「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態(前編)
*このシリーズの3回目:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【後編】
12年前の予感が的中した
昨今、インターネットの波、スマートフォンの波に続く、AIという第三の新しい波が来ています。
この1年ほどでアメリカ・OpenAI社の生成AI「ChatGPT」は世界に衝撃を与え、GAFAMを含む世界のインターネット業界に地殻変動が起こっていると言っていいでしょう。
中国でも状況は同じです。ChatGPTの存在は、中国版GAFAMといわれるBAT(バイドゥ、アリババグループ、テンセント)の枠を超え、インターネット業界全体に大きな影響を与えています。
あらゆるインターネット企業が、こぞって生成AIを強く意識することになりました。
こうした中国における生成AIの盛り上がりには、実は既視感があります。
(中略)最近、日本国内でも「LINE」というメッセンジャーアプリが2000万ダウンロードされ話題になっていましたが、ほぼ同様の機能を持つ「weixin」は「LINE」の半年前からサービスを開始していました。
これは、私が12年前に書いた記事です。
中国では「weixin(ウェイシン)」と呼ばれていた、「WeChat(微信、ウィーチャット)」というサービスを、おそらく初めて日本のメディアで取り上げました。
当時はまだ、「WeChat」のユーザー数は5000万人ほどでした。
スマホシフトに成功した新しいコミュニケーションアプリとして紹介し、「これを起点として新しいビジネスの機会が生まれるのでは」という記事を書いたのです。
12年を経たいまでは、「WeChat」はすでに1カ月あたりのアクティブユーザー数が13.59億人(2024年3月末時点)に達しています。
単なるコミュニケーションツールの枠を超え、ミニアプリや決済機能など多岐にわたる機能を保有するスーパーアプリに成長しました。
運営するテンセント社は中国で最大のインターネット企業のひとつであり、時価総額は4490億ドルを超えます。
私自身もこの12年で立場が大きく変わり、ここ数年は広告代理店という立場で、テンセントのサービスの日本での展開をサポートするようにもなりました。
いま北京にて、12年前の「WeChat」の隆盛を強く予感したときの雰囲気を、生成AIの業界にも感じはじめています。
急成長を遂げる中国の生成AI
では、中国企業では具体的にどのような生成AIを生み出し、急成長を遂げているのでしょうか。
例えばBATでは、バイドゥが「Ernie Bot(アーニー・ボット、文心一言)」、アリババが「Tongyi Qianwen(トンイー・チェンウェン、通義千問)」、テンセントが「Hunyuan(ホンユァン、混元)」という自社のGPTをすでに展開しています。
TikTokを展開するバイトダンスも「Cici(シシ、豆包)」、ゲームで有名なネットイースも教育特化型の「Ziyue(ズユェ、子曰)」を展開しています。
それぞれのAIサービスユーザー数は、バイドゥは3億人、アリババは企業ユーザー数23万人、テンセントはデイリー使用回数2億回、バイトダンスは1カ月あたりのアクティブユーザー数2600万人と言われています。
BAT以外のスタートアップ業界にも投資マネーは流れ込んでいます。
中国政府の中国信息通信研究院(情報通信研究院)によると、すでに中国のAI関連企業は4469社も存在していると言われています。生成AIも数百サービスリリースされており、最大のサービスの利用者数は3億人にも達しています。
そのうち時価総額1000億円を超える生成AIのユニコーン企業が、直近1年間で17社も誕生しているのです。
「次のBAT」と目される生成AI企業は?
