ライオンズが整形外科クリニックを開院した事情

ライオンズ整形外科クリニック(写真:埼玉西武ライオンズ)

プロ野球を永年観戦していて痛感するのは、選手にとって本当に重要なのは「投打で活躍する」以前に「試合に元気に出続けることだ」ということだ。絶好調の選手が、試合中のアクシデントで突然登録抹消されて戦線離脱するのを数多く見てきた。

大相撲には「三しない力士は出世する」という言葉がある。「ケガしない」「病気しない」「気にしない」力士が出世するということだが、野球選手も同様だ。大谷翔平がここまで上り詰めたのも、2度の右ひじの手術以外には、ほとんど「ケガしない」からでもある。

プロ野球の本拠地球場では、選手のケガ、アクシデントに対応するため医務室が設けられ、試合時には医師や看護師、理学療法士が常駐している。ケガをした選手は、ここで応急処置を受ける。ケガの状態によっては病院に搬送されることもある。しかし医務室レベルでは、ケガの程度がすぐにはわからないこともあるし、球場から病院までの搬送に時間がかかることもある。

本拠地ベルーナドーム近くに開院

埼玉西武ライオンズは今年4月、本拠地ベルーナドームの道向かいに「ライオンズ整形外科クリニック」を開院し報道陣に公開した。

1階の受付(写真:筆者撮影)

ライオンズは、前年から学校法人帝京大学とスポーツ医科学サポートに関するパートナーシップ協定を締結したが、この取り組みをさらに推し進め、本拠地にクリニックを開院することで、迅速かつ手厚い対応を可能にしたのだ。

運営は、一般社団法人ARMSが担当、ライオンズは商標使用権や建設用地を貸与するという形になっている。

クリニックの診療科目は、整形外科とリハビリテーション科の2つ。両科ともに、プロ野球選手だけでなく近隣に住む一般住民も利用することができる。

1階には待合室やMRIや、一般エックス線検査装置、体外衝撃波装置などさまざまな医療機器を設置した診療室を完備、主として医師による診察を受けることができる。

そしてユニークなのが2階。すべてリハビリスペースになっている。木目調の床が一般のリハビリスペース、黒い床の部分がアスリートリハビリスペースときっちり分けられているのも特徴だ。1階、2階ともにアスリートだけでなく、一般の利用者もこのスペースを利用できる。

ケガからの回復をデータによって計測

報道陣向けの内見会には源田壮亮、増田達至などの主力選手も姿を見せた。

2階のアスリートリハビリスペースで、源田は「フォースプレート」という計測機器を使っていた。これは床に埋め込んだ圧力センサーと2台のカメラで撮影した映像を組み合わせることで選手のパフォーマンスを計測するというものだ。ジャンプをしたり、バットを振ることでさまざまな動きの動作解析ができる。

フォースプレートを試す源田壮亮(写真:筆者撮影)

また増田は、下半身の筋力、スピード、パワーなどを計測できる「レッグプレス」という機器を使っていた。

こうした機器は、ケガからの回復途上にある選手が、どの程度回復しているかをオンタイムで、データによって計測できる。また、ケガ、故障をしていない選手でも、データを計測して自身のパフォーマンスをチェックすることができる。

この施設は、選手のフィジカル面を幅広くサポートする「バックヤード」でもあるのだろう。

源田壮亮は「ここを利用する機会がないことが一番いいことだと思いますが、こういう環境ができたので、選手にとっては、より思い切ってプレーできますし、すごく安心感が増しました。最先端の機器は、トレーニングにも活用できるところは活用したいです」と語った。

球団担当者は、この施設の意義を次のように説明する。

膝のエコー検査(写真:筆者撮影)

「昨年から帝京大学スポーツ医科学センター所属のドクターや理学療法士などの一流の医療スタッフが、選手の診断からリハビリトレーニングの復帰、ケガの予防まで一貫したプログラムでサポートする体制が実現したのですが、今年はさらにクリニックを球場が見える隣接した場所に構えました。

これまでは試合中などにケガが発生した場合、都内の病院に選手たちを搬送していましたが、今年からは程度によってはこのクリニックで診察、処置をすることが可能になります。また、ケガの状態をこのクリニックで診断機材を使って知ることができるので、病院に搬送するにしても的確な判断ができます。

診療時間は設定していますが、ベルーナドームで主催試合がある日は、選手たちは診療時間などにかかわらず診察や検査を受けられるような体制を敷きます」

ビジターチームの選手も利用できる

「すぐにドクターに見てもらえる環境が整うことは、選手にとってかなり心強いサポートになるのではと考えています。もちろんビジターチームの選手でも必要があればクリニックを利用することが可能です。

