「守る日本」と「攻める中国」ASEAN自動車最前線

アルファード/ヴェルファイアはインドネシアでも高級車として人気を誇る一方、中国車の猛進が続く(筆者撮影)

アルファード/ヴェルファイアはインドネシアでも高級車として人気を誇る一方、中国車の猛進が続く(筆者撮影)

日本車が多く売れる地域といえば、多くの人が北米、特にアメリカ合衆国(以下アメリカ)をイメージすることだろう。

たしかにアメリカの新車販売ランキングを見ると、トップ3こそ現地メーカーのピックアップトラックが常連だが、4位以下は日本車が多くランクインしている。

アメリカから撤退し、インドに注力するスズキなど例外もあるが、多くの日系自動車メーカーの経営は、アメリカ市場抜きに語れないのが現状だ。

しかし、それ以外にも日本車が強い地域が存在する。そのひとつが、東南アジア。

たとえば、人気の海外旅行先となっているタイは、少し前まで新車販売における日本車比率が9割に達していた。「新車の10台のうち9台が日本車」という状況は、東京都23区を上回る。

2017年にタイを訪れたときの写真。多くのクルマが日本メーカー車だ(筆者撮影)

2017年にタイを訪れたときの写真。多くのクルマが日本メーカー車だ(筆者撮影)

とはいえ、そんな状況に変化が訪れていることは、これまでもレポートしてきた。2023年のタイにおける新車販売の日本車率は、78%まで低下。最大の理由は、言うまでもなく中国車の躍進だ。

10%を超えたタイのEVシェア

中国メーカーは、EV(電気自動車)を中心にハイブリッドなども用意する戦略で、日系メーカーの牙城を崩そうと躍起になっている。

タイでEVを選ぶ人の多くは、地球環境のためではなく、経済合理性からの選択だが、そんな人たちに“内容を考えればリーズナブルな中国のEV”が選ばれているのだ。

安価なモデルであれば、日系のハイブリッドカーを選ぶよりも安く購入できる。日系メーカーのEVは高額モデルが中心で、しかも車種が少ない。中国メーカーが、“その隙に入ってきた”のである。

【写真】インドネシアのモーターショーで見た日本や中国のクルマを一気に見る(41枚)

BYDなど中国メーカーが目立っていた2023年のバンコクモーターショー(筆者撮影)

BYDなど中国メーカーが目立っていた2023年のバンコクモーターショー(筆者撮影)

タイの新車市場におけるEVシェアは、2023年後半以降10%を超え、10%台前半で推移している。日本とは比較にならないほどEV販売比率が高く、その中心が中国メーカーというのが、タイの現状である。

筆者はEV推進論者ではないが、さすがにシェア10%を超えてくると、顧客が求めるEVを提供できないのはビジネス的に厳しいと思う。

EVの投入で中国勢に後れを取った日本車がどこまで踏ん張れるかが、タイにおける新車市場で注目すべきポイントである。

何を隠そう、そんな状況が起きているのはタイに限らない。これまでタイ同様に日本車比率が高かったインドネシアもそのひとつだ。

なぜ、中国メーカーは東南アジアを狙うのか?

筆者は2024年7月にインドネシア・バンテン州の都市タンゲランを訪れ、「GIIAS2024(ガイキンド・インドネシア国際オートショー2024)」と呼ばれるモーターショーを視察したのだが、会場の様子はコロナ前とはすっかり様変わりしていた。中国ブランドの出展が、大幅に増えたのである。

2024年7月18~28日にタンゲランで開催されたGIIAS2024を取材した(筆者撮影)

2024年7月18~28日にタンゲランで開催されたGIIAS2024を取材した(筆者撮影)

中国ブランドとして最大のブース面積を誇るBYDをはじめ、GWM(グレート・ウォール・モーター=長城汽車)、AION、ウーリンなどの中国系ブランドの乗用車ブースは、11にものぼる。

総面積こそ日系ブランドにはかなわないものの、数でいえば日系ブランドの9ブース(トヨタとレクサスは別カウント)よりも多い。

インドネシアにおける日本車のシェアは、84.2%(2023年)。中国車のシェアはまだ高くないが、こうしてインドネシアのモーターショー会場を歩いていると“日本車の聖域”が、どんどん浸食されていることを実感する。

AION、BYD、GWNといった中国ブランドのブースが多いことがわかる(筆者撮影)

AION、BYD、GWNといった中国ブランドのブースが多いことがわかる(筆者撮影)

