「"5000万円"の老後資金」棒に振った女性の無念
夫の死後「夫の弟」に連絡する必要が出てきて……
ある80代のご夫婦のお話です。
このご夫婦はお子さんのいない「おふたりさま夫婦」でした。
あるときご主人が亡くなり、紹介者を通じて私のところに相続手続きのご相談がありました。
お話を伺ったところ、財産はご主人名義のご自宅と預貯金が、およそ5000万円。
そして、ご主人には数十年行き来のない弟さんがいるとのことでした。
弟さんと疎遠になっている理由は、以前弟さんが作った借金の肩代わりをさせられたり、勝手に保証人にされたり、お金の無心をされたり、さらにはご実家の相続手続きでもめたりと、散々な目にあったのだそうです。
その結果、交流のない状態が続いているとのことでした。
しかし、以前の記事(「おふたりさま夫婦」だから起る「"相続"の大問題」)で紹介したように、子どものいないご夫婦の場合は、妻だけでなく、亡くなった人の親やきょうだいも相続人になります。
相続手続きを始めるには、「正規の相続人」である弟さんと連絡をとる必要があると、奥様にお伝えしたのですが……。
苦手な義理の弟が相続人……とはいえ、弟さんが法定相続分以外の要求をしてくるなど、根拠のない主張には応える必要がないことも、奥様にはご説明しました。
連絡をとらなければ「相続手続き」はできないが…
しかしながら、奥様にとっては、義理の弟さんは顔を見るのも、名前を聞くのさえ嫌な相手なのだそうです。
「こちらから連絡をとったら、何を言われるかわからない」
「とにかくもう二度と会いたくないし、連絡さえしたくない」
そうおっしゃられて、手続き自体が頓挫してしまいました。
相続をするには、
②被相続人の財産を確定(相続財産がいくらかを明らかにする)
③遺産分割協議(誰がいくら相続するかを相続人同士で相談する)
④遺産分割協議書の作成(合意した内容を書面にする)
といった手続きが必要です。
この一連の手続きを経なければ、預貯金など、被相続人名義の財産に手をつけることはできません。
私の説得にも首を縦に振らず、奥様は「相続手続き」をあきらめてしまったのです。
ただ自宅に住み続けるだけであれば、ご主人名義のままでも大きな問題は生じないかもしれません。
※2024年4月から相続登記の義務化(相続を知ったときから3年以内に相続登記をしなければならない)がスタートしましたが、「相続人申告制度」(自分が相続人であることを申告しておく制度。
また、年金や奥様名義の預貯金もそれなりにあったことから、すぐに生活費などでお困りになることはないようでした。
しかし、いつか奥様名義の預貯金が底をつく日がくるかもしれません。
それに、このままご自宅に住み続けられるとは限りません。高齢者施設に移る際などに、きちんと相続登記が終わっていなければ、ご自宅を売却することができないのです。
「遺言書」さえあれば、悲劇は生まれなかった
老境に入り、長年迷惑ばかりかけられてきた大嫌いな義理の弟に連絡をとることのストレスはよくわかります。
しかし、このままではせっかくご主人が残してくれた財産を使うことができません。
このご夫婦は、どうすればよかったのでしょうか。
結論をいえば、これは「遺言書」を作ってさえおけば回避できた悲劇でした。
ご主人が「すべての財産を妻に渡す」という遺言書を残しておけば、奥様は義理の弟に連絡をとらずに済んだのです(きょうだいには遺留分〔一定の遺産をもらえる権利〕がないため、妻が100%相続できる)。
法的に有効な遺言書さえあれば、ご自宅も数千万円の預貯金も、奥様が問題なくすべて相続でき、何不自由のない老後を送れるはずでした。
これが子どものいない「おふたりさま夫婦」に、私が遺言書作成を強くすすめる理由です。
「相続のトラブル」を前もって回避しておくことは、「幸せな老後」につながると思うからです。
(松尾 拓也 : 行政書士、ファイナンシャル・プランナー、相続と供養に精通する終活の専門家)
08/31 09:00
東洋経済オンライン