大昔、人類が生き延びたのは「犬のおかげ」だった?

犬の性質

イヌには家族の一員と呼んでよい存在になる「性質」が備わっているようです(イラスト:にしやひさ/PIXTA)
気候変動、パンデミック、格差、戦争……、私たち人類を襲う未曽有の危機を前に、20万年にわたる人類史が岐路に立たされている――。そのように言っても、大袈裟に感じる読者は少ないのではないでしょうか。
そんな今、40億年の生命誌からヒトの生き方を問い直そうとしているのが、レジェンド研究者・中村桂子さんです。
科学の知見をもとに古今東西の思想や実践活動に学び、「本来の道」を探った著書『人類はどこで間違えたのか――土とヒトの生命誌』より一部抜粋・編集して、生き方を見つめ直すヒントをお届けします。

3万年前にイヌは人を「選んだ」

家畜化の研究は、主として2つの方向から行われています。1つは化石、もう1つがDNA解析(ゲノム全体を見る、特定の遺伝子を探るなどさまざまな方法)です。

新しい化石が出たり、分析法が開発されたりすると研究成果は変化しますので、これで決定とはいえませんが、3万年前(DNA解析の結果は4万~2万7000年前となる)頃には、イヌとして人間と共に暮らす動物がいたと考えてよさそうです。

農耕が始まったのは1万年ほど前とされますから、それ以前の狩猟採集の頃に、イヌという野生とは違う動物が私たち人間と一緒に暮らしていたことになります。

家畜化は、人間が自分の役に立てるために特定の生きものの特定の性質を変えていく過程です。後の時代になってのウシの場合、労働力として役立つ、乳をとるなどわかりやすい話です。

でも、イヌにはそのような特定の目的があったとは思えず、人間と暮らす生活をイヌが選んだといったほうがよいようにも思えます。家族になったといってもよいかもしれません。

DNA研究から面白いことがわかってきました。

人間のDNA解析から、超社会性(社交性が高く、おしゃべりが好きというような性質)に関連するとされる多型(同一種の個体で異なる表現型を示す)が見つかっているのですが、それと同じ多型がイヌにあるというのです(多型はオオカミにはありません)。

人もオオカミも社会性動物と呼ばれます。まさに「私たち」として生きる性質を持つ生きものです。その中からとくに社会性の高いものとしてイヌが生まれ、人間にも関心を持ったのでしょう。イヌには家族の一員と呼んでよい存在になる性質が備わっているようです。

赤ずきんちゃんだけでなく、『三匹の子豚』『オオカミと七匹の子山羊』、さらには『ピーターと狼』など、物語に登場するオオカミはどれも子どもにとって恐いものですが、別の見方をすれば、身近な存在だったともいえます。

オオカミに、人なつっこさにつながる遺伝的素因があったというのは意外ですが、わたしは道を歩いている時によくイヌが寄ってくるので、イヌとはどこかでつながっていると実感しており、この研究成果に納得しています。

イヌは家畜とは違う存在だった?

このようなイヌと人間の関係を見ると、家畜という言葉から思い浮かぶような、人間が自分の都合で特定の生きものの性質を思うように変える、というイメージが消えます。

生きものの性質は、本来少しずつ変化していくものであり、その結果、進化をします。進化には、「進」という字が入っているので、進歩と重ねて考えられがちですが、まったく違います。

進歩は1つの価値観で比較し、先進国、途上国などと縦に並べます。一方、進化はすでに何度も述べたように、多様化の道を歩み、それぞれがそれぞれとして生きることになります。つまり、さまざまに変化する(展開)現象なのです。

19世紀にダーウィンが、「進化は変異をしたものの中から自然選択された個体が残ることによって起きる」ということを示しました。基本的にはこれが進化のメカニズムであり、この考え方をまとめたのが有名な『種の起源』です。

ダーウィンは、ビーグル号に乗ってさまざまな土地の動植物に接し、とくにガラパゴスでの体験から環境によって、生きものの形態や暮らし方が変わることを実感し、変異と自然選択という進化についての考え方をまとめたといわれます。確かにそうなのですが、ダーウィンは子どもの頃から身近な生きものをよく観察していました。

