コスパ最強「元ジョイフル子会社」ビジホの実態

AZホテルの外観

「シングル4800円朝食付」の電飾文字が目を引くAZホテルの外観(写真提供:アメイズ)
各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、その奥にある、経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく連載「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」。
第16回は“365日均一価格”を実践するビジネスホテルチェーン『AZホテル』を紹介。その戦略や企業理念までを探っていく。

昨今のホテルでは、需要と供給のバランスに合わせて宿泊価格が変動する「ダイナミックプライシング」が当たり前になっている。このため、インバウンドが増加する現在、「以前は1万円以下で泊まれたホテルが、2倍以上の価格になっている」といった状況も珍しくない。

そんななかで、“365日均一価格”を打ち出しているのが、九州を中心に西日本で展開するAZホテルチェーンだ。ホテル経営の視点で考えれば、「客室を高額で販売できるチャンスを逃している」とも見えてしまうが、いったいなぜ均一価格にしているのだろうか。AZホテルを経営する㈱アメイズに取材した。

エブリデー・セイム・ロープライス

AZホテルの宿泊料金は5280円。さらに、公式サイトからの予約なら330円引きで4950円。驚くことにこの価格、創業時から変わっていないという。ホテル業界紙『月刊ホテレス』の調査によると、2024年6月時点で全国115ホテルの客室平均単価は1万3907円。どちらも、その半額以下の金額だ。なぜこのような均一価格、それも破格の設定なのか。

【画像】「4950円でも、部屋は微妙なんでしょ?」と思いきや…AZホテルの部屋の中や、色とりどりの朝食ビュッフェの様子

実はAZホテルの経営は、アメリカ発の経営手法「チェーンストア理論」にヒントを得て行われている。チェーンストア理論では、経営戦略や商品開発などあらゆる機能を本部に集約し、各支店は統一されたオペレーションに専念する。そうすることで、安定して低価格での商品、サービスの提供を可能とするのだ。

そのなかでも、均一価格の元になっているのが、「Everyday Same Low Price(エブリデー・セイム・ロープライス、以下、ESLP)」という考え方だ。アメイズではこれを、「お客様が気軽に安心して、いつでもリーズナブルに、同じ価格で利用できる」ことを重視すると捉え、ホテルのコンセプトとしている。

またその根幹には、「経営者は、誰でもほしいものを、それなりの品質で手に入れる社会を構築することが大切だ」という思想がある。

ツインルーム

すっきりとしたツインルーム。客室レイアウトは統一されており、過不足ないアイテムだけを設置している(写真提供:アメイズ)

ポジティブな薄利多売

このような理論、思想に基づいてホテル経営を行う企業は非常に珍しい。アメイズがそうなった理由は、前身がファミリーレストラン『ジョイフル』の子会社だったことにある。

そもそもAZホテルの歴史は1994年、旅館チェーン『亀の井ホテル』を㈱ジョイフルが買収したことにはじまる。その後9年は旅館として経営していたが、

2003年、亀の井ホテルがジョイフルの子会社を離脱。またこの際、ジョイフルの当時の社長であった穴見保雄氏が辞任し、アメイズの取締役社長に就任。旅館経営は費用面で難しかったことからリブランドが行われ、ビジネスホテル・AZホテルが誕生した。

この穴見氏により、ジョイフルがファミレスとして掲げていたESLPの思想がAZホテルに受け継がれ、均一価格が設定されたのだ。そしてその後、2013年に、アメイズとして福岡証券取引所に単独上場した。

しかし、それから11年が経って時代や物価は変わりつつある。これまではずっと価格は据え置きだったが、「もう少し値上げしては」という議論も社内で出ている。

この状況についてアメイズ総務部・広田浩三氏は、「この先値上げを考えざるをえない状況なのは事実です。ただし値上げしても、あくまで均一価格で。ダイナミックプライシングの導入や、繁忙期と閑散期での価格変動はありません」と言い切る。

AZホテルの顧客は贅沢な滞在を願う人ではない。あくまで「安定した低価格」を求める人々であり、となれば価格変動は、長期的に見てネガティブ要因になるからだ。ポジティブな薄利多売、とでもいうべきビジネスモデルなのかもしれない。実際、AZホテルの稼働率は常時約半数を超えており、それで十分利益はとれている。

ホテル外観

車での利便性を考慮し、インターチェンジの近くに立地するホテルも多い(写真提供:アメイズ)

AZホテルには、均一価格のほかにもESLPに基づく3つの特徴的サービスがある。順番に解説しよう。

AZホテルの3つの魅力とは?

1.100円均一コーナーがある

2ホテルをのぞいて、全軒に100円均一コーナーがあり、雑貨や下着、おつまみが購入できる。こちらのコーナーは、「何も持って来なくても気軽に泊まれるように」という配慮から生まれたものだ。また同ホテルは全87軒のうち、大分別府駅前店、宮崎佐土原店を除いて郊外立地にある。そのため、コンビニが近くにない状況も考慮されての設置だという。

100円均一コーナー

香典袋やサンダルも揃う100円均一コーナー(写真提供:アメイズ)
2.朝食無料

公式4950円、一般5280円という低価格ながら、その金額内に朝食ビュッフェが含まれている。予約要らずで宿泊者は誰でも食べられるとあって、非常に好評だ。

メニューは、日替りの肉料理、卵料理、サラダ、デリ、デザートのフルーツカクテルなど約20種類。調理は各ホテルで行われている。

朝食ブッフェメニューの一例

朝食ビュッフェメニューの一例(写真提供:アメイズ)

加えて、ホテル内で昼・夕食を食べることも可能だ。AZホテルでは、全軒にカフェ、バイキング、しゃぶしゃぶ、釜飯、いずれかの飲食店を完備。アメイズはさまざまな業態の飲食店を直営、FCで展開しており、立地に合わせてそれらの店を選び、設置しているのだ。

一部では夕食付きの宿泊プランや、宿泊者が割引価格で食べられるサービスも実施。これらはすべて、「郊外立地にあっても、お客様が安心して食事できるように」という考えから生まれたもので、朝食利用率は宿泊者の8~9割、館内飲食店での夕食利用率も約3割ある。

『AZカフェ』の内観

ホテル内に設置された『AZカフェ』の内観。朝食会場にもなっている(写真提供:アメイズ)
3.駐車に加えて、駐輪もOK!

