「太ると病気になる」という不安が招く深刻な弊害

炭水化物の不足は、からだにさまざまな弊害をもたらすという(写真:Fast&Slow/PIXTA)
昨今、「肥満」による生活習慣病のリスクがしきりに強調されていますが、そうした恐怖感から日本人が陥っている、「太ったら病気になる、長生きできないぞ」という固定観念こそが、むしろ健康を損なう結果につながっていると、文教大学健康栄養学部教授の笠岡誠一氏は指摘します。
糖質制限などの過度なダイエットがからだにもたらす、深刻な悪影響とはいったいどんなものなのでしょうか。
※本稿は、笠岡氏の著書『9割の人が間違っている炭水化物の摂り方』から、一部を抜粋・編集してお届けします。

炭水化物を食べないと「エネルギー不足」に陥る

炭水化物が太る、あるいは、健康に悪いというイメージが広がったからでしょうか? 日本人の炭水化物の摂取量は年々減少しています。

主食であるお米の消費量は、ピークの1962年から半減。当時はひとり1日約2合のお米を食べていましたが、現在はその半分です。

その結果、何が起きているかというと、日本人は、栄養素の摂取バランスが崩れると同時に、危機的なエネルギー不足にも陥っているのです。

現在の日本人はこれだけ飽食の時代でありながら、1日の摂取エネルギー量は、戦後すぐと同程度にまで減少しています。エネルギー不足が、からだにどんな問題を引き起こすか解説していきましょう。

人間は、何もせずじっとしているときでも、心拍、呼吸、体温の維持などの生命活動を続けています。このとき使われるエネルギーを基礎代謝といいます。

炭水化物が不足していると、基礎代謝をはじめとするエネルギー消費を、生命活動に不可欠なたんぱく質などで賄わなくてはなりません。

現在の日本人は、炭水化物の摂取が激減している一方、その代わりに脂質の摂取量を増やすことで、なんとかエネルギーを確保し、命を存続させようとしているのです。

ダイエット目的で、炭水化物の摂取を減らして、さらに脂質の摂取も減らすと致命的なエネルギー不足になります。

基礎代謝を賄うためのエネルギーをからだの中にあるたんぱく質から作り出しますが、その際、さまざまな問題が生じてしまいます。

まず、自分の筋肉を分解してエネルギーを作り出すため、どんどん筋肉量が低下してしまいます。骨の約半分はたんぱく質(コラーゲン)です。エネルギーに使われてしまうと骨粗しょう症など骨の病気になる可能性も考えられます。

たんぱく質の分解物が血液の浄化装置、腎臓に負担をかけて、内臓疾患のリスクを高める可能性もあります。炭水化物や脂質を減らす代わりに、たんぱく質の摂取を極端に増やすことも、からだへ負担をかけることになるのです。

繰り返しますが、長期間にわたって炭水化物の摂取を大幅に減らすと、心臓病による死亡率が50%近くも増加するという報告もあります。

無理なダイエットがもたらす、さまざまな「弊害」

つまり、炭水化物の摂取量を減らしてしまうと、そのためにたんぱく質が代理で使われるため、本来たんぱく質が担うべき役割を全うできなくなってしまい、からだにさまざまな不調を生じさせてしまうのです。特に、高齢者は注意が必要です。

一方、若い女性では、スタイルや美を意識して、無理のあるダイエットをしがちです。炭水化物=太る、野菜=健康的という短絡的なイメージから、ご飯を抜いてサラダだけといったバランスの悪い食生活を続けていると、間違いなくエネルギー不足になってしまいます。

そんな生活を続けていたら、毎日元気に活動するエネルギーがありませんから、疲れやすく体力気力も続かないでしょうし、筋肉や骨といったからだの組織も弱々しいものになっていってしまいます。

事実、やせすぎている若い女性が増えています。さらに、やせすぎの女性の出産により、低体重で生まれてくる子供が多くなっていることが問題となっています。2500グラム未満で生まれた子供は「低出生体重児」と呼ばれ、そうした子供は、将来肥満や糖尿病などの生活習慣病になるリスクが高まる可能性があることが報告されています。

間違った健康法は、自分のからだの健康を損ねるだけでなく、子供の将来にも悪影響を及ぼすのです。

炭水化物が健康維持に欠かせないのは、糖質がエネルギー源になるためだけではありません。実は炭水化物の中には「食物繊維」がたっぷり詰まっています。

つまり、炭水化物を食べないことは、そのまま食物繊維不足に陥ることを意味しているのです。炭水化物を制限すると便秘になる人が多いのはこのためです。

「第6の栄養素」といわれる食物繊維の存在

歴史的に見れば、食物繊維は消化吸収されず、エネルギーとして活用できないので、人間のからだに必要ないもの、という見方がされてきました。
しかし、近年では、食物繊維がさかんに研究され、私たちの健康の重要なカギを握っていることがわかってきました。

