日本の主権を侵害する香港当局を政府は許すのか

2021年12月9日に六四天安門事件の追悼集会に参加したことで無許可集会の扇動・参加の罪に問われ、有罪判決を受けた黎智英氏。現在、香港国家安全維持法違反容疑の公判中で、日本の元国会議員も「共謀」したと香港当局から主張されている(写真・2021 Bloomberg Finance LP)

2019年6月の香港の大規模デモから5年を迎えたのをきっかけに、香港国家安全維持法(国安法)の施行を受けて海外にバラバラに逃れた香港の若き民主化運動の担い手たちが2024年6月、東京に集結した。

今回、香港の民主主義回復を目指す初の「日本香港民主主義サミット」が17日に東京都国立市の一橋大学で開かれた。また、同月20日には東京都千代田区の衆議院第1議員会館と日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見が開かれた。国安法違反容疑で懸賞金付きで指名手配されているイギリス在住の香港人活動家2人も遠路はるばる参加した。

今回の東京での議論では、香港の民主化を支援する際における日本の問題点が浮き彫りになった。その主なポイントを3つ挙げたい。

人権意識が低すぎる日本

まず日本社会が依然、欧米に比べて人権意識に乏しく、香港での人権弾圧や人権侵害についての関心も低いことだ。東アジアをはじめ、世界で「自由と民主主義」が脅かされる現状にも十分な危機感を抱いているとは言いがたい。

東京大学大学院総合文化研究科の阿古智子教授は日本香港民主主義サミットで、日本と香港の地政学的な位置づけや日本が第2次世界大戦中に香港を占領した歴史に言及し、香港問題を他人事ではなく自分事として捉えなければならない重要性を次のように説いた。

「これは人類のヒューマニティー(人間性)をどうやって維持していくのかの戦い。ここで私たちが勝たなければ非常に厳しい世界の秩序が作られていく。自由と民主主義を重視する私たちにとっては苦しい状況に陥ってしまう。表現したくても表現できない。これがおかしいと思っていても、そういう問題に対応できない中で圧力をかけられていく時代に入っていく。その危機感を日本の政治家や学者は認識しているのか。私も学会に所属しているが、まだまだ不足していると思う。今回のようなサミットを通してもっと発信していかなくてはいけない」

1997年のイギリスから中国への香港返還の際、中国の江沢民国家主席は「1国2制度の50年間不変」を国際公約し、香港の「高度な自治」を約束した。

西側社会からすれば、香港は、権威主義を強める中国共産党政権に対する民主主義の砦となるはずだった。しかし、2020年に施行された国安法によって、それがなし崩し的に葬り去られた。

一橋大学での同サミットでは、「今日の香港、明日の台湾」との言葉で香港民主化支援の必要性を訴える意見も出ていた。日本社会に「民主主義の砦」を守るとの危機感が十分にあるだろうか。

次に、国家分裂や政権転覆などの行為を処罰する「国安法」とスパイ行為など国家の安全を脅かす行為を取り締まる「国家安全条例」の施行で、海外にちりぢりになって逃げた香港の民主活動家を「政治亡命者」として、日本政府がどれほど受け入れてきたかだ。答えはゼロだ。

消極的な政治亡命者の受け入れ

香港での政治的弾圧から逃れるために、欧米では難民申請を行う香港人の数がぐっと増えているにもかかわらず、日本では香港からの難民申請者がいない。

6月20日、衆議院第1議員会館で記者会見した内外の香港民主活動家ら。右端が菅野(旧姓山尾)志桜里さん(写真・高橋浩祐)

なぜか。香港活動家のみならず、政治的な迫害を受けて困って逃げてくる人々への亡命支援に日本政府が昔も今も消極的だからだ。

その姿勢を問う最たる例となったのが、2023年9月に香港からカナダへ拠点を移した香港の元民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)さんのケースだ。留学の形を取ってはいるが、香港に帰国すれば即座に逮捕されるため、事実上の亡命とみられている。

周さんは日本メディアにもひんぱんに出演し、「オタク」を自称するほどの大の日本好きで、日本語も独学でマスターした。彼女はなぜ日本ではなく、カナダを亡命先に選んだのか。

周さんは2023年12月5日付の産経新聞のインタビューで、「日本での留学は考えなかったか」と問われ、次のように答えている。

「純粋に大学の評判や何を勉強するのかを考えて選んだ。『外国で勉強するのなら英語圏で』とも思っていた。現在、学生ビザで滞在しているが、外国にいても身の安全がとても不安。大学名や専門分野を公表していないのもそのためだ。今は大学院の勉強に集中したい」

周さんがカナダを選んだ理由について、阿古教授は同サミットで「彼女はよくわかっていると思う。日本に来ても政治亡命者として扱われるのは難しい。彼女は日本で非常によく知られているから日本政府も中国を刺激したくないというところもあると思う」と述べた。

香港の民主化を目指す「香港民主女神(Lady Liberty HK)」代表の李伊東(アリック・リー)さんは6月20日のFCCJでの会見で、イギリスが1997年まで香港を統治していた歴史的経緯もあり、迫害された香港の人々がイギリスに定住するための最も支援的なプログラムを有し、次いでアメリカが続くと説明した。

