住友化学"問題案件"スピード決着でも残った宿題

サウジアラビアの紅海沿岸に位置するラービグのコンビナート。2005年の合弁契約締結時の住友化学のリリースには「飛躍的に収益力の高い石油化学事業を展開いたします」、「『真のグローバルケミカルカンパニー』 へ向けて大きく前進してまいります」といった文言が躍っていた(写真:住友化学)

2024年3月期に過去最悪となる3118億円の最終赤字に沈んだ住友化学。業績の足を引っ張っていた問題事業に明るい兆候が出てきた。

住友化学は8月7日、サウジアラビアでの石油精製・石油化学(石化)合弁会社のペトロ・ラービグに関して、合弁相手のサウジ・アラムコと検討していた再建案が固まったと発表した。

再建案は短期集中

ラービグの構想が公表されたのは2004年。本格的にプラントが立ち上がったのは2009年のことだ。安価なエタンガスを主原料とすることで高いコスト競争力を誇る計画のはずだったが、汎用的な石化製品の国際市況低迷に加え、ラービグ自体の石油精製設備の競争力不足もあって直近5年で4度の赤字と苦しんでいた。

2023年の最終赤字は1762億円にも達し、ラービグに37.5%出資する住友化学は、2024年3月期決算に持ち分法投資損失647億円の計上を余儀なくされた。今年5月にアラムコと「共同タスクフォースチーム」を作り、短期集中で再建案を練っていた。

だが、国際市況の低迷は中国の過剰生産能力に由来する構造問題であり、設備の高度化には時間も金もかかる。住友化学が追加の資金支出はしない方針を打ち出していたこともあり、再建案は簡単にまとまらないと思われていた。

それだけに、7日の説明会で「(タスクフォースチームで)昼夜を問わず集中的な検討を進めた結果、想定以上の短期で合意した」と岩田圭一社長は胸を張った。

今回の再建案のポイントは以下の3点。

①住友化学が保有するラービグ株の一部をアラムコに売却することで、出資比率を37.5%から15%まで引き下げる
②ラービグ株の売却代金7億ドルとその同額をアラムコが加えて、合計14億ドルをラービグに拠出する
③住友化学とアラムコがラービグに対して各7.5億ドル、合計15億ドルの債権放棄を行う

①は2026年3月期に完了する予定。ラービグとの重要な関係性は維持されるため、住友化学の持ち分法適用会社であることは変わらない。それでも住友化学の業績への影響はこれまでの4割(15/37.5)と小さくなる。

②をラービグは「借入金返済、金利負担軽減」につなげる。③の債権放棄も合わせると、ラービグの有利子負債を29億ドル(約4200億円)軽減できることになる。

ラービグの有利子負債は1兆円を超えており、近年の世界的な金利上昇もあって利払い負担が最終赤字を押し下げていた。ラービグの事業上の収益力が2023年度並みだとしても、金利負担が軽減されれば、最終赤字は圧縮される。出資比率の引き下げも加えれば、住友化学のラービグにかかわる持ち分法損失は200億円程度に減る計算だ。

どう再建するのか

ただし、住友化学の今期業績にはマイナス影響が出る。

7.5億ドルの債権放棄に伴い損失が約1090億円発生する。一方、債務免除に伴うラービグにかかわる持ち分法投資利益が約820億円計上される(2社から15億ドルの債務免除を受けることでラービグに出る利益の37.5%)。差し引きでは約270億円の損失となる。こちらは今第2四半期(2024年7~9月)に計上される。

会計処理は少しややこしい。

債権放棄の損失は金融費用として計上される。住友化学が採用するIFRS(国際会計基準)では金融費用は営業利益には反映されない。他方、持ち分法投資利益は営業利益に反映される。ちなみに会社が参考値として示す「コア営業利益」に、通常はラービグの持ち分法損益は反映されるが、今回の債務免除に伴う利益は非経常扱いで反映されない。金融費用もコア営業利益には含まれない。

住友化学が5月に発表した2025年3月期の業績予想は、コア営業利益が1000億円、営業利益が700億円、純利益が200億円。今回の損失も費用も基本は織り込んでおらず、会社は期初予想をまだ変更していない。

仮にコア営業利益は同じ1000億円、その他もすべて想定通りだった場合、営業利益は1820億円、純利益はゼロ近辺となる(税金の扱いが不明のため70億円の赤字となるかは不明)。実際には、事業自体は想定を上回っている。予定していた事業売却が進むかといった不透明要因はあるものの、上記試算を上回ってくる可能性は高い。

現時点ではベストの選択

住友化学としては、今期業績にはマイナス影響が出るとはいえ、来期以降はラービグの業績影響を低下させられる(もちろんラービグが利益を出した場合の取り込みも少なくなってしまう)。一定の止血ができたことはプラスに評価すべきだろう。

ラービグの2009年から2023年までの累計損失(税前)は約15億ドル、住友化学としては約5.6億ドルの損失となる。それでも岩田圭一社長は「グローバルなケミカルカンパニーへの飛躍に役立った」と評価した(記者撮影)

ラービグの2024年1~6月の最終赤字は24.6億リヤル(約950億円)、前年同期より14%(現地通貨ベース)拡大しており、早急な再建案の策定は必須だった。新たな資金支出はしない方針を守ったうえで、再建案をまとめ上げた。

「現時点では取りうるベストの選択だったのでは」という岩田社長の発言は額面通り受け取っていい。

とはいえ、株式売却代金はラービグに再拠出する。どういう名目での拠出になるかはまだ決まっていないが、優先株といったメザニン(ラービグから見て負債と資本の中間)になるのではないか。

いずれにしろ、住友化学として株売却分をキャッシュで回収できたわけではない。ラービグに対するエクスポージャー(投資、融資、保証などリスク資産の合計)はなお3800億円程度残る見込み。その保全や今後の15%分の業績反映を考えても、住友化学としてラービグの収益強化は今後も課題であり続ける。

一定の止血が進んだのは、もう1つの問題案件である住友ファーマも同じ。

上場子会社の住友ファーマは2024年3月期に特許切れに伴う主力薬剤の売り上げ激減や減損、リストラ費用などがかさみ前期は3150億円の最終赤字となった。51%超を出資する住友化学の最終赤字3118億円の半分強は、同社に起因することになる。前年度へのインパクトでいえばラービグよりもファーマだった。

早期退職などで黒字化にメド

その住友ファーマも減損一巡とリストラ効果に加え、現在の基幹3薬剤が順調で業績は回復基調にある。2024年4~6月期のコア営業利益は9億円の赤字で、335億円の赤字だった前年同期からは大幅に改善している。

住友ファーマの今期通期は160億円の最終赤字の予想。多少の増減があっても前期のような巨額赤字にはなりようがない。今期に700人規模の早期退職を実施することで黒字化も見えてくる。住友化学にとってもほっと一息といったところだ。

ただし住友ファーマに関しても、この先を担う新薬をどう作り出すかという課題は残ったままだ。人員や研究開発費を絞り込んだことで、将来を描く困難さは増したともいえる。

ラービグとファーマ以外でもシンガポールや国内の石化事業は改善が必要だ。一方で、半導体関連材料など高付加価値かつ成長期待が大きい事業や製品もある。今後はそれらを確実に育てると同時に、バケツに開いた穴をさらに小さくしていく必要がある。

(山田 雄大 : 東洋経済 コラムニスト)

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