「栄養にならない」「不要なもの」といった評価は今やガラリと変わり、「第6の栄養素」といわれる地位にまで格上げされました。

この食物繊維は私たちの健康をつかさどる腸内環境を維持するために重要な働きをしているのです。つまり、炭水化物を充分に摂らないと、腸内環境が悪化し、さまざまな不健康を呼び込むことにもなるのです。

極端な糖質制限ダイエットがもてはやされたりすることからも、日本人は、太ることに異常なまでの恐怖心を持っている気がします。

これがスタイルや見た目を気にする若い女性であれば、まだその心理は理解できるのですが、高齢者にも「太ってはいけない」という観念がとても強く、自ら食べる量を減らしてしまう傾向がみられます。

高齢者の多くが肥満に対する恐怖心を植え付けられた理由には、国の健康政策の影響があります。2000年に厚生労働省は『健康日本21』を策定しました。

以降、「生活習慣病(メタボリックシンドローム)に気をつけましょう」と、生活習慣病への注意喚起をいたるところから耳にするようになりました。

たとえば、スーパーに行けば中性脂肪を減らす商品がズラリと並び、テレビの健康番組や雑誌などでは「肥満」による生活習慣病のリスクや恐怖がつねに語られるようになりました。

私たちはそうやって約20年もの間、「太ったら病気になる、長生きできないぞ」という言葉のシャワーを浴び続けてきたわけです。

何度も繰り返すようですが、日本人の多くがエネルギー不足に陥っているのです。日々、必要とされるエネルギーを毎日の食事からしっかり摂取できていないのです。

とりわけ、高齢になると自然に食が細くなりますから、むしろ「やせ」が問題になります。さらに栄養が摂れなくなってしまうので、とても危険です。それが「フレイル」です。

フレイルとは、肉体的・精神的に「虚弱」になる状態を指します。肉体的には筋肉が減り(サルコペニア)、それによって筋力や運動能力が低下してしまうのです。食べ物はからだを作り上げる材料です。加齢により減り続ける筋肉も、食べて、からだを動かすことで作られます。

それを 「太るといけない」などと考えて、食事量を減らそうとするのは本末転倒。特に高齢の方にはもうちょっとしっかり食べていただきたいのです。

「幸福感」を犠牲にする食生活は健康を損なう

「主観的健康寿命」 という言葉をご存じでしょうか?

これは「疾患の有無にかかわらず、自分が健康であると自覚している期間」を指します。

たとえば、高血圧や糖尿の傾向はあっても、特に制限なく、快適に日常生活を送っていると自分自身が思えるなら「健康」である、という指標です。

こうした主観的健康感が悪くなると、要介護の発生率も増えるという調査結果があります。心の持ちようが明るくなればからだも元気になり、疾病の疑いや「太りすぎると病気になる」といった不安に駆られると、健康も次第に損なわれていくといえます。

国は医療費削減のためにあれこれ健康政策に力を入れており、血圧の数値をはじめとした健康診断の基準がどんどん厳しくなってきています。 その結果、本人の健康状態は何も変わらないのに、診断基準が変わったがために、"高血圧予備軍"のレッテルを貼られる人が急増しました。

健康であるにもかかわらず、血圧やBMIを気にして、無理な食事制限やダイエットをする人も増えたと感じています。

けっして長続きしない「2つのガマン」

ダイエットには 「食べないガマン」と「食べるガマン」 があります。

太ってはいけない、もっとやせなくてはというのが「食べないガマン」、健康のためだと、たいしておいしくもない健康食品を食べることが「食べるガマン」です。

どちらも「ガマン」である限り、ストレスはたまります。いくら健康によい食品であっても、無理やり食べるのであれば、長続きしません。私はとりたてて重大な持病がないのであれば、無理に食事を制限する必要はないと考えます。

食べたいものを、自信を持って食べていただきたいのです。おいしいものを楽しく食べるのは、誰にとっても幸せを感じるもの。そうした幸福感を犠牲にした食生活は、結果的には健康を害することにつながるのです。

炭水化物は、からだに悪いものではなく、人間が健康であるために必須のもの。もちろん、とんでもない量をバカ食いしたりすれば、健康を害することになりますので、適量を知る必要がありますが、毎日、おいしく味わっていただきたいと願っています。

(笠岡 誠一 : 文教大学健康栄養学部教授)

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