富士ソフト「物言う株主」に翻弄された数奇な運命

富士ソフトのロゴ

ファンドから相次いで買収表明を受けている富士ソフト。創業者は”独立系”を貫くことにこだわってきた(記者撮影)

創業から半世紀余り、独立系SI(システム・インテグレーター)の雄が揺れている。

ソフトウェア開発大手、富士ソフトの非公開化に向けた買収劇が、アメリカの2大ファンドのKKRとベインキャピタルによる争奪戦の様相を呈しつつある。

筆頭株主のアクティビスト(物言う株主)、3Dインベストメント・パートナーズが昨年夏にファンドに買収提案を募ったことをきっかけに、富士ソフトは非公開化の検討を本格的に開始。3Dに提案を寄せたKKRが会社と交渉を重ね、8月8日、1株8800円でTOB(株式公開買い付け)を実施すると表明した。買い付け総額は約5600億円に及び、TOBが成立すれば上場廃止となる。富士ソフトも賛同し、株主に対し応募を推奨すると公表した。

ところが9月3日に事態は新たな展開を迎える。KKRの競合であるベインが、自身も富士ソフトに非公開化を提案している事実を明らかにしたのだ。ベインは10月に法的拘束力のある買収提案を提出し、富士ソフト側の賛同が得られた場合は11月以降にTOBを開始するという。

ベインの宣戦布告翌日の9月4日、KKRは当初9月中旬と見込んでいたTOBの開始時期を、9月5日に前倒しすると発表。富士ソフトはKKRの提案に「改めて賛同」する一方、ベインについても「法的拘束力のある提案がなされた場合、慎重かつ真摯に検討を行う予定」とした。

大株主の創業家はベイン側に

KKRは買い付け予定数の下限を発行済み株式の53.22%に設定し、3Dなどとの応募契約ですでに32.68%を確保している。ただ、ベインは8800円を5%程度上回る買い付け価格を提示する見通しを示しており、ベイン提案に対する投資家の期待から、足元の株価は9400円前後にまで上昇している。KKRがTOB成立に必要な株数を確実に集められるかは読みにくい。

ここで重要な意味を持ったのが、富士ソフト株を15%超所有している創業家の判断だ。2023年に取締役相談役を退いた創業者、野澤宏氏(82)らの対応について、8月のTOB発表時点では「引き続き検討しているとの連絡を受けている」(富士ソフト)状態だった。

しかし9月4日に富士ソフトが開示したTOBに関する追加のリリースにより、創業家の驚くべき動向が明らかとなった。ベインが創業家と交渉し、今年末までの間、ベイン以外とは非公開化に関する取引は行わないことで合意したというのだ。

野澤氏の娘婿にも当たる坂下智保社長は、「特別な利害関係を有していると判断される可能性がある」ことを理由に、今後の非公開化をめぐる一切の意思決定から外れることになった。KKRに賛同する会社とベインと組んだ創業家が、実質的に対立する構図となる。

買収をめぐり翻弄される富士ソフト。そもそもなぜ、株主ファンドが先導する異例の形で、非公開化の道を歩むこととなったのか。

富士ソフトの創業の地である左近山団地

富士ソフトの創業の地である左近山団地。半世紀以上前、専門学校の講師だった野澤氏はこのマンモス団地の一室で事業を開始した(記者撮影)

富士ソフトが本社を構える横浜市・JR桜木町駅前から車を西に走らせること約30分、同市旭区にある丘陵地に、5000世帯近くの住民を擁する大規模な団地が広がる。同社創業の地である左近山団地だ。1970年、高度経済成長期に整備されたばかりのマンモス団地の一室で、富士ソフトは産声を上げた。

本格的な「コンピューター時代」を見据え、創業者の野澤氏が当時講師を務めていた専門学校の生徒2人と起業し、自宅でもある団地の小さな部屋を拠点にプログラマー派遣などをしながら、ソフトウェア開発に邁進した。

会社の規模が拡大する中でも、野澤氏は「独立系」を貫くことにこだわった。自身をテーマにした書籍『富士ソフト創業者・野澤宏の「変化の時を生き抜く」』(財界研究所、村田博文著)で、野澤氏は次のように述懐している。

「系列だったら、他社の仕事を伸ばせないじゃないですか。子会社になったら、その会社の仕事しかできない。いろいろな取引先と創造的な仕事をしたいと思って起業したのですからね」

富士ソフトの業績推移

大手の系列に入ることなく、ソフトウェア開発で成功を収めた富士ソフトは1992年に上場を果たす。積極的なM&Aなども経て、年間売上高3000億円規模の企業グループに成長を遂げた。自動車やFA向けの組み込み系のソフト開発に強みを持ち、直近では10期連続で増収増益を達成している。

“持つ経営”にこだわった創業者

経営者として、野澤氏にはもう1つのこだわりがあった。「持つ経営」だ。

富士ソフトの保有不動産

富士ソフトが保有する横浜・JR桜木町駅前の本社ビル(左)と秋葉原のビル(記者撮影)

富士ソフトは秋葉原、横浜、錦糸町といった駅前一等地にある高層ビルを筆頭に、国内主要都市に自社オフィスを擁する。野澤氏は前掲書で、「人を大事にする。そして活躍してもらうためには、こういう自社ビルというのは、何より社員が一番喜びます」と語っている。

団地の一室で、社員と顔と顔を突き合わせるような形で事業を始めた野澤氏にとって、オフィスは特別な意味を持っていたのかもしれない。

しかしこの「持つ経営」が、アクティビストを呼び寄せる一因となった。2022年3月に筆頭株主に躍り出た3Dは、富士ソフトが保有資産を活用できず、競合他社と比べて資本効率が低い点を問題視した。不動産投資分を本業に回すほうが会社の成長に寄与する、という主張だろう。