もちろんそこには野生の動物や鳥もいましたが、本当に身近だったのはイヌやハトなど、飼っている生きものたちでした。とくにハトについては、手に入る限りの品種を飼い、世界各地から標本も集めて、それぞれの違い――つまり変異を調べています。

当時の人々は、異なる姿形や性質を持つ品種の原種はそれぞれ別の野生種であると思っていたのですが、ダーウィンは自身の観察から飼いバトはどれもカワラバトの子孫であると信じるようになります。そして、そこには自然選択の力がはたらいていると考えたのです。

ダーウィンは、人間は自分の望みの性質や形を持つ個体をつくり出しているような気分になっているけれど、そこにはたらいているのは「自然選択」なのだということを見出しました。

ここにある自然という文字はとても大事です。機械の改良は、人間の望みとそれを可能にする技術とで思うように進められます。イヌやハトも、速く飛ぶハトが欲しいと思ったら速い個体を選んで掛け合わせをしていきます。

ただ、生きものの場合、望みの個体が得られるとは限りません。速く飛べてもけんかばかりしている個体では困ります。そもそもが自然の営為なので、なかなか思い通りにはなりません。

近年は遺伝子操作ができるようになりましたから、ダーウィンの頃よりは求める品種を得やすくはなりましたが、それでも遺伝子のはたらきが「自然」であることに変わりはなく、機械のようにはいきません。

生きものを対象にする時は、常にそこに「自然のはたらき」を意識しなければならないのです。それを忘れると大きなしっぺ返しがあると思っていたほうがよいでしょう。

ネアンデルタール人絶滅とイヌの関係

イヌについての興味深い話があります。

現存する人類はホモ・サピエンスだけですが、同時期にヨーロッパで暮らしていたネアンデルタール人は、なぜ滅んでしまったのかという疑問をめぐる話です。

ネアンデルタール人は脳も大きく、体格もがっしりしており、ホモ・サピエンスのほうがひ弱なのに、後者が生き残ったのは、猟犬がいたからだというのです。

ネアンデルタール人の食生活や石器を調べると、数十万年間、変化が見られません。独自の世界にこだわり、新しいことに積極的でなかったとされます。

ネアンデルタール人の絶滅時期は、4万年ほど前とされ、その頃気候変動があったことが知られています。しかも当時ネアンデルタール人は小さな集団で暮らし、ゲノム解析から、多様性に欠ける状態であったこともわかっており、3万年前頃までにはホラアナライオン、ホラアナハイエナなどと共に絶滅したとされます。

イヌという仲間の力を借りた

常に生きにくい環境になったとき、生きものの間での食糧の奪い合いが起きるわけですが、ホモ・サピエンスはイヌという仲間の力を借りて、狩りの場で優位に立ったという考えです(パット・シップマン『ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた』原書房)。

世界にこだわり、新しいことに積極的でなかったとされます。

この説を支えるのは、ベルギーのゴイエ洞窟で出土したイヌと同定される化石が3.6万年前のものとされるところから、旧石器時代からイヌという仲間がいた事実が明らかになったことです。

ネアンデルタール人の絶滅の理由にはさまざまな説が出されている状況であることを踏まえたうえで、興味深い説です。

頑なに従来の生活を守り続けたがゆえに滅びたネアンデルタールと、イヌとの協同に始まり、他の生きものと積極的に関わって牧畜、農業へと新しい生活を切り拓いていったホモ・サピエンスとを比べると、挑戦は大事だと思えます。

とはいえ、挑戦と同時に伝統の維持も忘れないのがよい生き方といえるのでしょう。

それにしても、人間は特別な存在であることも確かだけれど、動物の1つとして、他の仲間と関わりながら生きる存在でもあることを実感します。相手を利用するというような関係ではなく。

歴史を知り、これからを考える参考にしなければなりません。

(中村 桂子 : JT生命誌研究館名誉館長)

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