「その通りです」と微笑んだ。

経営学者の楠木建氏は、著書『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)の中で、「誰もが納得するような合理的な戦略は、すぐに競合他社に真似されてしまい、競争優位ではなくなってしまうが、一見して非合理な打ち手は、真似されない。それゆえ、長期利益につながる」と指摘している。

チョーヤの場合は、大企業のように「農家を囲い込む」ことをせず、南河内・紀州の緩やかなつながりの中で共存する道を選んだことが、結果的に梅の安定調達につながっているということなのだろう。たしかにこのやり方なら、年によっては割高に仕入れることはあっても、肝心の調達が途切れることはなく、不作の年であっても、質の高い梅を仕入れられる。

樹上で熟成する高品質な南高梅

樹上で熟成する高品質な南高梅(写真:チョーヤ梅酒提供)

梅の買い付けを支える約450基のタンクと財務体制

その一方で、農家を支えるには、資金も必要だ。実はチョーヤの財務においては、大量のストックを持つための負担が最も大きい。約450基(10万リットル120基、5万リットル約330基)のタンクを保有し、熟成状態を維持しているからだ。

さらに、梅の調達を安定的に行うために、キャッシュリッチな体制も整えている。現在、負債はゼロ。在庫とキャッシュを多く持てなかった1980~1990年頃には、不作で苦しい思いをする時期もあったという。その教訓が活かされているのだ。

タンクで在庫を大量に持つことも、キャッシュリッチの体制も、他社が一朝一夕には真似できない。不作の年には、「なぜチョーヤだけ大量に購入できるのか」とジェラシーを持つ業者もいるそうだ。だが、半世紀をかけ、梅農家のバックアップ体制をここまで築いている企業は日本に唯一、チョーヤだけだろう。

逆に言えば、農協や農家とここまでの付き合いをしないと、農作物である梅を使った梅酒メーカーとして存続できないということだ。「どこから、どのような梅を、どれぐらい、どうやって仕入れるのか」を完全にコントロールできていることが、チョーヤの成功の要因と言えるのかもしれない。

タンク

約450基のタンクに大量の梅酒を熟成しながらストックする(写真:チョーヤ梅酒提供)

しかし、盤石に見えるチョーヤを脅かす要素も存在する。最たるものは気候変動だ。世界ではさまざまな気候変動が起きており、梅の豊凶もますます極端になることが予想される。また最近、木の内部を食べて枯らしてしまう外来種のカミキリムシ『クビアカツヤカミキリ』が各地で発生し、梅をはじめ、バラ科の農産物への被害も拡大している。

クビアカツヤカミキリ

新たな脅威となっている、クビアカツヤカミキリ(写真:埼玉県環境科学国際センター提供/https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/center/kubiaka_freeimage.html)

チョーヤはこのような脅威へのリスクヘッジとして、梅の品種改良に乗り出している。農家、農協、行政と協力して、厳しい環境でも生き残れる梅の新品種を開発しているのだ。数年では結果が出ないため、信頼をおく農家に5年、10年単位で買い取り保証をつけて育成を依頼し、収穫した梅を加工する試みも行っている。

梅の産地の分散も進めている

また同時に、仕入れの中心となっている和歌山県以外の地域の梅が、梅酒に適するのかを確認する研究も進めている。梅は産地によりさまざまな種類があり、暑さ、寒さに強い品種もあるからだ。仕入れ先についても災害のリスクを考えて、あえて100%和歌山産ではなく、8割程度にとどめて分散するようにしているという。

「梅は1年に1度しかとれない貴重な作物です。気候変動についてはすぐには答えが出ませんが、私たちは梅酒だけを扱うメーカー。ほかには見向きもせず、時間をかけて解決方法を模索していきたい」と金銅氏は話した。

ここまでしているのか、と驚かされるチョーヤの取り組み。だが梅酒の絶対王者である同社が実践する戦略はそれだけにとどまらない。中編に続く。

漬け込んで数年後、熟成したタンク内の梅酒のイメージ

漬け込んで数年後、熟成したタンク内の梅酒のイメージ(写真:チョーヤ梅酒提供)

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)

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