ハマってからではもう遅い「相続の落とし穴」4つ

誰でもハマりかねない、4つの「相続の落とし穴」について解説します(写真:buritora/PIXTA)
一生のうちでそうそう機会があるわけではないため、スムーズに進めるのがなかなか難しいのが「相続」。弁護士の古山隼也氏によれば、そもそも相続には「遺産分割や使途不明金など、お金のもめ事が発生しやすいうえに、心情的な原因でもこじれやすい」という面があるそうです。
そこで本稿では、古山氏の著書『弁護士だからわかる!できる! あんしん相続: 手続きの「めんどくさい」「わからない」「ストレス」が消える!』から一部を抜粋・編集し、相続に直面している人なら誰でもハマりかねない、4つの「相続の落とし穴」をケーススタディしていきます。

価値のない田舎の土地を受け取らずに済ませたい

Q.遺産は、わずかな預貯金と利用価値のない田舎の土地。幸い借金はないが、費用がかかるだけの田舎の土地はできれば引き継ぎたくない。受け取らずに済む方法は?

A.「相続放棄で」遺産全部の相続を諦めることも検討してみて。

動産と異なり、不動産は所有権を放棄できません。田舎の土地をいったん相続してしまうと、買い手を見つけない限り手放せなくなる可能性が高いため、相続放棄をして遺産全部の相続を諦めることを検討することになります(民法939条)。

相続放棄の理由は債務超過に限られないため、プラスの財産しかない場合でも問題なく相続放棄できます。相続したうえで「いらない土地は自治体へ寄付したい」と言う人もいますが、相続人がいらないような土地は、自治体も不要であることが多いため、寄付を申し出ても断られることがよくあります。

2023年4月27日からは「相続土地国庫帰属制度」が開始されました。土地の所有権を国に移転させることができるという画期的な制度ですが、以下の要件があり、どんな土地でも気軽にできる、というわけではありません。

・審査手数料がかかる(土地一筆1万4000円。却下や不承認となっても返還されない)
・手間や時間(審査に半年~1年程度)がかかる
・一定の要件があるので申請しても承認を得られない可能性がある
・承認を受けた場合は申請者が10年分の土地管理費相当額(宅地、田・畑、雑種地等の場合は原則20万円)の負担金を納付しなければならない
・建物がある土地や境界が明らかでない土地などは申請できない

※不動産登記における土地の単位は「筆」です。したがって、「一筆の土地」というのは、不動産登記簿上における1つの土地を指します。

さらに、土地や建物を相続し、所有権を手放すこともできない場合、固定資産税などの税金や草刈りなど管理の手間がかかります。中でも建物が老朽化していると、地震や台風などによって、屋根瓦が落ちる、塀が崩れる、などのおそれがあり、もし他人に損害を与えてしまうと、賠償責任を負ってしまう可能性があります(民法717条)。

人口の減少や都心部への集中などによって、田舎の田畑や古くなった実家などの管理に困っている人は少なくない、と感じます。

親権者でも子に代わって遺産分割できない!?

Q.夫を亡くし、相続人はひとり息子と配偶者の自分。息子は10歳なので、親権者である自分が息子の代理人として遺産分割をしようと考えていたが、全部ひとりでやってしまっていい?

A.家庭裁判所に「特別代理人」の選任申立てをしましょう。

相続人の中に未成年者である子どもがいる場合、通常は親権者が子どもに代わって遺産分割手続を行うということになっています(民法824条)。しかし、親が子どもの代理人になれないケースもあります。例えば夫(妻)が亡くなって、その配偶者と子が相続人の場合です。

被相続人(故人)の配偶者と、その子で相続財産を分け合うので、どちらかの取り分が増えればどちらかが減る「利益相反」の関係になってしまいます。そのため、親権者であっても子の代理人になれないのです。

未成年者が相続人になり、親権者が代理人になれない場合は、家庭裁判所に特別代理人の選任申立てをしなければなりません(民法826条)。

家庭裁判所の選任した特別代理人が未成年者の代理人になりますので、この代理人と遺産分割協議をします。特別代理人には資格などは必要ないため、利益相反にならない親族(祖父母、いとこなど)がなるケースが多いようです。

もし特別代理人を選任しないまま遺産分割協議をした場合、その協議は原則として無効です。ただし、子どもが成人したあとに追認すれば、例外的に有効となります。

親から財産管理を任された! トラブルを防ぐには?

