日本株は次の首相次第で再び停滞する懸念がある

誰が次の首相になるのか。日本株の上昇は次の首相の政策によるところも大きい(写真:ブルームバーグ)

前回の記事「『日本経済最悪のシナリオ』を意識し始めた日本株」(8月5日配信)では、日本銀行による予想外の利上げと植田和男日銀総裁の発言をうけて、日本株市場が歴史的な急落となり、為替市場では大幅な円高が進んだことをとりあげた。

日本株への期待が「不信感」へと様変わりした

5日の日本株急落は、米国株をはじめ世界的な株価下落を引き起こした。2024年7月初旬までの日本株市場の大幅高は、リスク資産に対する市場の「熱量」を示す1つのバロメーターなので、日本株市場の変調に対して金融市場が身構えたのは当然だった。

株価下落を後押しした要因として、いわゆる「円キャリートレードの巻き戻し」が円高を招いた、と経済メディアなどで解説されている。実際には、定義が曖昧な「円キャリートレード」が円安を後押ししたかは不明である。そもそも、購買力平価対比で大きく円安が進んでいたのだから、1ドル=160円台の円安はいつ修正されてもおかしくなかった、というのが実情だろう。

8月5日がいったんの大底になり、その後日本株市場は反発、ドル円相場も1ドル=141円台からは円安方向に動いている。ただ、日米株価の年初と比べた上昇率(8月20日)をみると、TOPIX(東証株価指数)は約12%と、米国株(S&P500種指数:約18%)をかなり下回っている。2024年初から世界の株式市場をリードしてきた日本株への期待はしぼみ、世界中の投資家が日本株市場に対して不信感を抱く状況に様変わりした。

前出の記事でも述べたとおり、植田日銀総裁の発言をきっかけに、「日本経済にとって最悪のシナリオ」が意識されたことが、日本株急落と大幅な円安修正を引き起こした。日本の通貨当局による円高誘導政策が始まり、日銀が時期尚早な利上げを進める可能性が高まった。

日本の脱デフレへの試みが再び失敗して悪夢が訪れかねない懸念が台頭したのだから、株式市場がこうした反応を示すのは極めて合理的だ。

8月7日の内田真一・日銀副総裁の講演における「金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」との発言が、植田総裁の「利上げへの前のめり姿勢」とは異なると解釈され、日本株の反発をもたらす材料になったが、これは株価が金融危機時と同様の急落となったことを踏まえれば「至極当たり前」の発言である。内田副総裁の発言を吟味すれば、同氏の利上げへの道筋に関する見解は、植田総裁とほぼ同じだと筆者は考えている。

日銀の性急な金融引き締めリスクが高まっている

日本経済はほぼゼロ成長が続いている中で、インフレと賃金の好循環が止まっており、かつ需給ギャップがマイナスの領域にあるのだから、「金融引き締めをしすぎるリスク」に配慮しながら利上げは慎重に行うべきだ。

ただ、植田総裁だけでなく日銀審議委員の多くは「中立金利の下限である1%の政策金利を目指して、淡々と利上げしていく」と考えているようである。このまま金融市場が落ち着けば、日銀は10月の金融政策決定会合(30~31日)にも追加利上げを行い、結果的に性急な引き締めとなるのではないか。

さらに、岸田政権の退陣が、日銀による性急な利上げを後押しするリスクがある。8月14日、岸田首相は9月27日に行われる自民党総裁選挙に出馬しないと表明した。

こうした展開は十分想定されたことであり、サプライズではない。ただ、後継総裁の候補者と目される人たちのマクロ安定化政策に関する言及を踏まえると、2%インフレ安定と日本の経済成長を高めることの政策順位は高くないようにみえる。このため、通貨当局による円高容認政策は強まり、日銀が性急な利上げを続ける可能性はより高まりそうである。

ここで簡単に、2021年10月からの岸田政権の経済政策について振り返ろう。政権発足前には「新しい資本主義」を標榜して、所得分配強化や資産課税強化を考えていたとみられ、金融市場の岸田政権に対する警戒感は強かった。

実際には、金融資産増税は行われず、「新しい資本主義」は政治フレーズの側面が大きかったということだろう。また、「アベノミクスの転換」を岸田首相は考えていたようだが、経済成長を重視する政策を続ける必要性を官邸のブレーンなどが理解していたようにみえる。

次期首相も同じ轍を踏めば日本株の上昇は危ういものに

9月に終わりを告げることになった岸田政権期においては、コロナ禍からの正常化が徐々に進んだので、経済成長が高まる幸運な状況だった。

また、日銀の金融緩和によって大幅な円安が進むという、かなりの追い風が吹いていた。ただ「株高なのに円安の恩恵が広がらないのはなぜか」(2024年7月26日配信)で述べたように、家計部門に対する減税政策などがきわめて不十分で、開始時期も遅れたため、個人消費の停滞が続いた。この間、好調だったアメリカ経済と比べると日本の経済成長率はかなり見劣りした。

また、金融市場の観点でみると、円安の追い風が吹いたことが最大の要因だが、日経平均株価など主要株価指数は史上最高値を2024年3月、同7月に更新しており、この点ではパフォーマンスはかなり良かったと言える。東京証券取引所などが進めるガバナンス強化などの方針を許容、さらには新NISA(少額投資非課税制度)の創設で株式などの投資に対する税制優遇措置を拡大したことなどが株高を後押しした。

次の首相を決める自民党総裁選挙がどのような結末になるかは、このコラム執筆現時点(8月21日時点)ではわからない。現時点では個々の発言を論評することは控えたいが、有力候補とされる政治家のマクロ安定化政策に対する考え方は、根拠薄弱でかつ危ういものが散見されると筆者は警戒している。

岸田首相が国民からの支持を得ることができずに退陣に至ったのは、マクロ安定化政策が不十分だったことが大きな要因である。そして、冒頭で述べたように8月初旬の日本株急落の背景には合理的な理由がある。これらを理解できる政治家が次の首相とならなければ、日本株の上昇率は米国株を下回り続けるだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)

ジャンルで探す