人手不足でも技術活用進まない「日本の不合理」

タクシーやバス、医療現場などさまざまなところで人手不足が発生している。技術を活用して人手不足問題を解決できないのはなぜなのか(写真:yamahide/PIXTA)
さまざまな分野で人手不足が深刻だ。運転手不足によるバスの減便、タクシー不足、介護現場での人手不足は、市民生活への重大な脅威になりつつある。自動運転技術やリモート診療などは、こうした問題を解決する重要な手段だ。ところが、日本では、さまざまな抵抗で導入できない。この問題を、総選挙の争点とすべきだ。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第129回。

運転手不足でバスの減便が深刻

人手不足が、国民生活のさまざまな面で深刻な問題を引き起こしている。その1つに、バス運転手の不足問題がある。運転手が足りないため、これまで地域の足になっていた路線バスを減便せざるをえない場合が続出している。

その結果、バス便が1日数本しかない場合が増えている。こうしたバス路線の「時刻表」のことを、「地獄表」というのだそうだ。炎天下で30分も待たされたとか、乗ったはよいが、その日のうちには帰ってこられない、などという話がある。

高齢になって運転免許証を返却してしまった人たちは、バスに頼らざるをえない。それがこのような状況では、日常生活に重大な支障が生じる。これは、文字通りの「死活問題」だ。

これは、「2024年問題」の影響だ。運転手の1年間の拘束時間や、勤務時間のインターバルに関する規制が強化されたため、もともと深刻だった運転手不足がさらに深刻になっているのだ。

「2024年問題」は、トラックの運転手の不足の原因にもなっている。

タクシーの運転手も足りない。このため、タクシーを捕まえにくくなっている。駅前であっても、雨が降っていたりする時には、いつまで待ってもタクシーに乗れない。

アメリカでは、AIによる無人タクシー

ところで、アメリカでは、すでに無人タクシーが実現している。アルファベット(グーグルの親会社)の傘下企業である自動運転企業ウェイモが、自動運転のタクシーを運営している。

カリフォルニア州のサンフランシスコでは、すでに実用化されて、市民の足になっている。そして、市民からは便利に利用されているようだ。これまでのところ、重大な事故の報告もない。

さらに、今年の10月には、テスラが「ロボタクシー」という完全自動運転の車を発表する。これは自家用車として発売されるのだが、持ち主が使わない時間帯には、ウーバーのサービスと同じように乗車サービスを第3者に提供することも可能になるようだ。

日本でも、こうした自動運転車が利用できるようになれば、事態は大きく変化するだろう。そもそも運転手が必要ないのだから、「運転手不足」という問題が、消滅してしまうわけだ。まったく夢のような話だが、世界の最先端では、それが現実になっているのである。

日本でも、そうした世界が実現することを強く望みたい。しかし、残念なことに、日本の現状は、それよりはるかに以前のところにある。

自動運転車が公道を走れる状態になっていないという技術的な問題だけではない。以下に見るように、技術的にはすでに可能になっているにもかかわらず、業界の事情で導入できないのだ。

タクシーについて言えば、前項で述べたAI自動運転車の前に、ライドシェア(ライドシェアリング)が技術的には可能になっている。これは、一般のドライバーが、自家用車で乗客を有償で運ぶサービスだ。

アメリカや中国では、すでにタクシーの重要な手段になっている。しかし、日本では、これまでは、基本的には規制されてきた。

タクシー不足が深刻になったため、2024年4月から、東京などの一部地域で自由化されることになった。ただし、タクシー事業者が運営主体にならなければならないなど、極めて厳しい条件のもとで、限定的に認められているだけだ。

雨の日の場合には条件を若干緩和するなどの措置もなされたのだが、限定的であることに変わりはない。

「タクシー会社の都合」で認められない不合理

なぜ、このように制約するのだろうか? 一般のドライバーが客を乗せるのは、安全上の問題があるからだろうか? しかし、そうであれば、「タクシー会社が運営主体にならなければならない」というような制約を付けることにはならないはずだ。

完全に自由化せず限定的にしか認めないのは、安全上の理由というよりは、既存のタクシー会社の客を奪わないためだとしか考えようがない。雨の日には需要が多いから、規制を緩めてもよいということだろう。

タクシーの運転手が足りないにもかかわらず、そして、人々がタクシー不足に困っているにもかかわらず、タクシー会社の需要確保の観点からライドシェアリングが眼底的にしか認められないという現状は、何とも不合理なものだと考えざるをえない。

同様の問題が、医療や介護にもある。医療や介護の分野では、人手不足が深刻だ。そして、高齢化の進展によって医療・介護サービスに対する需要は今後ますます増えるため、人手不足への対処は、きわめて重要な課題だ。

ここでも、デジタル技術が、大きな役割を果たしうる。とりわけ、オンライン診療が広く認められれば、医療サービスを受けることが容易になる。そして、人手不足の解消に大きく役立つ。

事実、コロナ禍では、世界の多くの国で、オンライン医療が飛躍的に拡大した。日本でも、拡大の要求が高まった。

最近では、介護現場でのオンライン診療キットの活用が可能になっている。これを用いれば、施設入居者の健康データを効率的に集めることができる。現状では、スタッフが入居者を病院に連れていくために、大変な負担と時間がかかる。そうした問題を、このキットが解消する。

実証実験によると、看護師や介護士の外出業務が、このキットの導入で3割減るそうだ(「介護現場にこそ遠隔診療」、日本経済新聞、2024年9月6日)。

それにもかかわらず、日本では、医師会の反対などでオンライン診療が進まなかった。形式的には可能とされていても、実際の利用にさまざまな制約が課されるためだ。日本におけるオンライン診療の比率は、諸外国に比べて、きわめて低い。

技術の活用による人手不足解消を総選挙の争点に

運転手問題でも、オンライン診療問題でも、技術的には可能であるにもかかわらず、1部の利害関係者の反対と抵抗で実現できない。これは、なんとも不合理なことだ。

政治は、こうした場面でこそ、是非、事態を改善する力になってもらいたいものだ。それにもかかわらず、自民党総裁選でも、立憲民主党代表戦でも、この問題が争点として議論されていないのは、なんとも残念なことだ。

秋には総選挙が行われる可能性が高い。是非、そこで、国民生活に直結するこうした問題を議論してほしい。

(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)

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