プロ野球の現地写真「ネット投稿禁止」広がる動揺

球場での撮影はどう変わるのか(写真:筆者撮影)

日本野球機構(NPB)が発表した「『試合観戦契約約款』の改定と『写真・動画等の撮影及び配信・送信規程』の施行について」の内容をめぐり、プロ野球ファンの間で動揺が広がっている。

従来の約款には特に記載がなかった「写真・動画等の撮影及び配信・送信」について、これを原則「禁止」としたのだ。

秩序とマナー維持を目指す「試合観戦契約約款」

この約款は、プロ野球人気の高まりとともに過熱気味だった「私設応援団」の活動を規制し、秩序とマナーのある観客席を維持するために、2005年12月にNPBが定めたものだ。

ざっくり言えばこの約款は

・正規のルートで入場券を購入すること(ダフ屋等からの購入禁止)
・暴力団の入場、観戦の禁止
・不正なチケット転売の禁止(公認のリセールなどを除く)
・危険物、ペットなどの持ち込み禁止
・試合進行を妨害する行為の禁止
・誹謗中傷の禁止

を定めている。

そのうえでこの約款に付随する形で「特別応援許可規程」も定めて、

・応援団として応援できるのはNPBの許可を得た団体だけ
・団体は構成員の名簿をNPBに提出する

としている。

今、ファンが球場に入場する際にゲートで必ず受ける「手荷物検査」はこの約款に基づくものだ。また、私設応援団が、球団が定めるエリアでのみ応援するのも、施設応援団のメンバー以外の一般観客がラッパ、太鼓など鳴り物を用いての応援ができないのも、夜10時以降の鳴り物を使用した応援が禁止されているのも「試合観戦契約約款」とそれに付随する「特別応援許可規程」によって定められているのだ。

この「試合観戦契約約款」の

第8条 (禁止行為) 何人も、主催者の許可を得ることなく、以下の行為を行ってはならない。

に来年2月以降、下記の文言が追加される。

(16) 写真・動画等の撮影及び配信・送信規程並びに主催者の職員等の指示に反する行為

文面を見る限り、球場内での撮影行為はすべて「禁止」になるように見える。

多くのファンがカメラを携行して球場に入っているが…

筆者はプロ野球を球場で観戦して半世紀以上になるが、デジタルカメラが普及してからは常にカメラを携行して観戦してきた。そして撮影した写真から、例えば、ある打者がいつごろから打撃フォームを「ノーステップ」から、足を上げるフォームに変えたか、とかある投手がサイドスローに転向したのはいつからか、などを手元メモ的にチェックしてきた。

(写真:筆者撮影)

また、ベンチで監督がどの位置から采配を振るっているか、コーチや選手はどこに座っているか、外野守備の指示はどのコーチが行っているか、とか、コロナ禍の前後で、観客席の雰囲気、観客の応援態度はどう変わったか、などを画像で確認してきた。

筆者だけでなく、多くのファンがカメラを携行して球場に入っている。さらに、今ではほぼすべての観客がスマホを持ち込んでいる。チャンスや、お目当ての選手の登場で、多くの人がスマホをグラウンドに向けている。最近はスマホのカメラ機能の性能が上がってかなり大きな画像も、精細な動画も撮影が可能だ。

こうした行為もすべて禁止になるのか? そうではないらしい。

この「約款」に付随する「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」によれば、

第3条 (禁止行為)
何人も、試合中の球場内で、以下の方法・態様によって写真・動画等の撮影、録音、データ取得を行ってはならない。

とあり、

・立ち入り禁止のエリアでの撮影
・三脚等の大型機材やパソコンを用いた撮影
・観戦の妨げとなる行為
・通路、避難施設及びその付近に居座る行為
・フラッシュなどの使用

を禁じている。つまり上記のような逸脱行為をともなわない限りは「写真撮影OK」ということのようだ。

写真や動画をネットにアップできなくなる?

ただし、その次の部分が、大きなポイントだ。

3.何人も、以下の写真・動画等を配信・送信してはならない。
(1) 前二項で禁ずる行為によって取得された動画・音声・画像・試合データ
(2) ボールインプレイ中のプレーヤーを撮影した写真・動画等
(3) ボールインプレイ中のプレーヤー以外を撮影した動画のうち、140秒を超えるもの
(4) 試合中に配信・送信するもの(ライブ動画及びライブ音声並びにリアルタイムでの試合データの配信・送信を含む)
(5) 明らかに営利を目的とするもの
4.前三項において、以下の場合はこの限りではない。
(1) 主催者が承認した場合
(2) 家族、友人、取引先その他これらに類する特定の者に向けた配信・送信であって、かつ、業として行われず、主催者が有する権利及び法益を侵害しないと認められる場合

つまり逸脱行為をしない限り撮影は可能だが、それをSNSやブログ、動画サイト、ネット掲示板、ファンサイトなどにアップしてはいけない、と言っているわけだ。筆者は15年前からブログを書いているが、ここに試合で撮影した写真をアップしてきた。来年2月からはこれも自粛すべきなのだろう。

