阪急電鉄「プライベース」乗りたくなる仕掛け

縦長の小窓に挟まれた中央に菱形の窓を備えた乗降扉。独特の外観を持って登場した PRiVACE(プライベース) は営業開始後さっそく支持を獲得したもよう (写真:久保田 敦)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2024年10月号「満を持して…ハイグレード座席サービス 阪急PRiVACE」を再構成した記事を掲載します。

鉄道ファン以外の関心も惹き付ける特別感

2024年7月21日、日曜日の営業開始から日の浅い平日、阪急電鉄大阪梅田駅の京都線のりば1号線に立った。頭端式ホームの付け根はPRiVACE(プライベース)の紹介が飾り付けられ、優雅な横断幕は宝塚線・神戸線のホームを含めて天井から吊り下げられている。中ほど4号車の場所に「乗車位置」と案内があり、上方に「座席指定サービス/空席状況」のディスプレイが設置されている。11時発、11時20分発、12時発とも残席わずかの△印が出ていた。

入手した指定席は11時発の京都河原町行き特急11010号の11A。スタートダッシュの時期だから平日日中と言えども席があるか心配になって2日前にネット予約を覗いてみると、案の定、頃合いの時間帯はかなりの席が埋まっており、1人掛け席の残1をなんとか押さえた。事前予約の多くは鉄道ファンと予測していたのだが、当日のそこに立つと、いかにも…の人がいないではないが、女性同士や熟年夫婦、夏休みも始まり小学生を連れた親子などと幅広い。物見高い関西ゆえか、阪急が送り出した特別感をもった座席指定車両は一般の関心も相当に惹き付けている。

この指定券購入は、各自スマホ等を使ってWebページから行うのを基本としている。発売開始は14日前。券売機や事務室での駅売りはない。今や主たる利用層は券売機などに立ち寄らないから、と割り切った。その場で空席があれば乗車列車のアテンダントからの購入もできるが、他の列車は押さえられない。もちろんWeb購入の場合の決済は、必然的にクレジットカード、それかPayPayになる。アテンダントからの購入は交通系ICカードか現金で対応する。

プライベース非連結の10時50分発特急が発車すると、その後すぐに京都河原町発の列車が到着、それが特急11010号となる。今回のプライベースは新形式車両2300系の登場と合わせたものだが、2300系でフル組成の編成はまだ1本だけで、他は既存形式9300系の中間にプライベース2350形を組み込んでいる。現れたのも9300系編成だった。

従前から折り返しの手順は、降車側ドアを閉めて転換クロスシートをバタンと自動で一斉反転させ、乗車側ドアを開いた。しかし、プライベースの回転リクライニングシートでは全席の同時回転は前後で干渉するため、1列おきの2段階アクションが必要になる。そのため操作は他車と別個に、アテンダントが車内確認してから行い、少しだけ時間を要する。だから、ドアは開くも「車内準備中」の札を吊り下げたロープが張られており、簡易な清掃を終えてロープを外して、乗車開始となる。

「すごいね」の声も上がる阪急のインテリア

車両真ん中という一風変わった配置のデッキから客室へ踏み込む。全体にブラウン系の落ち着いた空間が広がり、おのずと大声は自制しつつ静かに着席…といった雰囲気ではあるが、それでも「すごいね」との声が聞こえる。細かい観察はこれから行うとして、片側2人掛け、片側1人掛け配置の大きな座席は、濃い茶色の木製フレームと「ゴールデンオリーブ」と称する濃緑のモケットが相まって阪急らしいレトロモダンと言うか、クラシック寄りの重厚さがある。ホワイトベージュの革の枕カバーには、「PRiVACE」とロゴが入っている。

ゴールデンオリーブ色のモケットのリクライニングシートが3列配置で優雅に並ぶプライベースの車内(写真:レイルマンフォトオフィス)

