火星でコケが育てば人類は住めるようになるのか

(写真:Vladimir/PIXTA)
宇宙の特徴、環境利用、そして今後ISS(国際宇宙ステーション)が退役し「ポストISS」といわれる時代において、どのような設備・機能・サービスがあればいいかを綴った書籍『スペース・トランスフォーメーション』。このうち、北海道大学大学院理学研究院教授で、宇宙における植物の生育を研究している藤田知道さんと、著者の堀口真吾さんが「テラフォーミングの意義と可能性」をテーマに対談した様子を同書から一部抜粋、再編集してお届けします。

テラフォーミングは最終的にどうなる?

堀口 テラフォーミングを大々的にやろうと言っているのは、イーロン・マスク氏のSpaceXです。藤田先生が考えられるテラフォーミングは最終的にどうなっていくか、世界観をお伺いできますか。

藤田 難しいですけれど(笑い)。僕自身は植物を研究しています。テラフォーミングは地球以外の惑星や小天体などを地球化するということなので、別の地球をつくりましょうというイメージです。

地球のコピーをつくるのか、違う人工的なものをつくるのかということですが、僕らのように地球で生まれ進化してきた生き物は地球という自然環境に適応していますので、地球に似たものが心地よいのかなと思います。ヒト1種類だけで生きていくのはおそらく無理で、生態系、エコシステムをつくりあげていくことが大事だと思っています。システムとして地球と類似した、私たちに心地よい環境をつくっていきたいと思っています。

堀口 地球にはアミノ酸などいろいろな物質があり、そこから生命が生まれました。テラフォーミングは、地球にある植物に、ゲノム編集など何らかの改変を加え、火星など人間が住む可能性のある惑星に持ち込むというイメージですか。

藤田 持ち込んでもいいし、火星に合うものをそこで新たにつくり、育てるのでもいいです。参考にするのは全て僕らが地球で経験したことなので、居住した人が「こんなものがあったらいいよね」と、新たにつくっていくのでもかまわないと思います。ゲノム編集でもいいし、AとBを混ぜたらCになったということでもいい。人工知能ロボットが近いうちにできてくると思いますが、人工知能ロボットはこれまで地球になかったものですよね。それと同じイメージです。

火星は重力が少ないところだから、高層タワーなどはつくりやすいでしょう。そのように、似ているけれど違う世界ができ上がっていくと思います。テラフォーミングで火星に人間が住むとして、地球に残る人間と火星に住む人間は違っていく。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスのように違ってくるかもしれません。そのときに、仲良くできればいいなと思います。

アストロバイオロジー(宇宙生物学)という分野があり、研究テーマの1つに、生命の起源の研究があります。生命はほかの星から来たのかもしれません。それを否定する根拠は今のところありません。僕もその分野の人たちとかかわっていて、生命の起源を宇宙で探しています。

タンポポミッションというのがあります。タンポポの種がふわふわと飛ぶように、生命の起源、これ自体は生き物や細胞を指すのではなく、そうしたものを構成する物質のことを考えているのですが、こうした生命の源となる物質が宇宙でふわふわと飛んでいて、それが地球にたどりついたのではないか、それが地球でさらに化学反応を起こして変化し、より複雑化して自己増殖できるようになり、さらに長い進化の過程でヒトをはじめとした今の地球ができたのではないかという考えです。

国際宇宙ステーション(ISS)に虫取り網のようなものをつけて、宇宙に漂う塵の中から生命の起源を探している壮大な研究なのです。我々はどこから来たのかわからない、その決着はまだついていません。今後人類が火星に行って、1億年ぐらいたつと、その過程を記録に残すことができるからその変遷はたどることができ、「今とはずいぶん違うね」ということになるでしょう。

テラフォーミングは今いる人類の英知の大きな作品に

堀口 高分子からヒトができるという考えには無茶がありますよね。

藤田 生物学を研究していて、生き物とは何かということを知りたいのですが、高分子からどうして細胞ができるのかはわかっていません。そこは本当に根源的な問いであり知りたいですね。地球が太陽系の一員として誕生してから46億年たつと言われています。この悠久の年月の中で起こった変化が理解できれば良いはずです。生命の起源、そしてヒトへの進化、今ある生態系への進化、構築は奇跡的な気がします。地球はかけがえのない星、まさにそんな思いです。