スポーツ医療では、診断治療からその後のリハビリトレーニングという各プロセスにおいて、競技に復帰するための必要な方針などが情報共有されず、適切な治療が受けられなかったり、治療に長い時間がかかったりしてしまうという課題があるとされます。

このクリニックでは、ドクターによる診断、治療から競技や生活の復帰に向けたリハビリやトレーニング、さらにそこからの予防も同じ施設内でサポートできるというのが大きな特色です」

さらに、2番目の意義として「地域医療への貢献」があるという。

「埼玉西武ライオンズを支えるチームドクターや理学療法士がプロスポーツの現場で培った多くの知見や経験をプロのアスリートだけでなく地域の皆様へも提供することで、地域医療にも貢献できると考えています。

スポーツ界ではケガが原因で競技への復帰を断念したり、無理をしてさらに体を痛めてしまうような事例が見られます。特にお子さんの成長期に、まだ身体が出来上がっていないタイミングで無理な形でスポーツを続けると、その後の生活に影響が出ることもあります。そうした障害を防ぐことにも間接的に貢献できるのではないかと考えています」

クリニックの院長で、ライオンズのチームドクターの帝京大学医学部教授の増田裕也氏はこれまで整形外科の幅広い分野で研鑽を積んできたが、昨年からライオンズの選手を診るようになった。

増田裕也院長(写真:筆者撮影)

「一般の方と違って、アスリートはデマンド(要求)のレベルが高いのが特徴です。私は以前から大学のスポーツ選手は診ていたのですが、大学の場合、絶対勝たないといけない試合に向けて、故障した選手を治療して何とか試合に間に合わせる、みたいなケースが多かったのですが、プロ野球はかなり違います。

試合関連でのケガで一番多いのは肉離れ系ですが、復帰までどれくらいかかるかが大事で、10日間かかるよとなると、代わりの選手を上げなきゃいけなくなる。そうした判断を求められるのが大きな違いですね」

選手はケガや違和感の訴え方がうまい

「今回のクリニックを作るうえで要望したのは『動線を分ける』ことですね、選手が診察を待っている一般の患者さんと顔を合わせることなく、全部回れるようにしなければいけないと考えました。それからできるだけ良い機材をそろえるということです。これまでは診断のために遠くまで行って画像を撮るようなこともあったのですが、診断までならここで全部できるようにしようと思っています。

昨年、選手を診断して感じたのは、選手はケガや故障をした部位の傷み、違和感の訴え方がうまいということですね。一般患者なら、患部の痛みが取れたら、ああ、これでいいやと帰ることが多いんです。なかにはまた痛みを訴えてくる人がいるんですが、選手は、痛みがないだけでなく次の日に思い切りプレーできないといけない。ちょっと動いてもらうと、あ、こっちは良くなったけど、こっちに張りがでてきましたとか、細かな指摘が出てきます。またケガをしたときに選手のほうから『この前と同じ箇所をやった感じです』などと言ってくれます。選手たちは日々やはり必死ですから、フィードバックのレベルも違ってきます。

一般の患者さんと選手を両方診させてもらえるというのは、経験値を高めるうえですごいメリットがあると思います。若い医師が伸びる環境ができたのではないかと思いますね。

またリハビリテーションの部分では、PT(理学療法士)さんが常駐しています。PTさんも昨年からライオンズを担当していただいたので、お互いの情報交換をしています。医師に診せるまでではないけど、調子がよくない選手の予防的な処置をした、などの知見もさらに集まってくればよいと思います」

このコラムでも紹介してきたが、埼玉西武ライオンズは埼玉県下で、少年野球のアカデミーを主宰している。また、小学校低学年の子供たちのスポーツ教室なども実施している。

こうした子供たちをはじめ野球少年にとって、深刻な問題になっている「野球肘」などの「野球障害」を診る「野球肘検診」なども実施する予定があるという。

整形外科の主たる患者は、スポーツ選手と、運動機能が低下したお年寄りだ。アスリートで蓄えた知見が、地域のお年寄りの健康維持、増進にも活用されるという部分の期待も高まる。

長いスパンで将来を見据えた「投資」

野球チームとしての埼玉西武ライオンズは毎年のペナントレースで結果を出すべく奮闘している。今季は不振で、巻き返しを図る途上ではあるが、企業としての西武ライオンズは、はるかに長いスパンで将来を見据えて「投資」をしている。

そして地域住民へのフィードバックも通じて広範な「支持、支援」を得ようとしている。これが今のNPB球団の姿なのだ、との思いを強くした。

(広尾 晃 : ライター)

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