「新宿野戦病院」が"もっと評価されてもいい"根拠

新宿野戦病院

宮藤官九郎の最新作、そして豪華すぎるキャストも話題の『新宿野戦病院』(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

戦場帰りの軍医と歌舞伎町のゆかいな人たちの群像劇『新宿野戦病院』(フジテレビ系、水曜22時〜)はなぜ、朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』と出演者が被っているのか。

被りは現在9人にもおよぶ。俳優の仲野太賀、岡部たかし、塚地武雅、平岩紙、余貴美子、趙珉和、ソンモ(元「超新星」)、野添義弘、戸塚純貴である。もはやコラボとしか思えない。だが、塚地のX(旧Twitter)によると単なる偶然らしい。

昨今、最も視聴率のよい朝ドラとキャストを重ねることは、テレビ朝日とTBS(主に日曜劇場)によく見られたが、フジテレビ、おまえもかーー。

朝ドラキャストとなぜ被ってる?

おおかたの推測では、『新宿野戦病院』の脚本家・宮藤官九郎が朝ドラ『あまちゃん』(2013年度前期)を手掛けているうえ、『虎に翼』をおもしろいと発言もしていること。

また、宮藤と『虎に翼』の脚本家の吉田恵里香は日大芸術学部の先輩後輩に当たり、吉田は宮藤作品が好きだと発言していること。

『虎に翼』には宮藤と同じ事務所・大人計画の平岩紙と上川周作が出演しているということなどがあって、このたびの幸せな重なりになったのではないかと噂される(あくまで噂レベル)。

配役被りの真偽はともかく、『新宿野戦病院』と『虎に翼』ではキャラがみごとなまでに被っていない。

【写真】「虎に翼」からのギャップがエグすぎ! 仲野太賀、戸塚純貴、余貴美子…別人のような変貌を見る

例えば、仲野太賀は、実直すぎる夫(『虎に翼』)から、お金がすべての美容皮膚科医(『新宿野戦病院』)、塚地は人権派弁護士(『虎に翼』)からLGBTQの看護師(『新宿野戦病院』)、余貴美子は上品な最高裁長官の妻(『虎に翼』)からヤンキーっぽいジャズシンガー(『新宿野戦病院』)、戸塚純貴は誠実な弁護士(『虎に翼』)から歌舞伎町のホスト(『新宿野戦病院』)。

轟太一

『虎に翼』で主人公・寅子の大学時代の同期・轟太一を演じる戸塚純貴(画像:『虎に翼』公式サイトより)

戸塚純貴

『虎に翼』での実直で誠実な役柄とは打って変わり、戸塚は『新宿野戦病院』では歌舞伎町のホストを演じる(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

『新宿野戦病院』と『虎に翼』、どちらも見ている視聴者たちは、昭和から令和に転生したとSNSでは視聴者がネタにして楽しんでいるし、あえての真逆なキャラで、俳優にとっては変幻自在の才能のプレゼンにもなっている。

『虎に翼』で真面目な人物を演じているからこそ、『新宿野戦病院』ではそうでない人物を演じて相対化を図りたい、そんな意図があるような、ないような。

余貴美子

余貴美子は『虎に翼』では、後に認知症を患う最高裁長官の妻を演じた(画像:『虎に翼』公式Instagramより)

余貴美子

朝ドラ視聴者も驚きの七変化ぶりを披露した余貴美子(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

ただ、平岩紙と岡部たかしだけは少し被っていて、平岩はどちらもなりたい職業になかなかつけないでいるやや幸薄そうに見える人物で、岡部は家族思いの父親である(『新宿野戦病院』のほうがかなりだらしない人物ではある)。

いろいろな顔を自在に演じることが俳優のプライオリティになる。とりわけ仲野太賀の飛距離は圧巻である。

『虎に翼』では、こんなにいい人はいないと言われるほどの善人・優三さん(主人公の最初の夫)を演じ、亡くなったときには優三さんロスが巻き起こった。

ところが、『新宿野戦病院』ではちゃらくて食えない美容皮膚科医なのである。話が進むにつれてじょじょにいい人になっていくものの、SMの女王様に攻められている姿に優三さんファンは苦笑いという感じだったと思う。

「ゆとりモンスター」から「秀吉の弟」まで

かつてスター俳優は、高倉健や渥美清など、一定のイメージを守り続けていたものだが、仲野太賀は、固定した役のイメージを抱かないでくださいとばかりに毎度、視聴者のイメージをひらりひらりと覆していく。

数年前の出演作『ゆとりですがなにか』(2016年、日本テレビ系)ではコンプライアンスを逆手に会社の上司たちに強気で振る舞う「ゆとりモンスター」と呼ばれる恐るべき若手社員を演じていたが、その後に、いい人すぎるほどの優三さん。そして次はちゃらい美容皮膚科医と、イメージのアップダウンを繰り返している。

いや、演技の幅的には評価はアップし続けていると言ってよい。この勢いのまま、主演作、2026年度のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に突入し、堂々、豊臣秀長役を演じてほしい。くせ者・秀吉の片腕だった弟はたぶん“いい人”のはずである。

仲野を筆頭に、同じ人とは思えない人物を軽やかに演じる芸達者な俳優たちの名演技によって『新宿野戦病院』は毎回楽しく見ることができた。

多国籍で、富裕層から貧困層まで幅広い人たちが集う新宿歌舞伎町。誰もを受け入れる懐の大きな街にある聖まごころ病院は、どんな患者でも受け入れる、まさに人間交差点の交差点。そこに出入りする人たちと医者たちの人間模様は、笑いあり涙あり。