それらのスタートアップ企業の中で、最も時価総額が大きいのがムーンショットAI(月之暗面)です。時価総額は約3780億円(CNY180億元)を超えています。
創業者の楊植麟氏は、1993年生まれ。中国の名門精華大学を優秀な成績で卒業し、FaceBookやGoogleでも業務経験を持つ、エンジニア出身の起業家です。
アリババやテンセントは自社の生成AIサービスを保有しているのにもかかわらず、このムーンショットAIにそれぞれ8億ドル、3億ドルを投資しているほどの有望スタートアップです。
ムーンショットAIが開発した生成AI「Kimi(キミ)」のPC版へのアクセス数は2004万件に達し、バイドゥの「Ernie Bot」をすでに上回っています。
また、アプリユーザー数は5897万人に達し、WeChatのミニプログラムのMAUは91.1万人を超えました。
ChatGPTと比べてまだサービスのクオリティに差があるようにも感じます。
しかし、大手もスタートアップも投資家もこの業界に大量参入し競争が激化していく中で、アメリカと中国の差は確実に縮まりつつあるというのが実感です。
ユーザー数を公表しているAIサービスは一部だけなので、シェアの比率の詳細は不明ですが、周囲の使用状況を見ていると、バイドゥの「Ernie Bot」とムーンショットAIの「Kimi」を日常的に使用している人が比較的多い印象です。
また、「Ernie Bot」は文章を基にパワーポイントの資料を自動生成することもできるため、この機能を活用している人も少なくありません。
将来のBATが、いままさに生まれようとしているのかもしれません。
中国で「ChatGPT」が生まれなかった訳
「アメリカのAI企業は、資本力と政治的背景で優勢があったがゆえに、中国AI企業よりも先を行っている」
これは、生成AIの会社を経営している中国人の友人の言葉です。
「ChatGPT」がなぜ中国ではなくアメリカで生まれ、縮まりつつあるとはいえ、なぜまだアメリカと中国で差があるのでしょうか。
AIサービスの良し悪しは、
この3つのクオリティで決まります。
実のところ、すでに中国は「①データ量」「②技術力」ともに、アメリカに追いつきつつあるといえます。
データ量において、14億人の国民が存在する中国は、インターネットユーザー数が世界一のデータ大国です。技術力においても、優秀なエンジニアを数多く抱え、世界トップレベルのAI技術力を誇っています。
唯一、アメリカと差があるのが「③半導体」です。
アメリカは、豊富な投資マネーと政治的な力学で、世界のクオリティの高い半導体をかき集めることができます。その差が、AIサービスのスピードとクオリティに差をもたらしている可能性があるということです。
ただ、最近はこの半導体領域の差も縮まりつつあります。
国産のクオリティと供給量が上がってきていること、そして中国AI領域に投資マネーが流れ込み、購買力が上がってきたというのがその理由です。
AIというデジタルサービスのクオリティのわずかな差が、「半導体」という物理的な要素に左右されうる、というのはとても興味深い話です。
これは、AIサービスの成功が優れた半導体をいかに集められるかというゲームになっているかという話でもあります。最終的には国家同士のパワーゲームの話に帰着してしまうのかもしれません。
また、中国において、アメリカ企業ほどのスピード感で「ChatGPT」のようなAIサービスが生まれてこなかった背景には、国の管理体制も関係していると考えられます。
国家戦略としてAIに本腰を入れ始めた
中国の生成AIはどこもある程度は中国政府の監視下にあるはずで、反政府的な質問や回答ができないのが現状です。
中国政府はかなり早い段階で、この領域の可能性とリスクを捉え、コントロール下に置こうとしていたように思います。
とはいえ、すでに中国政府はビッグデータやAIをどの産業にも網羅的、積極的に進める方針を打ち出しています。国家戦略として、「AI領域でグローバルで突出した存在になる」ことをかなり強く意識しているようです。
こうした事情から、中国のAI産業は政治的な背景もあり初動は遅れていたものの、ここから加速度的に発展していくことが見込まれます。
続く【中編】では、激化する生成AI市場において、中国企業各社がどんなテキスト系、動画系のサービスを提供しているのか、具体的に見ていきます。
*この記事の続き:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【中編】
*このシリーズの3回目:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【後編】
(岡 俊輔 : 中国在住経営者 北京大学MBA23期生)
08/26 09:30
東洋経済オンライン