堀口 新たな生命をつくるよりは、テラフォーミングのほうが現実的に感じます。

藤田 はい、かけがえのない地球と同じような場所を人類の共通財産としてもう1つ新しく持つことができたならば。これから僕らが実際に他の惑星に行き、それを記録に残すと、全てトレースできますよね。考えながらできる。人類が人類のためのものを共同で新しくつくっていく。環境だけでなくルールや新しい文化も。テラフォーミングは今いる人類の英知の大きな作品になると期待しています。住みやすい惑星ができたらいいなと考えています。

コケは火星でどこまで耐えられるか

堀口 テラフォーミングができるとしたら火星ですよね。藤田先生の中で、火星の大気などのデータを見たときに、これならいけそうというイメージは持たれていますか。

藤田 まだ実験をしていないので、わかりません。ただ、CO2が多いというのは植物にとってはメリットがある。火星の水は塩分濃度が高いと言われていますが、水の問題を克服すれば、火星の大気で少なくともコケは育てることができるのではないかと思います。共同研究者を見つけたので、4月から研究を始めています。

火星は地球より大気圧が低く真空度が高い環境です。つまり大気圧を下げていったときに、コケがどこまで耐えられるかが問題になります。重力が小さいので、大気圧はあまり高くならず、0・01気圧ぐらい。CO2が多いのですが、それで育つのか、もう少し酸素の量を増やさないとならないのか。酸素とCO2の比率を変えて、育つところを見つければいいのかなと思います。コケは地球上では水と光、空気があれば育ちます。土は要りません。火星にはいわゆる地球で見られるような“土〟は存在せずレゴリスとよばれる岩と砂の堆積物が存在します。

また、地球から火星に土を運び込むのはほぼ不可能でしょうから、そういう環境で実験をするのに、コケはとても適しています。火星の大気と気圧を合わせて、あとは光を当てれば、コケは育ってくれるかもしれない。そうすると、火星に行けるのではないかというところに近づけます。

堀口 コケがどれぐらいあれば、ヒトが住めるようになるでしょうか。

藤田 計算しないとわからないですね。コケがどれだけ酸素を出して、ヒトの必要な量の酸素を供給できるのか。

堀口 誰かに計算してもらいましょうか。それって、世界で誰も言っていないですよね。提示できれば、研究や実証が具体的に動きそうです。コケの量がこれぐらいあるとヒトが住めるというシミュレーションができると、火星に移住できますということになる。実現したら、火星は誰のものになるのでしょうか。

藤田 皆のものでいいと思います。ヒトにはさまざまな人種がありますが、生物学的にはたった1種類、一方で昆虫は100万種類以上、花を咲かせる植物は30万種類以上ですから、たった1種類のヒトは皆で仲良く分かち合うべきです。

火星にヒトが住めれば経済圏ができ上がる

堀口 ビジネス的な観点からは、火星にヒトが住めるということになると、それに価値が付く。本当の意味での経済圏ができ上がります。すでに探査機は行っているので移動はできますよね。半年かかるので、三半規管をどう鍛えるかなどの課題はあるようですが。

藤田 酸素の発生量を計算することは必要ですね。ラン藻という微生物、クロレラ、ミドリムシ、ユーグレナでもいい。コケではなく、ユーグレナでもいいでしょう。それぞれの予想されるメリット、デメリットを数値で表すことはやらなければなりません。ただし、どのような方法を取れば適切な計算ができるのかわかっておらず、手つかずです。こういう仮説のもとに概算しましたというデータを、俎上に上げなければならないですね。

堀口 そうしたデータが出たら、注目されますね。月はテラフォーミングには適していないと私は思っていますが、藤田先生の認識はいかがですか。

藤田 大気がないということが、地球上で生まれ育ったヒトや動物など生き物が住むには難しい問題です。大気がなく、放射線が直接当たるので、月面に住むことはできない。人間は遮蔽空間に住み、外に出るときは宇宙服を着て散歩に行くという感じになるかもしれません。そういった制約の大きい環境に住まなければならないことになります。