AZホテルは無料駐車場完備に加えて、全客室に自転車も持ち込みOKだ。部屋が汚れるリスクは高いが、それを押してでも「車を使える人も便利に使ってもらえるホテルでありたい」「広くいろいろな人に来てもらえるように」というESLPの思想に沿ってサービスを実施している。

そもそも郊外型店舗が中心となっているのもこの思想からで、無料駐車場は、約2年前から基本の建物フォーマットである158室タイプのホテルで、100台を完備しているそうだ。

自転車

全客室に自転車の持ち込みができる(写真提供:アメイズ)

そんなホテルに訪れるゲストは、車を使う職業の男性が中心だ。なかでも、大型車両を使う工事関係者や、スポーツ関連の団体などによく利用されている。リピーターが多く、法人や企業が長期間押さえることも。2023年の広島サミットでは、警察団体が2~3週間連泊していた。

駐車場

基本フォーマットで100台が駐車できる無料駐車場(写真提供:アメイズ)

ちなみに、インバウンドの利用はほぼゼロ。避けているわけではないが、郊外型でインバウンドに使いづらい立地で、自然とそうなっているそうだ。とはいえ、気候や疫病に左右されやすいインバウンドを当てにしたことはなく、リピーターを主体的に考えている。

ある意味それがリスクヘッジとなり、功を奏したのがコロナ禍だ。一部の工事が止まってその関係者が減るなどの危機はあったそうだが、辛くも赤字にならず、黒字で推移できたという。

真の魅力は「わかりやすさ」にあり

ここまで特徴を語ってきたが、ゲストから見ると、AZホテルとはどんな存在なのだろうか。一大拠点である九州に住む友人に聞いたところ、「シンプルでわかりやすいホテル」という答えが返ってきた。

その最たるものは均一価格だが、もう1つ象徴的なのが「AMAZE RAINBOW CARD」という会員カードだ。こちらのカード、通し番号は付いているのだが会員管理はしておらず、役割としては、宿泊時に配るだけのクーポン券のようなもの。

「AMAZE RAINBOW CARD」

割引クーポンとして使われている「AMAZE RAINBOW CARD」(写真提供:アメイズ)

公式HP以外から予約しても、このカードを宿泊時に持っていくか、予約時にカード利用の電話をすれば、いつでも330円割引されるシステムだ。ホテルの利用方法もまたシンプルで、例えば、24時間いつでもドアから出入りOK。そのために、受付カウンターにスタッフが24時間常駐している。

一方で、シンプルさは客室にも共通している。レイアウトは近年統一しており、インテリアは基本、ベッド、デスク、ライト、そしてユニットバスのみ。アイテムはテレビ、ドライヤー、湯沸かしポット。過不足なく、華美ではないすっきりとした空間だ。

シングルルーム

シングルルーム。シンプルだが無機質に見えないよう、カーテンやベッドカバーの色合いが工夫されている(写真提供:アメイズ)

価格もサービスも客室も、とにかくシンプルでわかりやすい。そうしている理由を問うと、「誰でも迷わず利用できるようにするため」と広田氏。そう、ここにもESLPのコンセプトが一貫しているのだ。

加えて、設備もサービスも過剰にオプションをつけると、人的コスト、運用コストが発生する。オペレーションもシンプルでわかりやすくあることで、それらを削減できているのだ。

ホテルのスタッフは1ホテル9名~と決して多くはないが、このシンプルさゆえに、現場は無理なく回っている。

安定経営ゆえに「ダイナミックプライシングは不要」

チェーンストア理論、そしてESLPに基づく「お客様が気軽に安心して、いつでもリーズナブルに、同じ価格で利用できる」というコンセプトがすべてに浸透しているAZホテル。チェーンストア理論を導入しているホテルは数少ないが、このような成功事例もあるのだ。

アメイズの自己資本比率53.1%(2023年11月期)と高く、他ホテルチェーンと比較しても安定した経営だ。チェーンストア理論に基づく経営スタイルが、商業主義に走ることなく、ゲスト目線での経営を進めていけるブレーキの役割を果たしているのではないか。だからこそ、ダイナミックプライシングは不要なのだ。

【画像】「4950円でも、部屋は微妙なんでしょ?」と思いきや…AZホテルの部屋の中や、色とりどりの朝食ビュッフェの様子

資本主義の世の中、賃上げやサスティナブルな経営であるためにダイナミックプライシングは重要だが、それを権利のようにふりかざしてゲストの負担になったり、嫌われてしまっては元も子もない。

昨今アメリカでは、株主第一主義の見直しが進んでいる。日本にもその流れが早晩来るとすれば、AZホテルの経営もそのヒントになりそうだ。同ホテルには今、中四国を中心に、ドミナント戦略で出店を加速していく計画があるという。まずは来年100店舗を達成し、将来的には300店舗を目指して着実に出店を続けていく。

朝食ビュッフェ

約20種類のメニューが並ぶ無料朝食ビュッフェ(写真提供:アメイズ)

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)

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