神戸線特急、宝塚線急行と並んで三複線に滑り出すと、やがて他線の列車をリードして中津を通過、淀川橋梁の渡河となった。客室内は全面的にカーペット敷きのために足の感触が柔らかいとともに、吸音性をもつため、鉄橋を渡る音は心持ち静かだろうか。十三に停車。京都側車室は全席が埋まった。おそらく大阪側の車室も同様と思う。

続いて千里線接続の淡路に停車。大規模な連立化工事が進んでおり高い高架橋がそびえているが、まだ桁が渡っていない部分も残る。以後は京都線特急らしい爽快な足取りとなり、阪急の路線上にあるOsaka Metro堺筋線の東吹田検車場を右に見たのち、続いて過日に報道向け試乗会でも訪れた正雀車庫を構える正雀を通過する。

現在はまだトップナンバー1編成だけの2300系。京都方先頭の番号は2400。4号車プライベースと窓の高さもそろう(西山天王山ー大山崎)(写真:久保田 敦)

試乗会で伝えられたプライベースの魅力

さてと、試乗会での取材成果を交えながら、プライベースのあれこれに目を向けてゆきたい。

客室は中央デッキを挟んで前後2室。座席番号は大阪側車室が1〜7番と若く、京都側は8〜14番の数字が続く。

旅行者としては大阪梅田から乗る機会が多いので感覚的に大阪→京都の向きを下りのように捉えがちだが、京阪間の路線はJRは言わずもがな、阪急京都線も京阪電車も京都→大阪方向が下りである。そのため阪急京都線の1号車は大阪梅田方先頭車で、京都行きでは座席番号も数字の若い方が後ろになるわけだ。

大阪側車室は京都行き上り列車において進行右側が1人掛け、京都側車室は左側が1人掛けである。そして、どちらも1人掛け席をA席とし、2人掛け席はBC席となる。つまり前後車室でABCの並びが逆転するので、1人掛け席で好みの車窓を楽しみつつ過ごしたい場合など番号に留意する必要がある。予約時に「座席を選択する」で指定できる。

ドアを中央にして車室を分けた理由は、一つは車両の姿としての差別化、そして乗降口が1か所という構造では片端に寄せるより中央の方が乗降性が高いこと、さらにコンパクトな空間が実現すること−との説明だった。

阪急電鉄において、次期京都線特急車の導入と抱き合わせつつ、座席指定車両の具体的検討を始めたのは2020年の後半だった。今回阪急では、コンセプトを煮詰めることにじっくり1年の時間をかけた。まずは京阪神在住者2千人にWebアンケートを行い、さらに指定席車両の利用意向が高い人々にインタビュー調査を重ねて方向性を見出した。やはりニーズが高いのは混雑する通勤時で、したがってメインターゲットはラッシュ時の通勤客、属性としては20歳代〜50歳代の男性、20歳代・30歳代の女性となった。そして今の時代、公共空間の中でも個の空間が欲しいという要求が高いことから、「プライベート感覚」がコンセプトの柱に据えられた。ちょうど開発がコロナ禍の最中だったため、非接触への欲求がとても高まっていたこともある。

その具現化がプライベースなのだ。

試乗会の際、「阪急電車の声の人」こと下間都代子氏は、「プライベースは、”日常の移動時間をプライベートな空間で過ごす自分時間へ”をコンセプトとし、プライベートと、英語で場所を表すプレイスを掛け合わせた名称です。阪急電車らしさはそのままに、お客様に快適な自分時間を過ごしていただけるよう、プライベート感と快適性を兼ね備えた上質な空間づくりを目指したデザインとしています」 と説明。外観やインテリアの特徴を述べ、阪急電車を象徴するマルーンにゴールドラインやステンドグラスをイメージした乗降ドアの窓などで特別感を持たせ、デッキ部の壁面は木目調と大理石調のデザイン、柔らかなダウンライトで上質さを演出したと伝えた。

座席は座面幅と足元を広く取った。リクライニングに加えて周囲からの視線を遮る大きなヘッドレストや2列席にはパーティションを設け、個々にリラックスできる空間を感じてもらえるよう、細部までこだわったそうだ。

(鉄道ジャーナル編集部)

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