中国のメーカーは、インドネシアでも日本車を駆逐しようと鼻息が荒いのだ。では、どうして中国メーカーは、東南アジアの自動車マーケットを狙うのか。

ひとつは、北米やヨーロッパと違って、東南アジアには“地場の有力自動車メーカー”が存在しないからだろう。プロトン(マレーシア)やヴィンファスト(ベトナム)はあっても、ブランド力は高くない。

さらにいえば、先進国に比べて法規や安全性能などの面で車両を販売するハードルが低く、また中国や中国製品に対する嫌悪感が少ないことも影響している。それらはマーケット側としての理由だ。

中国側の事情としては、輸出を増やして生産規模を大きくしていきたいというのが大前提にある。そのうえで、昨今話題になっている供給過多の問題も外せない。

中国の新興EVブランドのひとつNeta(哪吒汽車)も世界展開を目論む(筆者撮影)

中国の新興EVブランドのひとつNeta(哪吒汽車)も世界展開を目論む(筆者撮影)

補助金などを受けて中国の自動車メーカーはEVをたくさん作り、またその生産を支えるために工場の設備も増強した。

しかし、ここへきて景気の変化などから中国国内での需要が落ち、過当競争が激化。値下げ競争に陥り経営を圧迫している。それを埋めるための販路を海外に求めているのである。

「成長確実」な市場がここに

インドネシアの人口は約2.7億(世界第4位)と多く、現時点でもASEAN最大の自動車市場だ。とはいえ、現在はまだ平均年収が国全体で40万円程度、大都市ジャカルタに限っても約70万円と言われており、クルマは気軽に持てるものではない。

しかし、経済成長に従い「クルマを買えるようになる人」は増えていく。つまり、マーケットが縮小しつつある日本とは違って、拡大するのが確実な場所であるわけだ。

そんな場所で、日本車よりも安くクルマを提供することで存在感を出していこうというのが、中国メーカーの狙いである。

50万円EVで話題となったウーリンも大小さまざまなモデルを展開(筆者撮影)

50万円EVで話題となったウーリンも大小さまざまなモデルを展開(筆者撮影)

モーターショーに展示されている中国ブランド車を見ていて感じたのは、EVメインのタイと比べて、エンジンを積んだ車両が多いこと。これはインドネシアの新車販売におけるEV比率が1%程度と、まだ低いことの表れだろう。

まずは「はじめてクルマを手に取る人に(日本車より)安いガソリン車を」という戦略がうかがえる。そんなインドネシアで、日本メーカーはどこまで踏ん張れるのか。

日本人としては残念だが、これまでのように日本車がこの世の春を謳歌するような状況ではいられないだろう。一方で、日本車にとって有利な要素もある。

所有する車両を手放すときの価値(リセールバリュー)だ。インドネシアでは、リースのような形でクルマを所有することも多く、そうなると手放すときを想定した残価率によって、毎月の支払い額が大きく変わる(日本の残価設定ローンと同様だ)。

フォーチュナーをはじめとしたトヨタ車のリセールバリューは高い(筆者撮影)

フォーチュナーをはじめとしたトヨタ車のリセールバリューは高い(筆者撮影)

中古車市場で人気の高いクルマは、新車を手にするときの月々の支払いが少なくて済むというわけ。残価率は中古車人気が大きく反映され、信頼と実績があってこそ高まる。

中国メーカー同士の戦いも

現時点で残価率がいいのは断然トヨタだが、日系ブランドは概ね高く、中国系ブランドはどうしても低くなってしまう。その結果、中国車は「新車価格が安くても毎月の支払いは高い」ということになる。

そこをどう解決していくかが、インドネシアにおける中国車シェア拡大のキーとなるだろう。単に「新車価格が安い」というだけでは、ダメなのだ。

もちろん、中国メーカーの中にもブランド力や販売力の差はあって、その点においては中国国内やグローバルと同様にBYDがややリードしている。

BYDは中国ブランドの中では圧倒的に広いブースで出展していた(筆者撮影)

BYDは中国ブランドの中では圧倒的に広いブースで出展していた(筆者撮影)

「今回、モーターショーに参加したすべての中国ブランドが、インドネシアで生き残れるとは限らない。数年後には明暗がはっきりわかれるだろう」といった声が、現地の自動車関係者からも聞かれた。

いま、東南アジアだけでなく、インドやアフリカでも同様のことが起こっている。守る日本メーカーと攻める中国メーカー。そこに挟まれた韓国メーカーはどう戦うか……。日本車の将来を占ううえで、それらの地域から目を離せない。

【写真】インドネシアのモーターショーで見た最新の中国メーカー車たち(41枚)

(工藤 貴宏 : 自動車ライター)

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