老後の「ギスギス夫婦」と「おだやか夫婦」の決定差

喧嘩で対立する老夫婦

高齢になればなるほど相手の意見を受け入れられなくなってしまうのには、理由があります(写真:mapo/PIXTA)
脳神経内科が専門の医学博士で、老人医療・認知症問題にも取り組む米山公啓氏による連載「健康寿命を延ばす『無理しない思考法』」。エンターテインメントコンテンツのポータルサイト「アルファポリス」とのコラボによりお届けする。

歳をとればとるほど、夫婦の仲は悪くなる?

私の診療所には、高齢のご夫婦がたくさん通ってきます。そんな患者さんからよく耳にするのは、「旦那とは合わないね」「俺の話をなんでも否定するんだから」といった愚痴です。一見仲のいい夫婦に見えても、いまだに「合わない」という言葉を聞くと、夫婦円満の難しさを感じます。

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年齢も重ねれば人間もできてきて、相手を受け入れられるようになると思いがちですが、実際は逆のようです。

高齢になればなるほど相手の意見を受け入れられなくなってしまうのには、理由があります。

新婚の頃であれば許せた相手の言葉や態度が、歳をとってくると許せなくなってしまう、というのはよく聞く話ですが、関係が落ち着いているはずの熟年夫婦でもそれは起こります。ついこの間まで「いいね」と同意されていたことが、何を言っても否定されるようになった、といったことが起きるのです。

これは、歳をとるほどその人の本来の性格が強く出るようになってしまうためです。

遺伝子の影響は子供のときに強く出るように思ってしまいますが、子供のときは「親」という環境要因が大きく影響して本来の性格は出てきにくいのです。その一方で、大人になってさまざまな制約がなくなってくると、その人本来の遺伝的な要素が強く出てきます。高齢になって理性的な部分の抑制が利かなくなるというのもあり、その人の本来の性格が強く出てきてしまうのです。

歳とともに、以前はやさしかった人が怒りっぽくなり、否定などしない人が何を言っても否定してくるようになるというのは、じつはよくあることなのです。

それに加えて、この「否定してくる」というのは、じつは人間が本来持っているリスクを管理する本能のようなものでもあります。

新しいことには危険が伴い、自分を守るためにまずは否定から入ってしまうのです。

家族が何を言っても否定してくるようになったなら、その人本来の性格が出てきているのかもしれませんし、高齢になってリスクを下げるために、まずは否定しているのかもしれません。「新車を買おうと思う」と旦那さんが言えば、「いまさら新車などもったいない、どうせぶつけてしまうでしょ」というような言い方をされるわけです。

否定から同意へ

新車の例で言えば、「最新の車は安全装置があって、暴走しないようになっている」と説明することで相手の理解が得られ、否定から同意に変わってくれることもあるでしょう。相手は、ただ感情的に言っているわけではなく、心配や不安から否定しているだけということも多いのです。

なので、否定されたことでカッとなってはいけません。なぜ相手が否定するのか考えてみましょう。逆に、否定に対して怒りで反応すれば、同意を得られることは少ないでしょう。

ただし、こうしたすれ違いから対立状態になってしまうことは、高齢になればなるほど起きやすくなってきます。これは先ほども書きましたが、新しいことに対しての理解力が低下しているためです。また、新しい情報に触れる機会がそもそも少ないことが根底にあると言えます。だれでも知らないことには不安を抱くものです。

では、どうすればいいのでしょうか。

会話をする相手が夫婦だけではなく、たとえばお子さんでもいれば、いろいろな情報を手に入れることができます。触れる情報が多ければ、新しいことに対しても寛容になれるのです。

子供や孫との交流は、老夫婦の孤立を防いでくれるだけではありません。情報に触れさせてもらえるという意味でも、重要な意味を持ってくるわけです。

スマホを買うことはできても、ちょっとした使い方がわからないときはあるでしょう。そんなときでも、子供たちと接点を持っていれば簡単に解決できるはずです。こうしたささいな交流が、老夫婦の対立を防ぎ、脳の衰えを防ぐ可能性があるのです。

夫婦のどちらかの認知機能が低下してくるという状況は、決してめずらしいことではありません。そうなった場合、相手を否定するということが多々起きてきます。こうなってくるとますます夫婦間の会話は難しくなってきます。それは家族にとって大きな問題となります。

認知症の患者を抱えたとき、多くの家族は本人をなんとか説得して、理解させようとします。何度言っても間違えたりできなかったりすると、どうしても大声で怒ってしまうものです。

しかし、認知症の患者さんは、なぜそう言われるのか理解できません。ガスコンロに電動湯沸かし器のポットを直接置いてしまい火事になりかけた、というようなことが起きます。どうしてそんなことをしたのかと、家族は怒ってしまいますが、本人は家族を思って早くお湯を沸かしておこうと思ったかもしれません。電動湯沸かし器とやかんの区別がつかなくなっているので、自分が正しいことをしているのに怒られたと思い、患者さんはかえって混乱してしまうのです。

また何度同じことを言っても憶えていないことも、家族をいらつかせるものです。患者さんの不合理な行動や発言を「聞き流せるようになる」には、1年以上かかります。

ですが、家族が聞き流せる余裕を持てるようになると、不思議なことに、患者さんの認知症の症状も落ち着いてくるのです。いつも否定ばかりされていたのが怒られなくなったというのは、本人にとっては非常に快適な環境になったと思えるのでしょう。

普段も使える聞き流しの術

「聞き流しの極意」は、認知症の家族を抱えたケースにだけ使えるものではありません。たとえば、自分の意見を否定されたときにも応用できます。

相手のネガティブなパワーをさらりとかわすのです。「そうだね」「いいんじゃない」「そうそう」と同意することは、相手にとって非常にうれしいものです。

さらに「褒める」ことができれば、認知症の患者さんであろうと、家族であろうとすごくうれしいことであり、脳にとってもプラスに働きます。否定感などのネガティブな感情は脳にストレスをかけていくので、できるだけ避けるべきです。

聞き流しの極意にさらに相手を褒める力があれば、高齢になっても、たとえ相手が認知症になっても、平静でいられます。聞き流して、褒めるということまでできれば、自分の脳自体が活性化します。もちろん相手にもいい影響がでてきます。

否定してくる相手を「褒めて」「かわす」。これが、最上級者の会話術でもあります。

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(アルファポリスビジネス編集部)

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