日本については、多くの香港人が広東語と英語を話すことから、言葉や文化の壁が大きいと指摘し、将来に向けては香港人が地域コミュニティーに溶け込めるような再定住計画を発展させてほしいと要望した。

そして、そうすることで、圧政下の香港社会にいる専門的な企業人をもっと日本に招き入れることができると訴えた。

そのような状況下でも、阿古教授は、中国や香港の知識人や言論人の東京大学への受け入れで尽力してきた。

受け入れ体制の整備が必要

阿古教授は6月20日の記者会見で、その受け入れのための資金源がアメリカの団体であることを明らかにした。

そして「本来であれば、日本もそうした知識人や言論人を受け入れるための資金を確保すべきだし、香港の方々を難民として受け入れる体制も整えるべきだ」と指摘する。

「日本は移民や難民の問題をもっと根底からしっかり捉えていかなければいけない。そのためには人権をもっと普遍的な観点から捉えるべきで、政治や外交のその時々の利益で振り回されていけはいけない」と訴えた。

阿古教授は、香港民主派の元立法会議員で東大博士課程に在学中だった區諾軒(アウ・ノックヒン)さんが2021年1月に香港帰国後に、国安法違反容疑で逮捕されたケースも紹介した。

區さんは東京大学大学院博士課程にそのまま在籍することもできたものの、香港にいる妻が日本に来ることができなかったため、香港に帰国し、逮捕された。

阿古教授は「もし日本政府が區さんの奥さんを早く日本に来させることができていたならば、區さんは香港に帰っていなかったかもしれない」と無念さを募らせた。

日本では自民党保守派を中心に、ウイグルやチベットなどでの中国の人権弾圧を追及する議員が多い。それほど人権を重要視するならば、故郷を追われるように逃亡している香港活動家らの日本への移民や定住化に向けた受け入れ体制を、欧米並みにしっかりと法的に整えるべきではないのか。

中国の人権問題を、たんなる中国叩きに使っていないか。日本はもっと亡命支援活動や人権救済の動きに積極的になるべきだろう。

主権擁護の意識の低さ

3つ目のポイントは、日本の自らの主権擁護の危機管理意識の低さだ。
中国政府に批判的な香港紙として知られた蘋果日報(アップルデイリー)の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏の香港国安法をめぐる裁判で、共謀者の1人として元衆議院議員で弁護士の菅野志桜里(しおり)さん(議員時代は山尾姓)が香港当局から名指しされた。

しかし、菅野さんは黎氏とは面識が一切なく、SNS でコンタクトを取ったこともないと共謀を真っ向から否定している。

しかし香港検察は、菅野さんが国会議員当時の2020年、黎氏側の指示を受けた香港民主活動家である李宇軒(りうけん)氏と接触し、人権侵害を行った外国人や組織に対する入国制限や経済的制裁を定めた法律「マグニツキー法」の日本での制定についてイギリスの人権活動家らと謀議したとして、黎氏の共謀者と名指しした。

これに対し、菅野さんは「マグニツキー法を日本もきちんと制定しましょうという普通の国会議員の活動が国家安全維持法の共謀に当たるとされた。国会議員の言論活動が犯罪化されるのは『これではいかん』と日本の国会議員も日本の政府も深刻に受け止めた。ポイントは日本の国会議員の言論の自由だけではなく、日本の市民社会の言論の自由も同じ熱量で守ってもらわなければならない」と述べた。

国民民主党の玉木雄一郎代表は2024年4月18日の衆院本会議で岸田文雄首相に「日本の国会議員の正当な政治活動が他国で犯罪化されることは、国家主権、国民の自由の侵害で絶対に看過できない」として強く抗議するよう求めた。

これに対し、岸田首相は「香港当局に対して関心表明を行っている」と説明し、「わが国の国会議員の言論の自由が保護されるよう、毅然(きぜん)と対応していく」と述べたものの、主権侵害であるとの認識や抗議するとの考えを示さなかった。

菅野さんは「今夏以降に予想されるジミー・ライ氏の判決の際に、私の当時の国会活動が犯罪行為と認定されるようなことがあった場合、日本政府がどの程度しっかり堂々と『これは主権侵害であり、人権侵害である』と言うのか今迷っていると思う。なので、今、ここで私たちが声を上げておくというのがすごく大事ではないか」と述べた。

このほかにも、日本の大学に留学中の香港人女子学生が2023年3月、身分証明書を更新するために香港に一時戻った際、国安法違反の疑いで治安当局に逮捕された。日本留学中にSNSの「フェイスブック」に香港の学生デモを支援するスローガンを転載した。

香港当局の行き過ぎた主権侵害

その中に「香港独立は唯一の道」という文言があり、香港当局が問題視した。香港の裁判所は女性に禁錮2カ月の実刑判決を言い渡した。SNS投稿という香港域外でのちょっとした言動が国安法違反に問われた初のケースとみられ、海外在住の香港人に大きな衝撃を与えた。

はたして香港当局が公然と日本での言論の自由を侵害し、封殺していいのだろうか。日本政府は本来、自国の主権擁護の意識を持っていて、香港当局に制裁などを科すことを辞さない強い態度を示すべきではなかったか。

言論の自由や表現の自由という大事な主権が侵害されているという危機管理意識が政治家にも官僚にも足りていないのではないか。

(高橋 浩祐 : 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員)

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