Q.身体の弱った母親の近くに引っ越し、自分が財産管理を任されることに。不正はしていないが遠方のきょうだいは「お母さんのお金を勝手に使わないように」とうるさい。将来、相続が始まったら財産管理の件でトラブルにならないか、今から心配で……。

A.「いつから」「何に」を明らかにするのがポイントです。

一部の相続人による財産管理は、被相続人の死後に「勝手に使っただろう」とネコババ(横領)を疑われやすく、トラブルのもととなります。

これは使途不明金問題と呼ばれており、特に争われやすいのは、「いつから財産管理を開始したか」「払戻金を何に使ったか」という点です。

財産管理を開始した時期以降の出金について説明を求められるため、その時期がいつかということは、財産管理をしていた相続人にとって非常に重要なポイントとなります。

そのため、通帳や届出印、キャッシュカードなどを預かった時期について、被相続人にメモを作成してもらう、日記やスケジュール帳などに記載しておくなど、証拠を残しておく必要があります。

また、被相続人に付き添って金融機関へ行き、出金することもあるでしょう。金融機関の窓口で出金する場合、払戻請求書に記入しますが、この際に可能な限り被相続人に記入してもらいます。

金融機関によっては払戻請求書の写しを提供してもらえるため、もし「勝手に出金した」と主張されても、被相続人の筆跡のある払戻請求書があれば説明しやすくなります。ATMで出金する場合は、被相続人の通帳や日記などに記入してもらうなどの方法を検討するといいでしょう。

お金の使途を説明できないと、被相続人のために支出したと認められない可能性があります。そこで、領収書やレシートなどの資料をノートに貼るなどして、できる限り保存しておきましょう。冠婚葬祭の際の出費など領収書やレシートのないものについても、日記やスケジュール帳、ノートなどに記載しておくことが望ましいです。

相続人がATMで出金してきて、払戻金を被相続人に手渡すというケースもあります。その場合は払戻金の使途を知らないこともあるでしょうが、出金額が大きいときはこれが落とし穴になることもあるので、被相続人から使途を確認して記録しておきましょう。

被相続人が日ごろの世話に対する感謝の気持ちとして、贈与するケースもあります。親族間で契約書を作成することはあまりないと思われますが、被相続人にエンディングノートへ記載してもらうなどして、贈与を証拠化することが重要です。また、贈与と認められても特別受益として持戻しの対象とされる可能性があるので、持戻し免除をしてもらえるよう、被相続人に確認しておくことをおすすめします(民法903条3項)。

生命保険金も遺産になる場合がある?

Q.相続税対策をしながら遺産を長男に多く渡すため、預貯金2000万円のうち1500万円を生命保険に回し、その保険金の受取人を長男として指名した。これで預貯金の残り500万円だけが遺産分割の対象となり、この500万円を長男を含む相続人全員で法定相続分に従って分割することになるはずだが……。

A.遺産に対して生命保険金の比率が不自然に高い場合、例外的に生命保険金も特別受益になることがあります。

このように生命保険を利用することで、被相続人は特定の相続人が有利になるよう遺産を分配することが可能となりますが、遺産分割の際の不公平感やトラブルの原因となることもあります。

生命保険金は、被相続人が特定の人を受取人として指定していた場合、指定された人が固有の権利として請求権を取得するので、遺産分割の対象になりません。そして、現状、ほとんどの保険会社では約款で受取人が記載されていない場合でも受取人をどうするか決めてあるので、生命保険金が遺産になることはほとんどありません。

また、生命保険金は被相続人から相続人への贈与ではないので、特別受益にも当たらないのが原則です。

しかし、生命保険金と遺産の比率があまりに偏っている(生命保険金のほうが預貯金よりも多いなど)場合、生命保険金を無視するのは明らかに不公平になります。そのため、生命保険金の遺産に対する比率が不自然に高い(遺産総額の50%以上)場合は、例外的に生命保険金が特別受益になり、相続財産の持戻しの対象となることがあります。

この例では長男の受け取る生命保険金の額は遺産と比べて明らかに多すぎるため、長男が受け取った生命保険金は特別受益とされてしまい、遺産からは1円も受け取れないという結果になる可能性があります。

(古山 隼也 : 弁護士)

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