欧州「EVシフト」大誤算の舞台裏。旗振り役のフォルクスワーゲンに続いてボルボも窮地でついにバブル崩壊!

写真はフォルクスワーゲンの本社工場。経営側はここに従業員1万6000人を集め、工場閉鎖の検討について説明したという


写真はフォルクスワーゲンの本社工場。経営側はここに従業員1万6000人を集め、工場閉鎖の検討について説明したという

EVシフトを声高に叫び続けてきた欧州に激震が走っている。欧州を代表する自動車メーカーのフォルクスワーゲンの屋台骨が揺らいでいるからだ。さらにボルボも完全EV化を撤回......いったいどうなってるの? 風雲急を告げる欧州EVを取材した。

【写真】フォルクスワーゲン初となるSUVタイプのEV「ID.4」

■異変を感じた8代目ゴルフ

EVシフト失敗!

欧州の雄であるドイツ自動車大手のフォルクスワーゲン(以下、VW)が大きく揺れている。9月2日、同社が1937年の創業以来初となるドイツ国内の工場閉鎖を検討していると明らかにしたからだ。

「欧州の自動車産業は非常に深刻な状況だ。新たな競合他社も欧州市場に参入している」

声明でこう述べたVWグループのオリバー・ブルーメCEOは、同4日、工場の閉鎖を従業員らに説明して理解を求めたが、本社工場に集まった1万6000人超の従業員からは「破産宣告に等しい」という声が上がるなど、大ブーイングが巻き起こった。

現地の専門家筋によると、数千人規模の大リストラが予想されており、ドイツメディアなどでも大々的に取り上げられているという。

なぜこのような事態に陥ったのか? 事の発端は2015年までさかのぼる。VWが掲げていたクリーンディーゼル戦略が排ガス偽装により破綻し、ブランドイメージは失墜......。販売も低迷し、土俵際に追い込まれた。

そんなVWの起死回生の一手がEVシフトだった。EVを環境問題とひもづけ、EUを味方につけることにも成功。VWはEVシフトに大きくかじを切り、30年までにEVシェア5割の目標を掲げた。当然、経営資源も大胆に注いでいった。 

この経営戦略の影響をモロに受けたといわれるのが、今年50周年を迎えた小型乗用車のゴルフ。世界累計販売台数3700万台超を誇るVWの大黒柱カーである。現行モデルの8代目ゴルフは2019年に本国でデビューを飾った。日本市場への登場は少し遅れて21年6月。

フォルクスワーゲン「ゴルフ」 初代は1974年にデビューしたゴルフ。写真の現行モデルは8代目となる。価格は341万1000~691万2000円


フォルクスワーゲン「ゴルフ」 初代は1974年にデビューしたゴルフ。写真の現行モデルは8代目となる。価格は341万1000~691万2000円

実は週プレ、この8代目ゴルフの試乗取材で異変を感じた。7代目ゴルフと比較すると、コストカットを強く感じたからだ。専門家にその理由を尋ねて回ると、誰もがこう口をそろえた。

「ディーゼル偽装の賠償金もあるし、VWはEVに経営資源を注いでいるから......」

さらに驚いたのはエンジンだ。1L直3ターボと1.5L直4ターボエンジンに組み合わされていたのは48Vのマイルドハイブリッド。ストロングハイブリッドが席巻する日本市場では明らかに見劣りしており販売に不安を抱いた。 

JAIA(日本自動車輸入組合)によると、1975年の日本市場登場から海外ブランド車のトップを独走してきたVWゴルフだったが、ディーゼル偽装事件を境に販売は大苦戦。日本市場におけるVWの新車販売台数は2014年の6万7438台を最後に右肩下がりが続いており、昨年は3万1815台で、全盛期の半分以下となった。

それではVWの頼みの綱であるEVの実力はどうか? 週プレは昨年2月にJAIA主催の第42回輸入車試乗会で最新EV5台を一気乗りした。そこでVWのID.4にも試乗したが、結論から言うと、最も衝撃を受けたのは韓国ヒョンデのアイオニック5だった。走りも内外装もレベチの出来栄えで、世界的評価の高さを理解した。

フォルクスワーゲン「ID.4」 フォルクスワーゲン初となるSUVタイプのEVとして鳴り物入りで登場。しかし、テスラやBYDの後塵を拝す......


フォルクスワーゲン「ID.4」 フォルクスワーゲン初となるSUVタイプのEVとして鳴り物入りで登場。しかし、テスラやBYDの後塵を拝す......

メーターパネルの右側にシフトセレクターを装着。最初は違和感が。価格は514万2000~648万8000円


メーターパネルの右側にシフトセレクターを装着。最初は違和感が。価格は514万2000~648万8000円

一方、ID.4は優等生的な、そつのないEVという印象が残っている。では、実際の販売状況はどうか? 昨年のVWのEV世界販売台数は39万3700台。最多販売はID.4(クーペ版のID.5含む)で、合計22万3100台。

一方、米EV専売のテスラの新車販売台数は180万台。世界新車販売で初のトップに輝いたモデルYは122万台をマークした。EVシフトの旗振り役を務めてきたVWだったが、肝心のEV販売が振るわなかったのだ。

■ボルボが完全EV化を撤回したワケ

9月4日にはスウェーデンの高級ブランド車、ボルボが完全EV化の目標を撤回した。新たに設定した目標では30年までに販売する新車の9割超をEVとPHEV(プラグインハイブリッド)、残りをハイブリッド車にするという。