しかし「特定の者に向けた配信・送信であって、かつ、業として行われず、主催者が有する権利及び法益を侵害しないと認められる場合」という微妙な形で、例外事項も書いている。実にわかりにくい記述だ。

また「主催者が承認する場合」は、実際にはほとんどないだろう。筆者は球団広報に取材申請することがよくあるが、必ず「どのメディアで」「何月何日ごろに掲載する記事なのか」を申請しなければならない。また写真撮影をするときは、別途申請する必要がある。

どこのメディアにも掲載せず、個人的なブログやSNSに載せるだけの写真や動画の撮影を主催者たる球団が承認することはまずないだろう。

ただ、恐らく1試合当たり「数千」「万」の単位でグラウンドに向けられるカメラ、スマホをいちいち規制することも、それらをSNSや動画にアップするのをチェックするのも事実上、不可能だ。

さらに、撮影ではないが「データ取得」も禁止している。近年、「野球スコア」を記録できるアプリが出回っている。これを使えばスマホを使って試合経過や投球、打撃内容を記録することができる。今や少年野球から高校、大学野球までこうしたアプリを使って「試合速報」を配信している。

しかしプロ野球では「1球速報」は、データ会社が記録して配信するコンテンツになっている。これを勝手にやられては困る、ということだ。

「無許可での商業利用」YouTubeの規制狙いか

恐らく今回の「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」の意図、目的は2つだ。

1つは、プロ野球の画像、動画などのコンテンツの「無許可での商業利用」だ。今、YouTubeなどの動画サイトではおびただしい数のプロ野球の動画がアップされている。中には数万のチャンネル登録者を有して、少なからぬ広告収入を得ているものもある。これらの商業利用を規制するのが目的だろう。

もう1つは、X(旧ツイッター)などで画像や動画をアップして、選手、球団などを誹謗中傷するような行為の規制だ。これまでは「誹謗中傷をやめよう」と呼びかけることしかできなかったが、今回の約款の改定によって特定のサイトに対して「観戦約款に違反している」とより具体的に警告をすることができる。その「警告効果」を期待しているのではないか。

当然ながら、MLBでも観客の動画撮影、SNSなどへのアップに関しては規制をかけている。

過去にスタジアムでの乱射事件などもあったので、MLBでは球場へ持ち込める持ち物の規制は厳しい。多くの球場では、透明なビニール製の小型バッグしか持ち込むことができない。本格的なビデオカメラ、大口径のズームレンズなどは、バッグに入らないので当然、アウト。球団によっては持ち込み可能なカメラのレンズサイズを規制しているところもある。そういう形で観客が高精細な画像、動画を撮影することを規制している。

ただYouTubeなどの動画サイトには個人が撮影した大谷翔平のホームランシーンが、試合の最中からアップされている。動画などコンテンツの撮影、掲載の規制は事実上、行っていないようだ。

しかしながらMLBの場合、試合の最中から公式サイトで、大量の動画を無料で配信している。大谷翔平がホームランを打つと、その直後に素晴らしい動画がアップされる。動画だけでなくデータ解析ツール「スタットキャスト」の打球速度や角度、飛距離などのデータも瞬時に出てくる。

素人が小さなカメラでネット越しに撮影した動画などとは比べ物にならないすごい動画が、公式サイトで続々配信されるのだ。MLBの公式サイトでは数百人に及ぶ選手のプロフィールを公開しているが、その選手1人ひとりについてもプレーシーンの動画を観ることができる。

コンテンツホルダーであるMLB自身が、上質の動画、画像をオンタイムで大量に発信することで野球ファンの「観たい」「知りたい」というニーズを満たしているのだ。そういう形で非公認の動画、画像コンテンツのマーケットを抑え込んでいると言うこともできよう。

NPBでもぐりの動画ビジネスが横行した背景

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NPBの場合、公式サイトでは「試合速報」はオンタイムで発信しているが、動画も画像も一切、配信していない。また、球団サイトも動画や画像をあまり配信していない。スポーツ新聞などのメディアも試合結果と画像にとどまり、動画は配信していない。

パ・リーグ6球団が出資して設立したPLM(パシフィックリーグマーケティング)が運営するパ・リーグTVがパの試合動画を随時配信しているが、セ・リーグにはそういうものはない。コンテンツホルダーがファンの「選手の活躍を見たい」というニーズに応えているとは到底言えない状況だ。だから、もぐりの動画サイトがビジネスをしてしまうと言う側面があるのだ。

肖像権、著作権を守るうえで、動画、画像の規制は必要なことだが、今回の約款の改定、規約の追加に関しては、多くの観客に影響を与える可能性がある。そもそも今のあらゆるレジャーは「スマホで撮影する」ことを前提としている。そういうファンの試合観戦への意欲を減退させるような規制になってはならないだろう。

NPBは来年2月の実施までに「どこまでがセーフ」で「どこからがアウト」なのか具体的なガイドラインを示すべきではないか。現実的な対応になることを期待したい。

(広尾 晃 : ライター)

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