大阪メトロ堺筋線「飛び地」にある車両基地の内側

大阪メトロ東吹田検車場

大阪メトロ東吹田検車場の南側全景。左の建屋が検査場、右は阪急京都本線(撮影:伊原薫)

現在、Osaka Metro(大阪メトロ)ではニュートラムを除き、8つの地下鉄路線を運営している。

このうち、最初に開業した路線である御堂筋線をはじめ5路線は、走行に必要な電力を屋根上の架線からではなく線路横のサードレール(第三軌条)から取り入れる「サードレール方式」を採用。車両の規格も共通で、特に新20系と呼ばれる形式は5路線すべてで活躍している。

大規模検査は四つ橋線の北加賀屋駅近くにある緑木車両工場で行われており、各路線の車両は連絡線を通って同工場へと回送される形だ。

「サードレール」でも「リニア」でもない

また、平成以降に開業した長堀鶴見緑地線と今里筋線は、走行にリニアモーターを用いた「リニア地下鉄」方式を採用。両線の車両規格も共通化されている。こちらも両線の車庫が連絡線でつながっており、大規模検査は長堀鶴見緑地線の鶴見検車場で実施。検査機能を集約することで、効率化を図っている。

一方、この2グループに属さない“独自仕様”の路線が1つある。それが、堺筋線だ。

【写真】大阪メトロ堺筋線の車両基地、「東吹田検車場」とはいったいどんな場所なのか?66系車両の整備風景や車内の様子も(30枚)

堺筋線は、1969年に天神橋筋六丁目―動物園前間で営業を開始。1993年には動物園前―天下茶屋間が延伸された。もともと同線は大阪市外に延びる私鉄との相互直通運転を前提に計画が進められ、その相手として阪急電鉄と南海電気鉄道が名乗りを上げた。

ただし、この2社は線路幅が違うため、どちらか一方としか直通運転ができない。協議の末、阪急と直通運転を行うことが決まり、車両の規格も同社との間で調整。結果、御堂筋線などと同じ線路幅ながら集電方式は架線式とされ、車体の寸法も少し異なる“独自仕様”が生まれた。

また、堺筋線は車両基地をどこに設けるかも問題となった。全線にわたって大阪市の中心部を通るため、沿線での用地確保は難しい。そこで当時の大阪市交通局は、乗り入れ先である阪急の沿線に車両基地を設けることとした。

他社線の沿線に車両基地を設けるケースは、首都圏では東京メトロ半蔵門線の鷺沼車両基地(東急電鉄の沿線に立地)などの例があるものの、それ以外では極めて珍しい。

東吹田検車場の内側

阪急京都本線で京都河原町方面から大阪梅田方面に向かうと、正雀駅の手前で右側に阪急の車両基地が見えるのに続き、同駅の先でも左側に車両基地が出現する。これが、大阪メトロの東吹田検車場だ。

「東吹田検車場は広さが約4万1000㎡あり、屋外留置線14線のほか車体洗浄装置や検査場を備えています。所属している車両は堺筋線用の66系17編成で、その定期検査をすべてここで行っています」と、案内してくれた磯部周治さんは話す。

スタッフは全部で45人だが、そのうち2割は事務部門。さらに、車両トラブルに備えた夜勤スタッフもいるため、日中に検車場内で検修にあたるスタッフは意外と少ない。「他の検車場と比べても小規模ですが、その分お互いの顔を見ながら和気あいあいと仕事ができています」。

東吹田検車場 留置線

東吹田検車場の北側全景。留置線が広がる(撮影:伊原薫)

車両の定期検査は「列車検査」「月検査」「重要部検査」「全般検査」の4種類があり、東吹田検車場ではすべてを実施。そのための設備が備えられている。重要部検査と全般検査を行うエリアでは、ちょうど検査を終えた車体をクレーンで吊り上げ、同じく検査を終えた台車とドッキングさせる「架台下ろし」が行われていた。

東吹田検車場 66系

架台上の重要部検査を終えた66系の車体。この後で台車と組み合わされる(撮影:伊原薫)

「車体の下側に出ているピンを、台車の穴にうまく入れるため、車体や台車の位置を微調整しながら慎重に車体を下ろします」(磯部さん)。ミリ単位の調整が必要となるが、そこはスタッフも手慣れたもの。「東へ一発!(クレーンの操作ボタンを軽く1回だけ押して車体を移動させる)」などと声を掛け合いながら、作業を進めていた。

