今こそ日本とイギリスが関係強化すべき3つの理由

2021年9月、神奈川県横須賀市のアメリカ海軍基地に停泊するイギリス海軍の空母HMSクイーン・エリザベス。日本との防衛・安全保障関係強化のために話し合った(写真・ 2021 Bloomberg Finance LP)

2024年4月の岸田文雄首相のアメリカ訪問は、日本のメディアよりもむしろ、アメリカのメディアにおいて大きく報じられた。ワシントン・ポストは「Japan may be the U.S.’s most important ally (日本はアメリカの最も重要な軍事同盟国と言える)」とポジティブに報じた。

こうした報道で必ず言及されるのは、中国の南シナ海や台湾海域での威圧的な行動、そして、2022年末に明言された日本の防衛費増大計画である。アメリカにとって、さらなる中国との対立を考えたとき、日本の存在は極めて重要となってきたということだろう。

「もしトラ」へのリスクにどう備えるか

一方、アメリカでは、トランプ前大統領がニューヨーク州の裁判所で有罪判決を受けた。しかし、トランプの支持層は、こうした結果に動揺することなく、「控訴すれば結論は変わる」くらいにしか思っていないようだ。

判決後に行われた調査会社モーニング・コンサルトの世論調査では、バイデン大統領支持率が43%に対して、トランプ支持率は44%とバイデン大統領を1ポイントリードした。「トランプ2.0」への備えを怠ることはできない。

トランプの政策としてはっきりしているのは、バイデン大統領が成果を上げたことに対して否定をすることである。前回の就任時も「パリ協定」から即日離脱し、世界に背を向けた。TPP(環太平洋パートナーシップ)協定からの離脱も同様である。

バイデン政権は、EUや日本という同盟国との連携を重要視することで成果を上げてきたが、これらも順次否定するだろう。すなわち、アメリカの問題は、分断化された国内の対立構造が極端化し、結果として国際社会から乖離していくということだ。この構造は、トランプがいなくなっても変わらない。

こうしたリスクに対して、日本はどう対応すべきか。筆者は、イギリスとの関係強化を図ることが1つの方策だと考える。イギリスと日本は国際社会での立ち位置において共通点が多く、日本にとって将来極めて重要なパートナーになる。

それはなぜか。日本とイギリスが同盟レベルにまで関係性を強化すべき3つの理由について、歴史を振り返りながら述べたい。

まず1つは、両国とも「海洋国家」という共通性にある。日本については、その外交のキーワードである「自由で開かれたインド太平洋(FOIP、Free and Open Indo-Pacific)」が示すように、インド太平洋地域が安全保障と経済の生命線となっている。

インド太平洋地域は、世界経済の牽引役を担っているが、一方、台湾問題や東シナ海、南シナ海で中国が強硬な海洋進出を行っている問題、北朝鮮問題などがあり、地政学的には極めて不安定な地域である。

歴史からみたインド太平洋は重要

実はイギリスにとっても、インド太平洋は極めて重要な地域である。17世紀までは、オランダが海洋貿易を支配していたが、18世紀に入るとイギリスが取って代わる。

フランスとの七年戦争(アメリカ大陸ではフレンチ=インディアン戦争、1756~1763年)での勝利、ベンガル州・フランス連合軍とのプラッシーの戦い(1757年)での勝利により、イギリスはアメリカ大陸やインドでの権益を大きく拡大した。

また、ロンドンの金融機能による強い財政基盤が貿易と戦争を支え、18世紀には海洋貿易の覇権は、オランダからイギリスに移った。

1770年代には、新大陸(南北アメリカ)とアジアとの貿易額が、ヨーロッパ諸国との貿易額を上回り、過半を占め、欧州からの離脱はこのときにも起きている。すなわち、当時のイギリスにとって、インド太平洋地域は経済の生命線であったということだ。

その後、インドから中国、当時の清にアヘンを輸出し、中国から紅茶を輸入するという三角貿易で巨額の利益を上げた。これが清とのアヘン戦争(1840~1842年)へ発展し、そして香港の英植民地化へと繋がっていったことは、よく知られている。

そして2024年、イギリスは再びインド太平洋に帰ってくる。CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加盟だ。

イギリスは、2016年の国民投票でEUから離脱を決めた。当時ジョンソン首相は、「グローバル・ブリテン」を目指すと宣言している。

それに伴い、イギリス外務省が外交方針を策定し、インド太平洋地域に重点を置くことが明記された。イギリスは2021年にCPTPPへの加盟を申請。2024年後半にも各国の批准を終えて正式加盟となる。

コモンウェルスの存在

やはり、イギリスは海洋国家としての道を選んだということだ。イギリスは「コモンウェルス」(いわゆる「イギリス連邦」)と称するオーストラリアやインドなど旧イギリス領の国家が加盟する国家連合を持つ。

