「原価1000円超」独自進化した"天然"かき氷の凄み

ひみつ堂

カットメロンがのった人気メニュー「生メロン三昧」(筆者撮影)

酷暑の2024年夏。天然の氷を使った、こだわりかき氷店が人気だ。

東京都内で店が増えたのは2010年代からで、一過性のブームに終わらず消費者に支持されている。近年は価格も上がった。天然氷や果物といった原材料費や人件費の高騰で、店によっては1杯1500円以上、2000円を超えるメニューもある。それでも繁盛店には客が押し寄せる。なぜ支持されるのか。人気の裏側をリポートした。

【写真】「ひみつ堂」の天然かき氷は、元歌舞伎役者の店主が13年かけて進化させてきた(5枚)

夏は1日平均1000人、平均客単価は約1800円

東京都台東区にある「ひみつ堂」は屈指の人気店だ。2011年5月、“谷中ぎんざ”の横にある現在地で開業、隣接する店と合わせて営業する。メディア取材も多く、体験者がSNSに投稿する店として知られている。

8月のお盆明けに同店に足を運んだ。前日までの大混雑は一段落していたが、それでも10人程度の行列となっていた。

入店を待つ人たち。店のスタッフがメニューを配りながら対応する(筆者撮影)

「夏の間はずっとこんな感じです。並ばれる人数は増減しますが、8時から19時までの営業時間中はつねにお客さんが絶えません」

「ひみつ堂」店主でオーナーの森西浩二氏はこう話す。実は別室で仕込みをしながら取材に応じてもらった。夜の需要に備えて商品を切らさないためだという。

「この時季は1日平均1000人の方が来店されます。当店はこだわりフルーツを提供しており原価率も高いですが、客単価は平均1800円。2000円を超えるメニューもあり、値段が高いものから売り切れる傾向にあります」(森西店主)

仕込み部屋にはフルーツの箱が並ぶ。この日は「つがりあんメロン」(津軽で生まれ育ったメロンの総称)や「キーツマンゴー」(沖縄宮古島産)などが次々に剥かれていた。

「栃木県日光の天然氷と並ぶ主役たちです。夏のメロンは産地を厳選して自家追熟したものを使い、宮古島では農園の一角に自分たちが植えたマンゴーの木もあります」(森西店主)

店主は元歌舞伎役者の異色の経歴

同店は東京における天然氷のかき氷店の先駆けだ。13年前の開業時、同種の店は地方にはあったが、都内にはなかったという。

森西店主の経歴も異色だ。20代の頃は三代目市川猿之助(当時)に弟子入りして約8年間歌舞伎役者として活動した。それ以外にイタリア料理店店長や西表島でスキューバダイビングインストラクター、トラックドライバーなど20以上の職種を経て起業。「料理が好きだったのと、歌舞伎で学んだお客さんに楽しんでいただく思いから」かき氷を選んだ。

カウンターで作業をする森西店主(左奥、筆者撮影)

人気店となった後に一段と脚光を浴びたのは、2013年3月にテレビ東京系の経済番組WBS(ワールドビジネスサテライト)が「THE行列 年中いつでもかき氷」と放送してから。

ただ放送後10年以上を経て、当時よりも来店客数は大幅に増えている。なぜ人気が続くのか。

「目の前のお客さんと向き合い、スタッフの感性に委ねながら中身を変えてきました。“フルーツのひみつ堂”と言われるようになったのも、常連の男性客の『果物に特化してやれば?』という言葉がきっかけで、自分たちで栽培もするようになりました。現在の半分ぐらいだったかき氷の量も、店長の大坂早希が『私ならこれぐらい食べたい』という思いで導入。当初、私は違和感を覚えましたが、実際に提供するとお客さんは大喜びでした」(同)

取材前後に最寄り駅のJR日暮里駅や、店のすぐ横の谷中ぎんざを往復してみた。駅前も商店街もインバウンド客が目立ったが、ひみつ堂にはほとんどいない。一般のかき氷に比べて高価格だから外国人が多いかと思ったが、そうではなかった。

店内は日本人客が大半

「開業から現在まで日本人のお客さんに支えられてきました。肌感覚では約8割が日本人で、次に多いのが韓国の方。欧米系の方はほとんど来られません」(森西店主)