大規模検査は4両ずつ

「66系は8両で1編成ですが、大規模検査は4両ずつ進めます。いま架台下ろしを行っているのは、重要部検査を終えた天下茶屋方の4両です。この4両は、その後に配線の接続や細かい調整を行い、すでに全般検査が終わっている京都河原町方の4両と連結して試運転へと進んでいきます」(磯部さん)

前4両と後ろ4両では今回受けた検査の内容が異なるが、これはそれぞれの検査で必要となる作業や機器が違うため。検査の時期をずらすことで、作業の平準化を図っている。ちなみに、1編成の大規模検査には約2カ月かかるそうだ。

東吹田検車場 架台下ろし

クレーンで車体を吊り上げて台車上に下ろす「架台下ろし」の様子(撮影:伊原薫)

点検台の上には、整備を終えたパンタグラフが置かれていた。サードレール方式の車両をメンテナンスする緑木車両工場ではお目にかかれないものである。

大阪メトロ66系のパンタグラフ

66系のパンタグラフ。最大で2m近くまで上がる(撮影:伊原薫)

「パンタグラフの部品のうち、上げ下げに用いるエアシリンダーは緑木にメンテナンスを委託しています。他にも、エアー関係のバルブやドアを開閉する機器、車輪のはめ替えなども緑木まで運び、点検や調整を行っているんです」と、磯部さんと共に場内を案内してくれた棚邉敦士さんが話す。

「逆に、長堀鶴見緑地線や今里筋線の車両で連結器部分に使われている緩衝ゴムは、同種のものを取り扱っている当検車場がメンテナンスを受託しています」

阪急の運転士が連れてくる

検査場の建屋を出ると、ちょうど朝のラッシュ運用を終えた66系が戻ってきた。先述の通り、この検車場は阪急京都本線とつながっているため、ここまでは阪急の運転士が乗務。場内に入ったところで検車場のスタッフと交代する。阪急の運転士は、送迎車で最寄り駅まで戻るそうだ。

阪急京都線と66系

正雀駅方面から回送列車が入庫。左を通るのが阪急京都本線(撮影:伊原薫)

66系は阪急車と違って非常扉が片側に寄せられているため、運転台が広々としている。客室と同様、天井にはクーラーの横流ファンが設置されていた。乗務員室は窓が大きいため熱がこもりがちだが、これなら快適に業務ができそうだ。

大阪メトロ66系の運転台

広々とした印象の66系の運転台。ワンハンドルマスコンを採用している(撮影:伊原薫)

客室内に足を進めると、扉や床、座席の表地のイラストが目に留まった。

「2015年から進められている更新工事に合わせて、車内のデザイン変更が行われています。デザインは2種類あり、こちらのデザインは沿線に今宮戎神社や堀川戎神社があることから『恵比寿様』をモチーフとしています。一方、初期に更新工事を受けた3編成は、同じく沿線にある天王寺動物園にちなんだデザインとなっています」(棚邉さん)

大阪メトロ 66系の更新車両 車内

66系の更新車両のうち初期の3編成は「動物園」をイメージした車内デザイン。扉はヒョウ柄(撮影:伊原薫)

そちらは扉がヒョウ柄となっているものの、座席や床は一般的な模様でおとなしめの印象……と思ったのだが、よく見ると貫通扉の窓ガラスに動物が描かれていたり、各所に“隠れキャラ”がいたりと、こちらも遊び心が満載。無味乾燥になりがちな地下鉄車内で、心が和みそうだ。

これらの更新車両は、制御機器も換装されたことで走行音が変化。前面デザインも一新されている。

“大阪らしい”デザイン

「こうしたデザインは、お客様に“大阪の地下鉄らしさ”を楽しんでほしいという思いからですが、私たちの最大の役割はお客様が安心してご乗車いただける車両を提供することです。安全面はもちろん、たとえば加減速の時にガクガクしない、台車から変な音がしないなど、快適に乗ってもらえるよう万全のメンテナンスで送り出しています」(棚邉さん)

「66系は大阪メトロの車両で最高速度が一番速く、独特の設備も多いため、仕事のやりがいも大きいです。台車の仕組みなども他路線の車両と違いますので、特に鉄道ファンの方はそういった点にも注目してもらえると嬉しいですね」(磯部さん)

棚邉敦士さん 磯部周治さん

東吹田検車場の棚邉敦士さん(左)と磯部周治さん(撮影:伊原薫)

取材が終わるころ、架台下ろしを終えた4両が入換用の機関車に引っ張られて建屋の外へと出てきた。1週間ほど後には本線で試運転が行われ、営業運転に復帰するという。大阪メトロの本線から離れた“飛び地”で、安全運行に向けた作業は絶え間なく続く。

(伊原 薫 : 鉄道ライター)

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