アクティビスト対応に詳しいデロイトトーマツエクイティアドバイザリーの古田温子社長は、「(一般論として)アクティビストの中でのテーマの1つが『創業家』だ。創業家のガバナンスで大きくなり、上場を果たした歴史がある会社でも、時価総額や機関投資家の存在が大きくなると、一般的なガバナンスに変えていかないといけない部分もある。会社の成熟度が追いついていない(隙がある)場合、アクティビストに突かれやすい」と話す。

独立系SIのROE比較

ゴールドマン・サックス証券出身の長谷川寛家氏が2015年にシンガポールで立ち上げた3Dについて、ある業界関係者は「オーソドックスで洗練されたアクティビストだ。最終的に(自身の要求を対象企業にのませるようなかたちで)確実に仕留めに行っている印象がある」と評する。

2022年以降、3Dは自社が推薦する取締役の選任などの要求を強めていく。同年3月の株主総会では、長谷川氏を含む2人を取締役に選任するよう求める株主提案を行い、結果は否決。同年12月の臨時株主総会でも新たに4人の取締役選任を求めたが、このうち富士ソフトも支持した人物を除いた2人の提案は否決された。

非公開化へ一気に動き出した3D

経営改革を求める3Dの指摘に対し、富士ソフトは一定の理解を示したうえで、企業価値向上委員会を新設して対応を進めてきた。2023年2月には自社の不動産事業を縮小する方針を示し、すでに一部の売却を開始。同年11月には上場子会社4社の完全子会社化も発表し、利益相反の観点から批判が大きかった親子上場の状態を解消した。3Dが株主になったことで、富士ソフトの経営改善が進んだとの見方もできる。

ただ、アクティビストが「エグジット」(出口)を見据え始めたとたん、雲行きが大きく変わる。

2023年3月に創業者の野澤氏が退任すると、3Dはそれを好機と捉えるかのように、富士ソフトの非公開化に向けて本格的に動き始めた。非公開化は、アクティビストにとっては自社の保有株式を高値で一気に売却できるため、利点が大きいとされる。

3Dは同年7月、富士ソフトの同意を得ないまま、非公開化に向けた企業価値向上策をファンドに募り、KKRなどから提案を受領。9月に富士ソフト側に共有した。

富士ソフトの非公開化をめぐる経緯

富士ソフトは独立社外取締役6人から構成される特別委員会を設置して、非公開化の是非について議論を行うことを決めた。直前の8月末には、買収提案を受けた企業に「真摯な提案には真摯な検討」を求める経済産業省の行動指針が公表されたばかりだった。

「株主構成を整備することが最重要」

その後も議論の進捗に3Dから揺さぶりをかけられた富士ソフトは、ついに今年8月、KKRのTOBに賛同する意向を表明するに至る。

会社側は非公開化の道を選んだ理由について、「経営推進上の課題である株主構成を整備することが最重要で、その手段としてPEファンドの提案を受け入れることが最善との結論に至った」と説明。特別委も「(2028年12月期に売上高4350億円、営業利益450億円を目指す)中期経営計画の目標実現には、中長期的視点に立った安定した経営基盤が必要」などとの見解を示した。

端的にいえば、非公開化の主目的はアクティビストを追い出すことにあり、「意見のぶつけ合いをしている時間や資金があるならば、成長投資に回すべき」(富士ソフト関係者)といった見方が強まった結果といえるだろう。裏を返せば、3Dの巧みな戦略に翻弄された結果、富士ソフトは戦うことをやめたようにも映る。

非公開化について、独立系にこだわってきた創業者の野澤氏は会社同様、もしくはそれ以上に複雑な決断を迫られたはずだ。野澤氏が株を売ることになれば、50年超にわたり人生をかけてきた会社と資本的なつながりが絶たれることを意味するからだ。

そして9月に入り、ベインも富士ソフトの賛同が得られればTOBを実施する意向を表明した。ベインは3Dが独自に買収提案を募集した経緯などから、富士ソフトが当初非公開化を望んでいないと判断し、十分な提案を行う機会が得られなかったと主張している。富士ソフトが主体性を発揮しないまま、アクティビストが先導する形で始まったように見える異例のプロセスが、想定外の混乱を招いたといえる。

ベイン側についた創業家の意図は

ベインの動きに対抗するかのように、KKRはTOBを前倒しで実施することを発表する。同時に富士ソフトが9月4日に開示したリリースには、「(ベインによれば)創業家株主がベイン以外との間で、ベインによる当社の非公開化に関する一連の取引と競合、矛盾もしくは抵触し、又はその恐れのある一切の行為を行わないことに合意している」との記載が盛り込まれた。

ベインの提案を受け入れたほうが創業家にとって売却価格などの条件面でメリットがあると判断したのか、それともアクティビストに先導される形での会社による非公開化の決断を容易に受け入れがたかったのか――。

創業家の意図は不明だが、いずれにせよ、現時点でKKRの提案に賛同し、TOBへの応募を求める会社側とは対立する構図に発展した。東洋経済は一連の動きが明らかになる前に野澤氏に書面で取材を依頼していたが、9月11日までに応答は得られなかった。

アクティビストに翻弄された末に、半世紀以上維持してきた「独立系」の御旗を下ろそうとしている富士ソフト。その数奇な物語は、いったいどのような結末を迎えるのか。KKRのTOBが成立するかが、目先の焦点となる。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)

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