ただし、全く不可能かといえばそうではなく、生き物はいろいろなところに適応できます。ずっと地下で暮らしていれば、洞窟に棲み目を失った魚のような感じで、ヒトも目は不要になって、嗅覚がすごく発達するといった進化を遂げるでしょうね。月面に住む人類、火星に住む人類、地球に住む人類がそれぞれ違う特徴を持つようになるかもしれません。移動手段が早ければ、お隣だねという感じで、仲良くできるのですが、なかなかコンタクトできなければ、どうなるか。

テラフォーミングで新たな居住地をつくったのはいいけれど、地球の僕らとどう交信を続けるのかというのも、面白い想像です。仲間を増やしたい、敵が増えないようにしたい。月は移住に適してはいませんが、住める環境を人工的につくることはできると思います。しかし、テラフォーミングが適している順番を考えるとしたら、まず火星だと思います。

研究予算を取るにも、数値は必要

堀口 スペースコロニーのほうが簡単ですか。ISSは酸素の供給に植物を使っていません。

地球から持ち込んだ酸素を循環させ、なくなったら補充するというやり方です。植物を入れて循環を作ったほうがいいと思っています。技術的にはありえる話でしょうか。

藤田 ありえる話ですが、植物を持ち込んだらコストカットできるのかといった計算を誰もできていません。コケはトマトやイネ、樹木などと比べるとはるかに省スペースで育てられ、酸素を出すので、その計算をすれば、提案できると思います。

堀口 コケは50年ぐらい生きますか。50年でペイできればいい、50年のスパンでやったほうがいいということになれば、世界中で動きが出そうです。

藤田 研究予算を取るにも、数値は必要ですね。

堀口 誰も10年のスパンで投資を回収できるとは思っていません。50年、100年のスパンなら有効性を出せるかもしれないですね。藤田先生の現状の研究内容を教えてください。

火星に適したコケをつくりたい

藤田 テラフォーミングを研究タイトルに入れた予算を獲得し、研究を進めています。コケは光と水と空気があれば、育ちます。今から5億年ほど前に今いるコケの先祖が初めて陸地に現れて、それ以来脈々とその子孫が生きながらえ、今のコケに至っていると考えられています。

巨大な肉食恐竜はコケが陸上に進出してからずっと後に現れましたが、今では絶滅してしまいました。その間もコケは絶滅することなく地球で生き残ってきました。このようにコケの環境適応能力、生存能力はすごいのです。 コケのこうした能力をさらに伸ばして、火星に適したコケをつくりたいと考えています。コケのゲノムを改変して火星で育つコケをつくり、テラフォーミングに近づけたいと思っています。具体的には、重力の大きさを変える装置をつくったり、火星のレゴリスの上で育つコケや、火星の大気の中で育つコケなど、それぞれの条件を個々にクリアできるコケをつくります。それから、全部を火星の条件に近づけます。

いっぺんにやると難しいので、個々の条件をクリアしたコケをつくり、火星全体の条件にできるだけ近づけた場合にベストのパフォーマンスを示す「スペースモス」というコケを、数年から10年ぐらいのスパンでつくりたいと思って研究しています。火星の厳しい条件をクリアできると、地球上の厳しい環境をクリアできるコケの発見にもつながると思います。火星を目指すテラフォーミングの研究は、砂漠化など、地球の厳しい環境を克服する研究にもつながります。

コケの研究人口は多くありません。生命現象を分子レベルで解析する分子生物学という領域がありますが、遺伝子の変異を利用してタンパク質を改変し、コケのポテンシャルをさらに高めるという視点の人はあまりいません。 独自の視点で、まだ誰も気づいていない新しいことを見つけられるとワクワクしています。

堀口 ISSでは、スペースモスに関する宇宙実験をされていますね。

藤田 スペースモスと、先ほどお話ししたタンポポミッションの両方をやっています。ISSの中で、人が住む与圧部内での研究と、ISSの外の宇宙空間にコケを曝露する実験をしています。曝露実験は3回目です。

最初にやったのは、宇宙飛行士がいる与圧部の微小重力環境でコケを育てる実験です。こちらがスペースモス研究です。重力がほぼゼロなので、重力がある地上よりもコケは細く長く育ちました。それの遺伝子発現がどう違うのか、成長にどう影響するかを調べていて、論文がまとまりつつあります。