とくに後半、LGBTQの息子(塚地)と認知症になった母(藤田弓子)の親子愛や、リアリティある「ルミナ」という未知のウイルスによる感染症の蔓延など、ヒューマンなエピソードが増えた。もともと令和の『赤ひげ』のような気配はあったが、その傾向が終わりに従って色濃くなってきた。

宮藤官九郎の描く、おもしろくないと負けのゲームのように、会話におもしろさを絶対に付与したうえに早口でしゃべる会話場面と、みんな大好き“ヒューマン医療ドラマ”がかけあわさった社会派医療コメディとして、このままきれいにまとまりそうだ。これだけいいキャラクターが集まっているのだからシリーズ化してほしいくらいである。

仲野太賀

仲野太賀演じる優三の最期に涙する人が続出した(画像:『虎に翼』公式サイトより)

仲野太賀

拝金主義者の美容皮膚科医を演じる仲野太賀(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

ラフに見えて繊細な「小池栄子」の魅力

朝ドラ被りが話題の中、被っていないのが小池栄子である。

朝ドラ経験が豊富な小池(2003年『こころ』、2008年『瞳』、2015年『マッサン』)だが、今回は『新宿野戦病院』に集中している。

仲野太賀とW主演の小池が演じるアメリカ国籍の軍医ヨウコ・ニシ・フリーマンは、仲野演じる美容皮膚科医とは親戚関係(いとこ)。2人は第10話でキスしていたが(しかも感染症対策で濃厚接触は厳禁)、恋に発展することはおそらくなさそうである。

拝金主義の美容皮膚科医とは真逆の、お金の有無を命の選別の基準にしないヨウコは、つねに的確にトリアージしている。「戦場では命は平等である」と考え、戦場から歌舞伎町と活躍の場を移しても、分け隔てなく治療にあたる医師の良心のような存在で、美容皮膚科医は彼女の影響でお金より人の心を重要視していくようになる。

だがそれだけでは、小池栄子演じるヨウコはよくあるヒューマンな医療ものの主人公にすぎない。そこが宮藤官九郎流で、ヨウコはアメリカ国籍ながら英語がそんなに流暢ではないし、日本語はコッテコテの岡山弁。なんだか不自由に聞こえる言葉遣いと、戦場をかいくぐってきているだけあるやたらと豪快な身振りが、ヨウコのキャラを印象的なものにしていた。

小池栄子は大きな瞳をひん剥き、まばたきもせず、口を大きく開けて大声でしゃべる。両足は大股で、とにかく身振り手振りが大きい。ともすると、うるさく下品に見えたり、無理しすぎで痛々しく見えたり、きつく怖く見えたりと、おそらく演じるのは難しい役だと思う。

ところが小池は、元からエネルギッシュなイメージがあるのでまったく無理をしているように見えない。

小池はヨウコのうるささをうまいことコントロールしているようにも見える。

タンクトップの上にシャツを無造作に羽織り、ジーパンや短パン、キャップにゴツいブーツとカジュアルなファッションだが、けっしてボーイッシュすぎず、ほんの少しだけ女性らしい身体のラインが見えそうで見えない微妙なところをキープして、清潔感もある。

ラフに見えて繊細。ヨウコは命をラフ(雑)に救う医者という設定だが、雑でも命の危機を見事に救っているのと同じく、小池栄子は見せ方(演技)にものすごく緻密な計算を働かせているように感じるのだ。

軽やかにまったく違うキャラクターを演じ分ける俳優も魅力的だが、ひとつの役をこんなにも集中して突き詰めて見えることもいいものである。小池栄子が朝ドラと被っていなくてほんとうによかった。

小池栄子

ラフなタンクトップに白衣がトレードマークの小池栄子演じるヨウコ(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

小池栄子

見事なアクションシーンも披露した小池栄子(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)

大ベテランだが、「朝ドラ」と縁がない名優

ほかにも濱田岳、橋本愛や生瀬勝久、柄本明、高畑淳子など、現・朝ドラと被っていない名優たちがいる。だが彼らは今回の『虎に翼』には出ていないが、濱田も橋本も生瀬も高畑も、朝ドラブームがはじまった2010年代以降の作品で非常に印象的な役をやって人気を博してきた。

朝ドラに出て全国区に認知度があがった俳優を起用したいのは当然であろうとつくづく思う。

だがしかし、その中で2010年代以降の朝ドラと縁のない俳優がいた。主要な俳優の中では柄本明だけ2010年代以降の朝ドラと縁がなかったのである。朝ドラに出てなくても認知度抜群であることは昨今、むしろ、貴重である。柄本は飄々と、清濁併せのみ、歌舞伎町の赤ひげ先生的な役割を担っている。

そんなことも含めて『新宿野戦病院』はおもしろい。

新宿野戦病院

朝ドラではあまり見かけないが存在感抜群の柄本明と、『虎に翼』とキャラが似ている? 平岩紙(画像:『新宿野戦病院』公式サイトより)
【写真】「虎に翼」からのギャップがエグすぎ! 仲野太賀、戸塚純貴、余貴美子…別人のような変貌を見る

(木俣 冬 : コラムニスト)

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