「俺のも頼むよ」次々声がかかるビジネスの始め方

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プロのミュージシャンとして生計を立てていた著者は、なぜビジネスを始めたのでしょうか(写真:Ushico/PIXTA)
どうしてあの事業はあそこまで大きくなったのだろう、と考えたことはないだろうか? 大きくなる事業と、そうでない事業の違いはどこにあるのか?
1990年代末にオンラインCDショップ「CDベイビー」を立ち上げて大成功を収めた起業家であり、TED動画「社会運動はどうやって起こすか」のプレゼンターとしても有名になったミュージシャン、デレク・シヴァーズ。
彼が11日間で一気に書き上げたという著書『エニシング・ユー・ウォント:すぐれたビジネスはシンプルに表せる』から、CDベイビーが立ち上がる瞬間の話を紹介しよう。

なぜミュージシャンが起業することになったのか

物語は1997年に始まる。僕は27歳のプロのミュージシャンで、音楽の仕事だけで生計を立てていた。

エニシング・ユー・ウォント: すぐれたビジネスはシンプルに表せる

アメリカやヨーロッパで多くのライブを行い、他のミュージシャンのレコードをプロデュースし、スタジオミュージシャンとしても働き、小さなレコーディング・スタジオを経営していた。

とあるサーカスのミュージシャン兼司会者でもあった。

銀行口座にはいつもたいした額はなかったけれど、空になることはなかった。ニューヨーク州のウッドストックに家も買った。それくらいのお金は稼げていた。

僕はまさに、ミュージシャンにとっての夢の人生を生きていた。

自分の曲をCDにして、コンサート会場で販売した。通算で1500枚売れた。

ネットでも売りたかったけど、当時は、インディーズの楽曲をオンラインで販売してくれる業者は皆無だった。本当に一社もなかった。

大手のオンラインのレコード・ストアに電話しても、答えはどこも同じ。

「オンライン・ストアでCDを売りたいのなら、大手の流通業者(ディストリビューター)を通すこと」

自分のCDを売りたかっただけ

音楽の流通ビジネスはとにかく厄介な世界だ。流通の契約を結ぶのは、レコード制作の契約を結ぶのと同じくらい難しい。

流通業者は、販売用に何千枚ものCDを受け取るが、その対価の支払いは、ようやく1年後になってから。

潤沢な資金のある大手のレコード会社は、プロモーション用の高額な広告枠を買える。でもそうでない弱小会社は、ひどい扱いを受ける。最初の数カ月の売れ行きが悪ければ、システムから叩き出されてしまう。

流通業者が極悪非道なことをしていたというわけではない。ただ、とにかく業界全体の仕組みがひどかったのだ。

僕は、そんな業界のシステムに関わりたくなかった。だから、大手のオンライン・レコード・ストアから門前払いを食らったとき、とっさにこう考えた。

「上等じゃないか。自分のオンライン・ストアを立ち上げてやる。大したことはないはずだ」

だがそれは、実際にはとてつもなく大変だった。

1997年当時、オンラインの決済サービスを提供するペイパルはまだ存在していなかった。

だから、まずはカード決済を可能にするために、クレジットカードのマーチャント・アカウントを取得しなければならなかった。

それには設定料として1000ドルが必要で、事務手続きに3カ月もかかった。

僕がまともなビジネスをしているかどうかを確認するために、銀行から担当者がわざわざやって来たくらいだ。

それから、ウェブサイト上に表示されるショッピングカートのつくり方も学ばなければならなかった。

プログラミングについてはずぶの素人だったので、本を見て、そこに書いてあるコードをコピーしながら、見よう見まねで試行錯誤を重ねていった。

そして、ついにウェブサイトに「Buy Now(今すぐ購入)」ボタンが表示された! 

1997年当時、それは大きな出来事だった。

ミュージシャン仲間に「Buy Now」ボタンのことを話すと、ある友人から、「俺のCDも売ってくれないか?」と頼まれた。

僕は少しだけ考えて、「いいよ、問題ない」と答えた。

そして僕のバンドのウェブサイトに、彼のCDを販売するためのページをつくった。作業には2時間ほどかかった。

ほどなくして、別の友人2人からもCDを売ってほしいと頼まれた。さらに、知らない人からも電話がかかってくるようになった。

「友達のデイブから聞いたんだけど、君のウェブサイトで俺のCDを売ってくれるんだって?」というふうに。

電話とメールがひっきりなしに来るようになった。僕は無償で、全員のためにCD販売用のページをつくってあげた。

ミュージック界のオンラインのリーダーだった2人が、メーリングリストで僕のウェブサイトのことを紹介してくれた(「Gajoob」のブライアン・ベーカーと、デビッド・フーパーだ。ありがとう!)。

おかげで、さらに50人のミュージシャンから依頼があった。

夢の流通契約を書き出してみた

でも、これはもともと、何人かの友人のために好意でしていたことのはずだった。

こうして、友人たちのCDを売るのを手伝うための作業に、かなりの時間が必要になってきた。そして僕は、図らずも自分がビジネスを始めてしまったことに気づいた。

でも、ビジネスなんてしたくはなかった!

僕はすでに、フルタイムのミュージシャンとして生計を立てるという、夢に描いてきた生活を送っていたのだから。その邪魔になるようなことはしたくなかった。

そこで、非現実的なほど理想的なやり方をすれば、ビジネスが大きくなりすぎることはないだろうと考えた。ビジネスを大きくしたくはなかった。小さいままでいいと思っていた。

僕はミュージシャンの視点に立って「夢の流通契約」を考え、書き出してみた。そのユートピアのような完璧な世界では、流通業者は以下を叶えてくれる。

1 毎週、支払いをしてくれる。

2 自分のCDを買ってくれた顧客全員の氏名と住所を教えてくれる(それはミュージシャンのファンであって、流通業者のファンではない)。

3 CDが売れなくても、システムから追い出されない(5年に1枚しか売れなくても、売り続けてくれる)。

4 ウェブサイト上で有料の優先表示はしない(資金の余裕がない人に不公平だから)。

以上!

これが僕の使命になった。僕はそれをとても気に入った。これは意義のある趣味になるだろう。

僕はそれを「CDベイビー(CDBaby)」と名付け、友人たちのCDをこのウェブサイトを通じて売り始めた。

(デレク・シヴァーズ : CDベイビー創業者、ミュージシャン)

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