インド太平洋回帰は、これらとの関係強化を図る意図もある。いずれにせよ、この地域を最重視することは、日本と共有している。

2つ目の理由は、日本が、近代において「世界」や「民主主義」というものをイギリスから学び続けてきたという歴史にある。イギリスが日本に大きく影響を与えたのは、幕末から明治にかけての維新期である。

とくに、幕末の長州藩とイギリスとの関係は明治期に大きな影響を与えた。「長州ファイブ」として知られている伊藤博文や井上馨など幕末の長州藩イギリス留学組は、明治の国家体制を作るのにイギリスを参考にした。

伊藤は、岩倉具視を全権大使とする岩倉使節団の副使として、欧米を訪問したときもイギリスに滞在、また、大日本国憲法を作るための調査隊として欧州を歴訪(1882~1883年)したときもイギリスに長く滞在し、イギリスの国家体制をつぶさに研究している。

伊藤は、当初はドイツモデル、そして中長期的にはイギリス型の立憲君主制を目指したのであろうと思える。ところが、伊藤は、志半ばで中国東北部・ハルビンにて暗殺された。

その後、本格的に日本にイギリス型立憲君主制が導入されたのは、第2次世界大戦後のGHQ(連合軍総司令部)が中心になり制定した日本国憲法である。すなわち、天皇を象徴としイギリス流の「王は君臨すれども統治せず」が受け継がれた。

このように、近代の日本は、イギリスをモデルとして、技術や国家体制、民主主義の在り方など多くをイギリスから学んできたと言える。

インテリジェンスを日本は学ぶべき

そして今日、イギリスから学ぶべきことは世界を見る目、すなわち国際情勢分析力だ。歴史に「もし」という言葉はないが、日露戦争を勝利に導いた「日英同盟」が、もし続いていたら、日本が太平洋戦争の道を進むということはなかったであろう。

国家としてのインテリジェンス(情勢分析力)だけでなく、国民レベルでのインテリジェンスと判断能力が、戦前の日本においては明らかに欠けていた。民主主義国家としては、国民のインテリジェンスが国家の運命を決める。

3つ目の理由は、両国の「現代の国際社会における類似したポジション」である。どちらもG7国であり、またアメリカとの同盟国である。ストックホルム国際平和研究所によれば、防衛費ではイギリスは世界第6位、日本は10位とミドルパワーとしての防衛力を持つ。

しかし、日本が予定の防衛費を増額すれば3位に浮上するという試算もある(これは、各国の軍事費が現状のままであればという前提での試算なので、現実的ではない)。いずれにせよ、日本とイギリスが共同すれば、インド太平洋の安定性は大きく増す。

実は、両国の防衛面での協働はすでに始まっており、その代表例は、次期戦闘機の共同開発だ。イタリアを加えた3カ国で開発を行い、2035年に初号機を配備するという計画である。日本にとってアメリカ以外との共同開発は初めてのケースとなる。

戦闘機の共同開発のためには、お互いの防衛ニーズや技術情報もシェアすることになり、信頼関係がなければできない。

また2021年9月に、最新鋭のイギリスの空母クイーン・エリザベス号が、初の作戦航海として横須賀のアメリカ軍基地に寄港した。寄港地となるということは、空母の整備や航空機(F35B)の整備なども可能という信頼関係が必須である。

このように、日本とイギリスはすでに両国が最重要視しているインド太平洋地域の安全保障を強化すべく、「ミドルパワー」としての協力を始めている。

ミドルパワー間の協力

2023年5月のG7広島サミットでは、「強化された日英のグローバルな戦略的パートナーシップに関する広島アコード」が両首脳により締結された。ここでは、安全保障関連のほか、AI、半導体、クリーン・エネルギーなどでの経済連携についても約束されている。

とくにAIや半導体分野では、日本のソフトバンクが、イギリスの半導体大手アーム社の親会社であることから、連携が加速されると思える。

ここまで、日本がイギリスとの関係を同盟レベルまで強化すべき理由について、「両国とも海洋国家であり、インド太平洋地域を最重視」「日本は、国家体制や民主主義をイギリスから学んでおり相互に信頼感がある」「両国ともG7国かつ経済、防衛においてトップ5圏内で、共同すれば世界平和に貢献可能」の3つのファクターを述べた。

岸田首相の2024年4月のアメリカ議会での演説で、トランプ支持者も含めアメリカ共和党の日本への支持が高まったことは、素晴らしいことだが、もう1つの方策としてイギリスと共同し、アメリカに対して一定の発言力、及び牽制力も持つことも必要であろう。

さらに、中国に対しても、日本とイギリス、およびコモンウェルス諸国が連携すれば、牽制力を高めることができる。

岸田首相は5年間の外務大臣としての経験から、世界の要人とのパイプも太く、西側や途上国からの支持は高い。「トランプ2.0」への対応は、ゴルフクラブをプレゼントすることでなく、日本外交が行動しなければならないことは理解しているだろう。

(土井 正己 : クレアブ代表取締役社長、山形大学客員教授)

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