「ボルボは充電ステーションの整備の遅れ、各国政府のEV購入補助金の打ち切りなどを完全EV化撤回の理由に挙げていました。ただ、現在のボルボは中国の大手自動車メーカー、ジーリーの傘下です。

当然、米、EU、カナダがブチ上げた"中国デフレEV"への制裁関税の対象となる。そのため、今後の見通しは非常に不透明です。これが完全EV化を撤回した最大の理由だと思います」(中国自動車メーカー関係者)

ボルボ「C40リチャージ」 ボルボ初の世界戦略EV。不満が一切ない秀逸カー。ただし、専門家からは「ボルボのクルマにはディーゼルエンジンが似合う」


ボルボ「C40リチャージ」 ボルボ初の世界戦略EV。不満が一切ない秀逸カー。ただし、専門家からは「ボルボのクルマにはディーゼルエンジンが似合う」

最新のEVらしく、スタートとストップのボタンがない。ブレーキを踏むと起動する。価格は699万~739万円


最新のEVらしく、スタートとストップのボタンがない。ブレーキを踏むと起動する。価格は699万~739万円

専門家によると、EVシフトを推し進めてきた欧州の誤算は中国デフレEVの侵攻を許したことだという。中でも厄介な存在なのが中国の自動車大手BYD。何しろコンパクトEVのドルフィンは欧州の自動車賞を総なめ。加えて、BYDが欧州で展開する販売店の数は、すでに230を軽く突破しているからだ。

「欧州のEVシフトは世界最大のEV市場を持つ中国をアテにしていた。ところが、政府の手厚い支援を受けた中国製EVとの価格競争に欧州勢は惨敗......。挙句、中国デフレEVが欧州市場でシェアを伸ばしているわけですから、大誤算もいいところ」(欧州自動車メーカー関係者)

BYD「ドルフィン」 欧州を席巻する中国BYDの世界戦略車ドルフィン。実際に見ると内装も外装もチョー個性的。価格は363万~407万円


BYD「ドルフィン」 欧州を席巻する中国BYDの世界戦略車ドルフィン。実際に見ると内装も外装もチョー個性的。価格は363万~407万円

そもそもの話だが、なぜ目の肥えた欧州市場で中国デフレEVがウケているのか? 

「中国製EVの急激な進化を支えているのは、自動車開発のツボを心得た欧州や日本の元エンジニアたち。しかも中国政府の支援を受けて開発されている。欧州車に匹敵するレベルのクルマもあります」

■EV市場縮小で日系メーカーに影響は?

一部メディアやSNSなどでは、昨年あたりから"EVバブル崩壊"がささやかれていたが、今年に入りそれがあらわになってきた。3月にはドイツ自慢の高級車ブランドのメルセデス・ベンツが完全EV化を撤回し、欧米の大手自動車メーカーはEVの開発を続々と中止し、ハイブリッドの市場投入を急ピッチで進めている。

そして今回のVWとボルボの発表。これらにより日系自動車メーカーに何か影響は出ているのか?

「9月6日、4年連続世界新車販売トップに立つトヨタが動きました。26年のEVの世界生産台数の計画をこれまでの150万台から100万台に縮小すると発表。一方で、"充電機能のついたハイブリッド"こと、PHEVの生産を拡大していく方針も同時に示しています」(自動車誌の元幹部)

レクサス「LF-ZC」 26年に発売予定のレクサスのEVのフラッグシップモデルの試作車。次世代の電池を搭載予定。航続距離の目標は1000㎞


レクサス「LF-ZC」 26年に発売予定のレクサスのEVのフラッグシップモデルの試作車。次世代の電池を搭載予定。航続距離の目標は1000㎞

実は中国BYDの今年1~6月の新車販売台数は161万台超なのだが、その内訳はEVが72万6200台(前年同期比17.7%増)で、PHEVが88万1000台(前年同期比39.5%増)。

つまり、世界に進撃を開始した中国自慢の二刀流メーカー、BYDの動きをトヨタはしっかり捕捉しているわけだ。では、2040年までにハイブリッドを含む内燃機関車の販売をやめると宣言しているホンダの動きはどうか?

「10月10日に軽商用EVの『N-VAN e:』を発売し、来年にはソニーグループと協業した高級EV『アフィーラ』を市場投入します。そして今後のホンダの象徴となる新型EV、ゼロシリーズサルーンの準備も整えています」

ホンダ「ゼロシリーズサルーン」 ホンダの新型EV、ゼロシリーズのフラッグシップとなるのが、個性的な顔面を持つサルーン。26年から世界販売を開始する


ホンダ「ゼロシリーズサルーン」 ホンダの新型EV、ゼロシリーズのフラッグシップとなるのが、個性的な顔面を持つサルーン。26年から世界販売を開始する

EVシフトをフル加速させるホンダだが、BYDがシェアを伸ばすPHEVがない。

「ホンダは8月に日産と三菱との協業を電撃発表しました。この3社連合はクルマの相互補完も視野に入れています。ホンダが商品展開していないPHEVは、三菱が持っています。ホンダは世界情勢がどうなっても対応できると思います」

混沌と苛烈を極める脱炭素カーの世界販売バトル。日本勢よ、出し抜かれるな!

取材・文・撮影/週プレ自動車班 写真/時事通信社 撮影/本田雄士 望月浩彦

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