「アメリカ大統領選討論会」を若者たちが見た本音

討論会

ハリス氏の発言に拍手を送る若い支持者(写真:筆者撮影)

9月10日(現地時間)に開催された、カマラ・ハリス副大統領(民主党候補)とドナルド・トランプ前大統領(共和党候補)によるアメリカ大統領選に向けたテレビ討論会。この日は各地で討論会の“観戦”イベントが開かれ、ニューヨークのルーフトップバーも数百人の若者たちで埋め尽くされた。白熱した90分間の討論をニューヨーカーたちはどう受け止めたのか。

「ニューヨークでの生活は苦しい」

「質問がハリスには知らされているという話を聞いた。だから、彼女は国民にインパクトを与えるいいスピーチをしたし、トランプの出来については予想通りだった」と話すのは、トランプ支持者で失業中のライアン・ルポ氏(24)。「バイデン政権になってから、ニューヨークでの生活は苦しく、本当に心が痛む。それを人々にわかってほしい」と訴える。

討論会ウォッチパーティに来ていたトランプ支持者のライアン・ルポ氏(左)とショーン・オマーリー氏(写真:筆者撮影)

ニューヨーカーのスティーブン氏(21)も、「自分にとっては、物価が高くて節約が大変なので経済が争点だと思う。でもカマラはうまくやってくれると討論を聞いて思った」と話す。「バイデンよりはカマラはよくやった。カマラは落ち着いていて、冷静に対応しているところがいいと思う」。

アメリカの中でも特にインフレ率の高いニューヨークでは、生活が厳しくなっているという実感が強い。特に若い人たちはそう感じているようだ。その分、民主党の大統領候補が、ジョー・バイデン大統領やトランプ前大統領より若いハリス氏(59)になったことに対する期待は高い。

20代というニューヨーカーのクリス・ガーシムラン氏は、こう指摘する。「バイデンは、若い人にアピールしていなかった。今やカマラは、若い人にリーチする側近チームを持っていて、超党派の政権さえ実現しようとしている」。

討論自体は、まさにいかに平常心を保つかという神経戦となったが、CNNが討論会終了後に発表した世論調査によると、ハリス氏が討論で勝利したとする回答が63%となり、トランプ氏(37%)を大きく上回った。

バイデン氏から候補が変わって勢いがあると言われるハリス氏だが、今回の大統領選は非常に僅差の戦いとなっており、いつにも増して激戦州における「誰に投票するか気持ちが固まっていない」無党派層の動きが重要となっている。

トランプ氏は怒りを露わにする展開に

こうした中、「極度の接戦の膠着状態」(ネイト・コーン、ニューヨーク・タイムズ政治アナリスト)の流れを変えたい2人の初対面でしかも一騎打ちとなった討論会。ハリス氏は時に笑みを浮かべ、落ち着いて事実を述べ、徐々にトランプ氏の顔に泥を塗る発言を繰り出し、トランプ氏の気分を逆撫でした。

一方、トランプ氏は司会のABCテレビアンカーらに発言は「事実ではない」と数回に渡りダメ出しをされ、90分間の討論の前半ですでに声を荒らげるようになった。質問の答えをはぐらかし、怒りを露わにするというトランプ陣営にとっては「避けたいシナリオ」に陥った。

アメリカメディアによると、ヒラリー・クリントン元国務長官vs.トランプ氏の2016年大統領選挙以来、テレビ討論会で両候補がステージ上で握手をしたことはないという。しかし冒頭、演台に向かおうとしたトランプ氏に大きく近寄り、笑顔で右手を差し出したのはハリス氏。初対面の2人は、大統領候補として8年ぶりに軽く手を握った。

ハリス氏は、討論会会場に観客がいないテレビ中継オンリーであることを意識し、カメラをまっすぐに見つめ、テレビの前の有権者に直接訴えることに努めた。

ハリス氏は、「トランプ氏は、人種や性別でこの国を分断させようとしている。私は、人々を明るい気持ちにさせて、失望させることがない大統領になる。人々が夢や希望を持って何が悪いのか」「過去を捨てて、未来の新たな道に進もう」と畳み掛けた。

また90分間の前半でハリス氏は、視聴者にこう言った。

「視聴者の方は、トランプ氏の選挙集会に行くべきだ。そうすれば、彼が理にかなっていないことばかり言うのを聞くことになり、人々は集会が終わる前に退席するのを見られるから」

これは、バイデン氏が戦線撤退するまでは、集会で数千人を集めてバイデン大統領の集会に差をつけていたトランプ氏を明らかにいらだたせた。しかし、ハリス氏はあえて先制攻撃に賭けた。

ハリス氏は、7月21日にバイデン大統領が選挙戦から撤退を表明してからわずか1カ月半しか経っていないこともあって、トランプ氏に比べてメディアへの露出時間が短い。この1回きり(とされる)討論会で、11月5日の投開票日までの流れを有利に決めたいという正念場だった。

「人の家のペットの犬を食べている」

一方、トランプ氏は、バイデン氏とハリス氏は「史上最悪の大統領と副大統領」と非難。理由は、高インフレで人々が生活に苦しんでおり、中西部オハイオ州スプリングフィールドという街では、一部の住民が困窮のため「人の家のペットの犬を食べている」と言及。司会に事実ではないと言われると、「彼らが自分に現地で語った」と主張する場面も見られた。

また、2021年1月6日、トランプ支持者らが首都ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃し、死者が出た事件をトランプ氏が扇動したとして質問された。しかし、「(ブラック・ライブス・マター=BLM運動のデモで)ミネソタ州ミネアポリスに火が放たれたことなど(リベラル派のほうが)起訴されるべきだ」などと"応戦”した。

ほかの質問についても形勢が悪くなると、バイデン・ハリス政権が中南米からの不法移民をオープンに受け入れ、何百万人もの犯罪人やテロリストがアメリカを破壊し、犯罪率も増加していると主張した。アンカーは即座に「犯罪率は事実、下がっている」と指摘した。

トランプ氏にとっては、前回のクリントン氏に続き2人目の女性大統領候補となるが、2016年のヒラリー・クリントン元国務長官との討論会でとった行動は、今でも語り草となっている。

クリントン氏が観客からの質問に答えている間、トランプ氏は、自分の演台を離れてクリントン氏の後方に回り、睨み付けながら徘徊した。クリントン氏が話しながらステージ上を歩くと、トランプ氏は彼女のすぐ後ろを歩き回ったり、真横から顔をじっと見たりした。

その威圧的な行動を「セクハラ」ととらえて、多くの女性視聴者が嫌悪感を示した。クリントン氏も後に回顧録で「非常に不快だった。鳥肌が立った」と書いている。

どの調査でも僅差の戦いになっている

今回も、トランプ氏は身長が192センチなのに対し、ハリス氏は164センチとアメリカ人では小柄なほう。過去には男性の大統領候補が身長を高く見せるために討論会で演台の後ろに箱をおいたことがあった。しかし、トランプ氏はSNSで「討論会で箱などの使用は認められないだろう。不正の一種だ」と牽制までしている。

アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙とシエナ大学が実施した討論会直前の世論調査(3〜6日)によると、ハリス氏の支持率は47%、トランプ氏は48%と僅差でトランプ氏がリード。一方、全米の調査機関の結果を合計したものでは、ハリス氏が49%、トランプ氏が47%(10日現在)とこれも僅差だ。

はたして今回の2人の主張は、高インフレに喘ぐ若者や、気持ちを決めかねている有権者たちにどう響いたのだろうか。

(津山 恵子 : ジャーナリスト)

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