ベストセラー絵本と「フェス」にある意外な共通点

本の周りに集まっているビジネスマンのイラスト

絵本『100かいだてのいえ』はなぜ人気を集めたのでしょうか(画像:Turn.around.around/PIXTA)
大学4年生のときに自己PRウェブサイト「世界一即戦力な男」を作り、インターネット上で話題となった菊池良さん。その後、会社員時代を経て専業作家として独立、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』は累計17万部の大ヒットを記録しました。
そんな菊池さんの新著『えほん思考』は、古今東西の名作絵本から暮らしを豊かに・ビジネスを楽しくする26の思考術・発想法を抽出し紹介しています。
同書から一部を抜粋し、3回にわたってお届けします。

縦型の絵本

ファッションに国境はない。
世界中の才能あるデザイナーがパリに集まってくればいい。
──ピエール・カルダン(ファッションデザイナー)
ものごとは点在しているものです。
人は各地に住んでいますし、世帯ごとにそれぞれ日用品が揃えられます。生活圏ごとに店の種類もバラけていきます。それらは動物や植物の種類がバラけていくように生態系を保つためにバランスを取っているのです。
しかし、それをあえてひとつの場所に集めると大きな相乗効果を生みます。

いわいとしお『100かいだてのいえ』偕成社

『100かいだてのいえ』書影

(画像:『100かいだてのいえ』より)

『100かいだてのいえ』という絵本を手にとってまず驚くのは、それが縦型であることです。縦型──それはスマートフォンが普及した現在では当たり前となりましたが、かつては珍しいものでした。なぜならテレビも、写真も、そして絵本もほとんどが横型であるからです。しかし、『100かいだてのいえ』は縦型だったのです。

縦に開く『100かいだてのいえ』は、その特徴を活かした内容になっています。縦長の場所が舞台なのです。

主人公のトチくんのもとにある手紙が届きます。それは100階建ての最上階に住む誰かから、「遊びにきてね」と招待される手紙でした。トチくんは天まで届きそうな100階建ての家をのぼっていきます。

その家は10階ごとに違う生物が暮らしていました。トチくんは家をのぼっていくことで、いろんな生物と出会います。いったい最上階にはなにが住んでいるのでしょうか──?

このユニークな絵本はたちまち人気になり、100万部を超えるロングセラーになっています。『ちか100かいだてのいえ』『うみの100かいだてのいえ』とつづいてシリーズ化し、現在までに6タイトル出ています。シリーズに共通しているのは「100階建て」という部分です。

「100階建て」の面白さ

この絵本はまず20階建てで考えたそうです。そして、制作を進めるうちに100階になりました。この絵本にインパクトがあるのは、ひとつの「家」が「100階建て」だというところです。

通常は平屋や2階建て、3階建てであるはずの家が100階まである。そこにたくさんの動物たちが住んでいる。1階ごとに特徴があり、それが100も集積されているところに読者の心を捉える魅力があります。絵本のなかでさまざまな住民と出会い、生活を垣間見られるところが『100かいだてのいえ』の面白さです。

通常はバラバラなはずの「家」が「100階建て」として1カ所に集まることによって、読者にインパクトを与えています。

いわいとしおは1962年生まれの絵本作家、メディア・アーティストです。幼いころからパラパラ漫画を描いて遊んでいました。また、親から工作の本と工具を与えられたことをきっかけに、おもちゃを自分で作るようになりました。

筑波大学の芸術専門学群に進学してからは、アニメーションの制作をはじめます。テレビ番組のCGタイトルを手掛けました。また、1987年には『オトッキー』というゲームを制作しています。

これはファミリーコンピュータ向けのゲームソフトで、シューティングゲームと音楽ツールを融合させたものでした。プレイヤーはシューティングゲームを遊びながら、操作によって鳴る音で、あたかも楽器を演奏しているような体験をできます。1992年からはテレビ番組『ウゴウゴルーガ』のキャラクターデザインやCG制作を担当しました。

