人前での話 「うまく話すこと」より大事なこと

プレゼン

「人前で話す」という状況になった途端、目的を忘れ「うまく話す」ことだけに気を取られがちです(写真:kasto/PIXTA)
あなたの心に残っている「話し方がうまい人」とはどんな人でしょうか?
あっという間に時間がすぎるほど話に引き込まれた人? 一度もつまずかず流暢に話し切った人? 身振り手振りがうまかった人? どれも正解ではありますが、これだけでは不十分です。人前で話すということは、話すだけの理由があるはずです。それなのに「あの人は話し方がうまかった」しか聞き手の心に残らないことは、はたして成功と言えるのでしょうか。
※本記事は矢野香著『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること』の内容を一部抜粋・再編集したものです。

人前で話すのは聞き手にアクションを取ってほしいから

例えば、上司に話しかけに行くとき、多くの人が「承認してほしい書類がある」「どうすればいいか指示がほしい」など目的があるはずです。その目的を達するためにコミュニケーションをとります。

ところが「人前で話す」という状況になった途端、「うまく話す」ことだけに気を取られがちです。そうではなく、この場合も同様に目的のために話す意識が必要です。

では、どのようなことを目的として話せばいいのでしょうか。いまひとつの例は「わかりやすく話をしたい」というもの。なぜなら、「わかりやすい」という基準はあいまいだからです。この場合は、「わかりやすさ」について具体的な指標を決めることをお勧めします。

例えば、説明途中に聞き手が大事なところでメモを取る。スマホから目をあげてスライドや資料を見る、というような「わかりやすさ」を確認できる聞き手の具体的行動を決めます。事後アンケートをとって理解度を確認するのもよいでしょう。

会社を代表して新年度の事業方針についてプレゼンしたあるクライアントは、具体的指標として「プレゼン後の懇親会で話しかけられる」という目標を設定しました。

本来は事業内容について説明すればよかったので、情報提供だけでも十分な場でした。しかし個人的成長のために、さらに先の目的を設定したのです。

懇親会では取引先の役員が名刺交換を求めてきたうえに、当日のうちに相手からメールまで届いたとのことでした。話の内容がしっかりと伝わり、相手を魅了した証でしょう。

この方がスピーチトレーニングを始める前は口下手で、人前で話すのが何よりも苦痛だとおっしゃっていたのが噓のようです。今では、人前でのスピーチやプレゼンを頼まれることを心待ちにするようになったといいます。

その理由は、こうした相手からの具体的行動という指標を決めて人前で話すということを、ゲーム感覚で取り組んできたからです。

まずは、人前で話す目的を明確にする。そして、話が終わった時点で聞き手にどうなっていて欲しいのか、具体的な行動指標を設定しましょう。

先に話し手であるあなたが明確に目的を決めておかなければ、相手が自ら察して行動してくれることは絶対にありません。

「やっぱり」で与える話し手の印象

印象形成に関する心理学研究において「初頭効果」は繰り返し主張されています。

初頭効果とは、最初の情報が全体の印象に対して大きな影響力を持っていることを示したものです。そのため、人前で話すときに大事なのは第一印象とよくいわれます。最初に好印象を与えることができれば、その後の行動も良い方向に受け止めてもらうことができます。

相手が第一印象を決める時間には諸説あります。「1分」という報告もあれば、「8秒」「15秒」などさまざま。いずれも最初の短時間であることに変わりはありません。最初が肝心です。

精神医学の研究家シュナイダーは、人の印象形成は6つの段階を踏んで認知されると説きました。これを「対人認知の6段階説」といいます。

<シュナイダーの対人認知の6段階説>
①注意:話し手の認知
②速写判断:話し手の第一印象
③原因帰属:話し手の行動に対する印象
④特性推論:①~③をもとにさらに推論
⑤印象形成:全体の第一印象を評価
⑥将来の行動予測:今後の人間関係を予測

ポイントは「やっぱり」です。堂々と人前に出てきた人は「自信がありそうな人」と感じられます。

「やっぱり」の積み重ねが人に行動を促せる

その人がつい、話す内容を忘れて同じことをくり返し(まるで忘れていなさそうに)言ったとき、聞き手は「丁寧に説明をしてくれている」と感じられます。

世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること 口下手な人が伝わる人に変わる心理メソッド43

逆に、書類を握りしめて誰とも目を合わせることなく人前に出てきた人が、同じことをくり返し言ったとしたらどうでしょうか。たとえわざと同じ話をしているように見せることができたとしても、「自信のなさそうな人」が話す内容を忘れてくり返している「頼りにならない人」として印象に残るに違いありません。

このように第一印象とは、段階を経て形成されています。ここで効果的に「やっぱり」を使えれば、「『やっぱり』丁寧に説明してくれている」というポジティブな印象にできますし、失敗すれば「『やっぱり』頼りない人だという」ネガティブな印象を持たせてしまうことにもなります。

この「やっぱり」の積み重ねが、あなたの話した内容がきっかけで人に行動を促せるかどうかを左右します。

第一印象によって、今後の人間関係が決まります。好印象を目指すだけではなく、今後の関係性も考慮したうえでふさわしい印象を仕掛けていきましょう。

(矢野 香 : 国立大学法人長崎大学准教授・スピーチコンサルタント)

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