急拡大の「スリープテック」気になる進化と現在地

睡眠を計測している女性

スポーツ界での導入が早かった「スリープテック」。市場も急拡大しているが、私たちの健康づくりにどう活用できるのだろうか(写真:ryanking999/PIXTA)

アスリートの世界では、長時間のトレーニングをよしとする体育会系的発想は今や時代遅れとなり、適切な休養、とくに「睡眠」の確保が重視されるようになっている。

メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、「睡眠時間は基本的に10時間」「いつ寝るかの準備を計画的に行う」と公言してからは、一般の人も自身の睡眠や、睡眠とスポーツの関連について注目するようになったことだろう。

睡眠とスポーツの関係は、アメリカを中心にさまざまな研究が行われている。例えば、十分な睡眠時間の確保は身体の回復力を高めること、筋力や持久力の向上につながること、集中力の向上でケガを減らす効果が得られることなどがわかっている。

さらに最近では、最新のテクノロジーを使ってアスリートの睡眠を分析し、その質を高めるために「スリープテック」の活用も始まっている。

世界の市場規模は250億ドル

スリープテックは、2012年ごろに登場したと言われている。ウェアラブルデバイスやIoT機器などに搭載されたセンシング技術を使って、睡眠時間はもちろん、眠りにつくまでの時間や寝ている時の姿勢、寝返りの数、いびきなど睡眠中のさまざまなデータを収集。そして、得られたデータを基に専門家がアドバイスしたり、AI(人工知能)で分析したりすることで、よりよい睡眠につなげる製品やサービスを提供しようというものだ。

世界市場規模はデバイスだけで、2024年は約248億ドル、2033年までに約1100億ドルに達すると予測されている(Precedence Research調査)。国内市場に関しては、2024年に140億円、2026年には175億円になるとの予測も出ている(矢野経済研究所)。

当初は、寝具の下に敷くマットやベッド本体、枕といった寝具をはじめ、ベッドサイドに置く時計や照明に取り付けたセンサーなど、寝室で利用するものが主流だった。だが最近では、スマホやスマートウォッチ、スマートバンド、スマートリングといったウェアラブルデバイスの標準機能として睡眠時間などが可視化できるようになり、体調コントロールにつなげる人たちが増えている。

そのほかにも腕輪やアイマスクなど、続々と新しいものが開発されているが、中でもスマートリングは、バッテリーの持ちが長く、日常生活や睡眠の妨げにならずに安定してデータが収集でき、昼寝や居眠りまで検出できるという点で人気が高まっている。今年7月にリリースされたサムスンのスマートリング「Galaxy Ring」(日本は未発売)も、睡眠分析機能が搭載されたことで販売数を伸ばしているという。

さらにこれから登場しそうなのが、イヤホンタイプだ。耳に装着して脳波などの生体信号を計測することができるデバイスが開発されており、今年1月にアメリカで開催されたテックイベント「CES 2024」でもプロトタイプが展示されていた。Appleも同様の機能についてワイヤレスイヤホンで特許を取得しており、生体情報を収集しながら入眠効果がある音楽を流すといった使い方を可能にするのではないかと噂されている。

イヤホン型バイタルセンサー

「CES 2024」ではスリープテックのコーナーもあり、イヤホンなどバイタルや睡眠時間を計測できるウェラブルデバイスも登場している(写真:筆者撮影)

プロスポーツ界でも活用が進む

スリープテックは、医療やヘルスケア、ドライバーの安全サポートなどさまざまな領域で活用が始まっているが、スポーツ分野では早くからプロの間で導入されている。試合が夜間や不規則な時間に行われ、長距離の移動も多いため睡眠不足になりがちな選手をケガから守り、パフォーマンスを高めるのが目的だ。アスリート個人だけでなく、プロチームが選手のサポートとして活用する動きもある。

国内でも、睡眠をトレーニングとして考え、アスリートをサポートする事例が出てきている。その1つが、ラグビー男子日本代表チームや東京五輪に出場した日本代表選手が利用したことで注目を集めた、アスリート向けのコンディション管理システム「ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)」だ。

同システムを開発・提供するユーフォリアは、トレーニングの内容や運動負荷、疲労度、食事管理といったさまざまなデータを可視化する中で、睡眠の重要性に早くから着目していた。

システム自体は睡眠を計測する機能を持たないが、前述したようなスリープテックデバイスと連携ができ、例えば、ケガのリスクを防ぐため、睡眠時間が6時間以下と短い場合にはアラートを通知できるようにしている。そのほか、アスリートの要望に応じて、データに基づき睡眠を指導してくれる専門家の紹介なども行っている。

ONE TAP SPORTS は、2022年から東京都教育委員会が指定する都立高校などの56部活動でもコンディションを管理するアプリとして採用されている。収集するデータの中には睡眠時間なども含まれており、十分な睡眠時間の確保がケガの予防やパフォーマンスの向上につながるといったことがデータで証明されるようになれば、中高生の部活動の指導内容にも影響を与えるようになるかもしれない。

睡眠の質を計るデバイスやサービスの評価制度も登場

しかし、これまで「睡眠の質」に関するデータは、専用の施設で脳波計やセンサーを取り付けて、何日もかけて計測を行う必要があるなど収集が難しかった。そのため睡眠研究は、まだまだ十分とは言えず、わかっていないことも多い。

そこで個人的に注目しているのが、「InSomnograf(インソムノグラフ)」というサービスだ。睡眠研究の分野で知られる筑波大学の柳沢正史教授が代表取締役社長を務めるS’UIMINが提供するもので、医療レベルの睡眠検査を在宅で簡単にできるという。

具体的には、額と耳に貼り付ける軽量のセンサーと、スマホよりも小さい脳波測定ウェアラブルデバイスを用いて、脳波と血中酸素ウェルネスを計測。収集したデータをAIで解析し、評価レポートとしてまとめてくれる。

「専門機器を使用する場合と同じく、睡眠中の脳波データを取得するので、心拍計や加速度センサーで睡眠状態を予測するスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスよりも高い精度で睡眠の質が読み取れる」と、同社の担当者は説明する。

普段寝ている環境において、2晩計測するだけで睡眠の質を可視化できるという点が画期的だ。在宅でも手軽に睡眠データが収集できるので、収集できるデータの量が増えることも期待される。同社によると、健康経営を目的とした利用のほか、ある国立大学の医学部では睡眠と運動の関係を調査するためにも用いられているという。

インソムノグラフの計測イメージ

InSomnografの計測イメージ(写真:S’UIMIN提供)

スリープテックは年々進化する一方で、製品やサービスが急激に増えたことで玉石混淆の状態になり、その質を疑問視する声も出始めている。そこで国内では、経済産業省の「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方」に準拠する形で、エビデンスを評価する「スリープサポート認証制度」がこの7月にスタートした。

運営する一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会によると、評価の対象は基本的に、医療機器や健康食品類を除く、ヘルスケア領域で幅広く提供されている製品やサービスだ。ウェアラブルデバイスや睡眠検知デバイスなどのハードウェア、それらで収集したデータを分析するAIやソフトウェアなども対象にしていく予定だという。

同協議会は、「大手事業者やアカデミアなどの専門家が中心となり、制度を通じて睡眠に関する正しい情報発信や普及啓発も行っていく」としている。

とくに睡眠不足大国と言われている日本では、スリープテックのニーズは大きい。その信頼が担保された形で、スポーツやフィットネスで使われるツールやアプリへの搭載が当たり前になり、より健康的な体づくりができるようになってほしいものだ。

(野々下 裕子 : テックジャーナリスト)

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