2006年、『いわいさんちへようこそ!』という本を出します。これは子どもといっしょにプライベートで作ったおもちゃを紹介するものでした。そして、その本を見た編集者から声をかけられ、『100かいだてのいえ』は生まれることになったのです。

もしこの絵本が100階建てじゃなかったら? もちろん、それはそれで面白いものになったでしょうが、多くの人は100階建てのほうがインパクトがあると感じるでしょう。

イラスト

(画像:『えほん思考』より)

事例 さまざまな音楽ファンを1カ所に集める「フェス」

ひとつの場所に集めるインパクトを音楽ビジネスにおいて実践しているのが「フェス」です。

夏フェスとはフジロックフェスティバル、ライジングサンロックフェスティバル、ロック・イン・ジャパン・フェスティバル、サマーソニックなどの一連の音楽フェスティバルのことを指します。これらは「フェス」という愛称で呼ばれ、とりわけ夏に行われることから「夏フェス」とも呼ばれているのです。

フェスの特徴はミュージシャンの出演者数です。さまざまなバンドがおおよそ1時間ごとに出てきて演奏します。そのうえ、会場には複数のステージがあり、同時進行で多種多様なアーティストが出演します。観客は見たいミュージシャンごとにステージを移動しながら、長時間にわたって音楽を楽しむのです。来場者数は10万人を超えるものもあります。

通常の音楽ライブではステージはひとつです。また、出演者もワンマンでしたらひとつのバンドしか出ませんし、複数のアーティストが出るとしても限られています。共演するミュージシャンもジャンルやファン層など、ある程度のつながりがあるものです。

フェスが違うのは、ファン層がまったく被っていないであろうアーティストが次々と出てくるところです。つまり、フェスとはバラバラなミュージシャンと、バラバラなファンが1カ所に集まるイベントといえます。

たとえば2022年のフジロックフェスティバルは、出演ミュージシャンが100組を超えています。ということは、100組のファン層が会場に集うことになります。その相乗効果が現れるのは動員数だけではありません。観客以外にも「文化」として認知される影響力を持つのです。

ひとつの場所に集めることのインパクト

フェスには2重のインパクトがあります。さまざまなアーティストが1カ所に集まるインパクトと、異なるファン層が1カ所に集まるインパクトです。これによって通常のライブイベントではなく、「フェス」という一大文化に発展しています。

フェスの起源は1969年に開催されたウッドストック・フェスティバルに遡ることができるでしょう。8月15日から17日の3日間にわたって行われ、ザ・フーやジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどのアーティストが出演しました。動員数はなんと40万人を超えたそうです。ロック音楽史上の歴史的なイベントとして記録に残っています。

『えほん思考』書影

日本における現代的なフェスの起源は1997年にはじまったフジロックフェスティバルだと言われています。7月26日から27日の2日間にわたり、31組のアーティストの出演が予定されていました。台風の影響によって2日目は中止となりましたが、以後毎年夏に開催することが恒例化しました。

その後、1999年にライジングサンロックフェスティバル、2000年にサマーソニックとロック・イン・ジャパン・フェスティバルがはじまります。現在のフェスは20世紀末にはじまり、21世紀になって定着した文化なのです。

もしフェスが行われず、それぞれのアーティストが各地の会場でライブをするだけだったらどうでしょうか。もちろん盛り上がったでしょうが、ひとつの文化としては認知されなかったでしょう。

「ひとつの場所に集める」ことは、大きな効果をもたらすのです。

まとめ
➔『100かいだてのいえ』は家が100階建てなのが驚きをもたらす
➔フェスは100組のアーティストとそのファンが集まる
➔ひとつの場所に集めると、それだけでパワーが生まれる
考えてみよう
 あなたの趣味を今の10倍の人数でやるとしたらどうなる?
 ひとりでやる行為のなかで、みんなでできることはないか?
 バラバラにあるもので、ひとまとめにできるものはないか?

(菊池 良 : フリーライター)

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