もう1つは曝露実験で、タンポポ研究になります。ISS外の宇宙空間では、酸素がなくコケは育ちません。まずは死ぬか死なないかを見る実験になります。コケは胞子で増えます。僕らが今使っているコケは、分子生物学の技術を用いた研究ができる最も優れたコケということで、最初に注目されたヒメツリガネゴケを用いています。ヒメツリガネゴケは茎の上に胞子嚢という袋をつくり、袋の中に胞子がたくさんあります。コケの体の中で一番強いのは葉や茎や仮根ではなく胞子だということが地上での実験でわかっていますので、胞子を曝露してどれぐらい生きているかを調べる実験をしました。

地上では僕らは紫外線を遮るオゾン層に守られていますが、宇宙空間では短波長の紫外線がどんどん当たりDNAをずたずたに壊します。紫外線はタイプA、B、Cの危険度によって分けられ、タイプCが一番危険です。大気があると、タイプCがカットされ、地上にはA、Bだけが来ます。Cが来ると高エネルギーによりDNAが切られて、生物は死にます。ところがタイプCの紫外線に曝される環境でも、コケは死ななかった。コケは強いのです。

生物はどうやって生まれた?

堀口 地球ができ上がったときは、大気がないため紫外線や放射線が強い状態だったと思います。そんな環境で、生物はどうやって生まれたのですか。

藤田 生物は水の中で増えてきました。水で紫外線がカットされるので、そこで生物は育ちました。ラン藻など光合成ができる微生物が増えて、酸素を出して、大気の層ができ上がってきました。大気ができて紫外線のタイプCが地上に来なくなりました。その状態で、5億年前にコケが陸上に上がりました。そうすると、小動物もコケをすみかにして、陸上という厳しい環境でも身を守られながら棲めるようになりました。進化によりコケよりも大きなシダ植物などが出てくると、それをすみか、あるいはえさにして、もっと大きな動物が棲めるようになったと考えられています。

堀口 コケは紫外線や放射線への耐性が強いのですね。

藤田 宇宙空間での曝露で全く死ななかったわけではなく8割ぐらい生き残り、2割が死にました。半年で2割減ったのですから、10年たつとほぼ全滅になるのではないかといった予測ができるようになります。火星や月だけではなく、小惑星に持っていった場合の生存の可能性も予測できます。 学生がレポートに「限界を知る実験は重要です」と書いてくれました。その通りです。タイプCをカットした場合はほとんど死なない。タイプCでダメージを受けることが死ぬことにつながる。真空で温度変化も激しい。その厳しい条件でも生き残ることがわかっています。死んだ原因を探るため、ゲノム配列を決めて本当にDNAがやられているかを調べる。生き残ったコケも地球上では起こらないゲノム変異が起こっている可能性があるわけです。

紫外線による突然変異はよく起こるのですが、地球上では起こらない突然変異が必ずしも悪いものではなく、新しいタイプの変異ならば新しい変化を生み出す可能性がある。うまく考えるといい面もあるかもしれません。そうしたデータを取り、限界や新たに起こっていることを探したい。地球上ではできないので、ISS環境は重要だと思います。

再現性を確かめることが科学的なデータとしては大切

堀口 コケは8割生きていたということですか。

藤田 はい、ただし生きていただけであって、育ってはいないのですよ。また8割というのもまだ1回だけの実験で、これからも実験を繰り返し、再現性を確かめることが科学的なデータとしてはとても大切なことです。胞子の曝露実験は、スイカの種を宇宙空間に曝露して、地球に持って帰ったら発芽しましたというのと一緒です。ロシアを中心としたグループが種を持って行って、死なないというデータを出しています。

堀口 種はすごいですね。

藤田 そうですね。なぜ種がすごいのか、胞子がすごいのかがわかれば、どうやったら育ってO2をつくってくれるのかというところに結び付かないかなと考えています。種がすごいのは皆知っています。それを具体的にどう生かすかです。

(堀口 真吾 : DigitalBlast 代表取締役CEO)
(藤田 知道 : 北海道大学大学院理学研究院教授)

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