3年ぶりに復活した「黒字化目標」が意味するもの

(写真:タカス / PIXTA)

6月21日に、「骨太方針2024」が閣議決定された。その副題は、「賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現」である。岸田文雄内閣の政策で実現したい思いを込めたのだろう。

「骨太方針2024」での最大注目点の1つは、2025年度の財政健全化目標である。

2025年度の基礎的財政収支(PB)の黒字化は、2021年6月に閣議決定された「骨太方針2021」で、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化と、債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す財政健全化目標を設定する」と明記されていた。これは、菅義偉内閣のときのことだった。

「経済あっての財政」が取って代わった

ところが、2021年10月に岸田内閣が発足して以降、2022年6月の「骨太方針2022」と、2023年6月の「骨太方針2023」では、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化」という文言はなくなった。

代わりに出てきたのが、「財政健全化の『旗』を下ろさず、これまでの目標に取り組む」であり、「経済あっての財政」であった。「経済あっての財政」の含意は、現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢が歪められてはならない、ということである。

岸田首相が、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化」という文言を忌み嫌って削除して、「経済あっての財政」とその含意を率先して実践する、というスタンスだったかというと、そうではなかろう。ただ、昨年と一昨年の骨太方針は現にそうだった。むしろそれを率先して主張していたのは、与党内の積極財政派だったといってよい。

財政健全化派も、「骨太方針2021」に明記されて否定されていない以上、骨太方針に「これまでの目標」とか「現行の目標年度」とかと記されていれば、言わずもがなだとして、それ以上は目くじらを立てなかった。

では、「骨太方針2024」ではどうだったか。「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化」は復活した。2025年度の基礎的財政収支黒字化目標は生きていた。

ただ、「経済あっての財政であり、現行の目標年度を含むこれらの目標により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢が歪められてはならない」とも記されている。両方の主張を引き続き維持するというスタンスに、大きな変更はないとみるべきだろう。

とはいえ、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化を目指す」という文言で復活した。目標年度が目前に迫っており、明記しなければ、「これまでの目標」ではあれども、本気で達成する気がないと思われても仕方がない。

2025年以降も黒字継続を目指す

「骨太方針2024」では、「緊急経済対策の執行による振れを伴いつつも、中長期の経済財政に関する試算で示された成長実現ケースの下、歳出改革努力の継続を前提として、2025年度の黒字化が視野に入る状況にある」という認識も合わせて示しており、達成を目指すからには、歳出改革努力を継続することは必須である。

加えて、2026年度以降の財政運営についても暗に示唆する記述もある。

「その取組の進捗・成果を後戻りさせることなく、債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指し、経済再生と財政健全化を両立させる歩みを更に前進させる」

ここでの「その取組」は、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化を目指す」ことである。「進捗・成果を後戻りさせることなく」ということは、PBがいったん黒字になったからといって、再び赤字に戻ってしまって黒字には戻らない、とならないようにする、ということが示唆される。

確かに、「債務残高対GDP比の安定的な引下げ」が究極的な財政健全化の目標である。これ自体を破棄すれば、日本政府は国債をまともに返済しようとする気がないということを、世界に高らかに宣言するも同然である。

ただ、「債務残高対GDP比の安定的な引下げ」をどう実現するかが、今後の論議の的となろう。この比率の分母であるGDPを大きく増やせば、債務残高対GDP比は低下しうる。

しかし、人口が高齢化して減少する中で、1人当たりGDPではなく、GDPそのものを大きく増やすには、付加価値向上のために相当な努力が必要となる。そうした今後の日本経済において、「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」を実現するには、GDPを着実に増やすための官民挙げた努力はもちろんだが、債務残高そのものをできるだけ増やさないようにする努力もなされなければならない。

債務残高そのものをできるだけ増やさないようにするということは、基礎的財政収支の黒字を長年にわたり維持することに他ならない。これが、「進捗・成果を後戻りさせることなく」という文言が暗示する財政運営である。

「増税は不可避」とは限らない

では、基礎的財政収支の黒字を長年にわたり維持するには、増税が不可避なのだろうか。

21世紀に入ってから基礎的財政収支は一度も黒字になったことがないわが国において、基礎的財政収支の黒字を長年にわたり維持するなどといえば、増税なしには実現できるはずがない、という先入観はあるだろう。

しかし、東洋経済オンラインの拙稿「2060年の財政を『持続可能』にする増税以外のカギ 内閣府の長期試算が示す条件付きの未来予想図」で述べたように、4月に内閣府が公表した2060年までの経済・財政・社会保障の長期試算によると、2030年代以降もずっと平均的に実質成長率を1%超で維持し、医療と介護の改革が着実に進めば、大規模な増税をしなくても、基礎的財政収支の黒字を長年にわたり維持できて、債務残高対GDP比が安定的に低下してゆくことが示されている。

もちろん、2030年代以降もずっと平均的に実質成長率を1%超で維持するには、内閣府の長期試算でも認めているように、技術進歩と労働参加が促され、やや高めの出生率が実現しなければならない。これらの条件が満たされてはじめて、1%超の実質成長率が実現する。

加えて、医療と介護の改革も着実に進めなければ、税収等の伸びを超えて財政支出が増えてゆくことになるから、これらの改革も必須である。

それで初めて、増税はしなくても、債務残高対GDP比が安定的に低下してゆく。

増税を避けに避け続けるべく、技術進歩と労働参加の促進、出生率の上昇、医療と介護の改革を、果断に進めるか。それとも、医療と介護の給付が増えることを容認する代わりに、多少の増税は甘受するか。国民が総意としてどのような選択をするかが問われている。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)

ジャンルで探す