店の特長は、①手回しのかき氷、②圧倒的な手作り感、③カッコよさよりも親しみやすさ、だという。

「例えば圧倒的な手作り感は、秋に『和栗モンブラン』を提供していますが、この栗シロップは生栗を蒸して、スタッフ総出で作業して作る。栗ペーストは一切使いません。店内の小物も手ぬぐいや風鈴、うちわなど縁側に置いてあるようなものを選んでいます」(同)

どこか懐かしい外観、昔の小学校の教室のようなしつらえにもこだわる。「店づくりはエンターテインメント」の姿勢は手書きメニューにも。商品の中身に加えてさまざまな創意工夫が、同種の店が増えた現在でも差別化につながっているようだ。

ひみつ堂

店の外観はどこか懐かしい雰囲気だ(筆者撮影)

取材途中に店舗スタッフからヘルプ要請があり、森西氏も現場作業に向かった。筆者も行列に並んだ後、試食した。注文後に現金で先払いするシステムだ。

頼んだのは前から気になっていた人気メニュー「生メロン三昧」(2100円)。カウンター席とテーブル席があるが、目の前で作業が見られるカウンター席に座ることができた。

1杯につき、手回しは132回

氷からフワフワのかき氷にするにはコツがあるという。この店の手回しは1杯につき132回。注文が入るたびに手で回す作業はエンタメ性もあって人気なのだろう。

ひみつ堂

1杯につき手回し132回。カウンター席では作業を見ることもできる(筆者撮影)

生メロン三昧はまもなく登場。前述のつがりあんメロンが上にのっていたが、高知マルセイユ赤肉メロンを使うこともある。かき氷は圧倒的な量。一緒に麦茶もつく。

食べ方はそれぞれの好みだが、途中で味を変えて楽しめる。例えば、生メロンを食べる→かき氷を氷蜜(生メロンのシロップ)で味わう→中に入った生クリームと混ぜて食べる→器に残った分をストローで飲めばメロンジュースになる、といったように。ラーメンでもおなじみの味変は近年のトレンドだが、かき氷もそうだった。

「二郎系ラーメンが好きな男性が1人で来ることも多いです。天然のかき氷と相通じるものがあるのでしょうか。ひみつ堂を“かき氷界の二郎”と呼ぶ人もおられます」(森西店主)

取材中はほとんど女性客だったが、席に座ってからの平均滞在時間は20分ぐらい。「何度か来ていて、和栗モンブランを食べたこともあります」という女性1人客もいた。

ひみつ堂は高品質にこだわった結果、中には原価で1000円を超えるメニューもあるという。前述のメロン三昧も7月にそれまでの1900円を2100円に値上げした。

「仕入れ代金が以前の1.5倍になった果物もあります。農作物なので天候にも左右され、酷暑や長雨だと生育環境に影響が出ます、来年も同じ量が確保できる保証はありません」

こう話す森西店主は、「大きさも変わりましたが、2000円を超えるメニューになるとは思ってもいなかった。ウチで修業して開業した元スタッフも驚いています」と本音を漏らす。

外食には「ふだん使い」と「イベント使い」があると思う。イベント使いでもテーマによって納得価格は異なり、例えば縁日で食べるかき氷なら500円~800円程度が許容範囲か。市販のシロップを使わず、高級フルーツをふんだんに使う天然氷が2000円超でも売れるのは、昭和レトロな空間でのごほうび飲食として支持されるのだろう。

暖冬で天然氷も減少、冬の集客は道半ば

景気の良い話を紹介してきたが、人気を支える裏事情は大変だ。

日光から仕入れる天然氷も、暖冬で寒い時間が短くなって生産量が減り、価格も上がった。原材料を運ぶ送料も上がっている。

「年間で約20トンの天然氷を使っていますが、年間に使用する氷をすべて天然氷でまかなうことが困難になってきました。昨年の採氷数が少なかったことから2024年8月末には純氷に切り替えて営業していきます」(森西店主)

季節商品だった天然のかき氷は通年商品になっており、東京・六本木の店などは深夜営業でも客が訪れる。だが、多くの店は真冬の集客に苦戦するという。

ひみつ堂は夏季(7月~9月)以外にはグラタンもあり、人気メニューだ。夏の半分以下の来店客数で運営スタッフを調整して営業するが、1月と2月は営業赤字だという。

「それでも十数年店を続けることができ、かき氷ブームで終わらせない工夫もしてきました。店の運営は毎日変化があり、お客さんが喜んで食べてくださるとうれしいです」(同)

薄氷を履む状況もあるが、日々向き合う中に生き残りのヒントが隠されているようだ。

(高井 尚之 : 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)

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