吉野家「ダチョウ肉丼」の裏で見逃される重要展開
吉野家といえば「うまい・やすい・はやい」を思い浮かべるひとが多いだろう。それがなんと「うまい・やすい・はやい・健康・美容」に昇華させようとしているとは。
吉野家ホールディングスは聞き慣れない「オーストリッチ」事業を開始すると発表した。これはダチョウのこと。数年前から世間がダチョウの免疫力の高さに注目し、抗体を生産する技術については聞いたことがあった。しかし、その波が吉野家にまで押し寄せていたとは。
発表内容は大きく分けて2つあった
今回の発表内容は、大きく2つにわかれていた。
1つ目はオーストリッチ丼(ダチョウ丼)の発表だ。6万食限定でかつ店舗限定で売り出す。スープつきの1530円(税込1683円)で、ローストビーフ風のものだ。
吉野家にとっては、牛・豚・鶏に次ぐ4番目の肉となる。ダチョウは栄養素にあふれている。既存の肉にたいして、タンパク質・鉄分・ビタミンが多いいっぽうで、カロリー・脂質は低い。
吉野家は子会社のSPEEDIAをもち(余談だが私は一瞬、某有名情報プラットフォームと読み間違え、吉野家がいつのまに買収していたのだ、と驚いた)、茨城県石岡市にある牧場ではダチョウ500羽を飼育している。
なお、この牛・豚・鶏・ダチョウの畜種分散については、以下の3つの観点で評価できるだろう。
(2)輸入価格上昇に伴う、買い負けへの対策となる
(3)健康志向の意識が高い消費者にアピールできる
(1)リスク軽減から評価できるだろう。吉野家は、そもそも肉に頼らない代替肉の研究も進めているし、商品の分散を図るのは当然ともいえる。
また(2)現在はやや落ち着いたが円安で輸入価格が上昇している。国際的に肉類の買い負けが続くことも予想される。分散とともに国内で調達できる材料に変更することは、サプライチェーンの安定に寄与するだろう。また政治環境にも左右されにくくなる。
さらに(3)健康志向の意識が高い消費者にアピールするだろう。消費者ニーズの多様化に応えられる。実際に、オーストリッチ丼はその珍しさもあって、多くのメディアがとりあげた。
スキンケア商品の発表
そして、発表内容の2つ目は、オーストリッチ(ダチョウ)の成分を使ったスキンケア商品の発表だった。“美容成分の浸透効果を高める「グラマラスブースターオイル」”(税抜50ml/定価1万4000円)をはじめとして「グラマラスエイジングクリーム」(税抜40g/定価1万5000円)「モイスチャーマスク」(税抜1枚/500円)などがある。
興味深かったのは、吉野家グループの飲食事業ではなく、文字通り、美容と健康をずばり狙ったスキンケア商品だった点だ。オンライン販売だけではなく、家電量販店等にポップストアも出していくようだ。ちなみに私はてっきり吉野家店舗でも販売すると思っていたが、それはないようだ。
冒頭でも紹介したダチョウの神秘はまだ完全には解明されていない。SPEEDIAではダチョウの全部位を研究し、さらに商品ラインナップを拡充していく見込みだ。どの商品も、既存の成分よりも優れているとし、たとえばダチョウ成分のオイルを塗布すれば肌水分量が増加したという。
もちろん、これらの取り組みは、業績に大きな影響を与えるものではないだろう。だが、いずれにせよ、実に興味深い新展開だったのは間違いない。
「吉野家のスキンケア」に訴求力はあるのか?
話を、1つ目のオーストリッチ丼に戻そう。
個人的にはダチョウは宗教を選ばないし、飼育効率が高い点は面白いと思う。そして健康と美容はこれからも先進国でずっと継続するテーマであるのは間違いない。また、現在はオーストリッチ丼が1530円(税込1683円)と高いものの、この事業が続けば量産効果で安くなっていくだろう。
個人的には、私が吉野家を愛好している実感でいうと、「うまい・やすい・はやい」を重視しているため、どこまで健康志向に合致するかが疑問ではある。たらふく、そして素早く食べることは、ある程度は健康を害しているだろうし。
とはいえ、今回は限定販売なので、スタートを切った段階にある。まだ実験や試行錯誤の一環だろうから、今後の動きに注目したい。
ただ、メディアの取り上げ方としてはオーストリッチ丼が大きかったものの、吉野家の発表内容は2つ目のオーストリッチ・スキンケア商品に重点が置かれていた。
吉野家では以前、上層部の「生娘シャブ漬け」発言が話題になった。吉野家の今回のスキンケア商品は、女性に訴求できるのだろうか。3つのポイントから分析してみよう。
まずブースターオイル等はかなり高価格帯だ。プレミアム商品として市場を開拓できる可能性がある。ただし競合相手も多く、高価格帯だとこれまで吉野家が対象としてきた一般層=大衆は試すのを躊躇するかもしれない。
吉野家の知名度は抜群で当稿でもとりあげた。だから目にする機会が多く、購入する女性もいるだろう。ただ吉野家グループの「うまい・やすい・はやい」イメージとダチョウ高級スキンケア商品がなかなか合わない消費者も多いだろう。
牛は飼料を多く摂取し、さらにメタンを出す。それにたいしてダチョウは飼育効率が高い(もっとも、コスト面も含めて完全にダチョウが優れているのであれば人類はこれまでもダチョウを飼育していたはずだが)。
今回のスキンケア事業もダチョウのあらゆる部位をも研究して活用する。そのイメージから一部の消費者には訴求するだろう。ただ節約志向の強い消費者は、エシカルな側面だけでは購入に結びつかないかもしれない。
SPEEDIAのお手並み拝見
以上3つの側面から記載した。
ところで、私の記載に漏れている重大な側面がある。それは商品の実力だ。スキンケア商品はなかなか即時的な効果を実感するのが難しい。
ただ、それでも、商品がすごい効果で、ただちに口コミが広がるかもしれない。さらにインフルエンサーマーケティングによらず、インフルエンサーたちがその効果を絶賛し、またたくまに人口に膾炙するかもしれない。
私は吉野家の旧来ターゲッティング層と、今回の高級スキンケアラインナップはうまく接合しないのではないかと懸念を表した。しかし、その懸念を払拭するくらいダチョウの凄さを見せつけてくれるかもしれない。その意味でSPEEDIAのお手並み拝見というところだろう。
もっともこう書く以上、私はエイジングクリームを買ってみるつもりだ。あっ……。でも、1万5000円かあ。税込みだと1万6500円かあ。吉野家の牛丼だったら並盛33杯も食えるなあ(なんていう私のような大衆は相手にされていないかも)。
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(坂口 孝則 : 未来調達研究所)
08/30 22:05
東洋経済オンライン