2025年、全都道府県で「最低賃金1000円」達成せよ
2024年の最低賃金を6%上げて、下限を950円にせよ
岸田政権は物価上昇を上回る賃上げを促進していますが、実質賃金はなかなかプラスに転じません。
2024年度は、大企業は5.58%(経団連)の引き上げ、中小企業は3.62%の引き上げ(商工会議所)を実施しています。もっとも大事な初任給は、大卒の引き上げが4.01%、高卒は4.71%の引き上げ(産労総合研究所)となっています。
政府が民間のさらなる賃上げに直接的に影響を与えられる次なる手段は、最低賃金です。したがって、今年8月の最低賃金の引き上げ幅は非常に重要です。
私は、2024年には最低賃金を6%上げ、さらに地方の最低賃金に下限を設け、それを950円にするべきだと考えています。
企業側は「そんな余裕がない」と言いますが、大企業、中堅企業、小規模事業者のいずれもが、1998年以降、特に第2次安倍政権以降、史上最高水準の利益を毎年更新しています。
企業には十分な支払い能力があります。
本来、政府は最低賃金の引き上げを決定する際、徹底的な企業分析を統計学者と経済学者に依頼し、商工会議所などにヒアリングを行い、エビデンスに基づいて決定するべきです。しかし、日本にはまだその制度がありません。労働者と経営者が力比べをしている、極めて低次元な制度となっています。
国際的に、日本の最低賃金はきわめて低い
第2次安倍政権以降、最低賃金は平均して2.7%引き上げられています。コロナ禍の2020年は1円だけの上昇でしたが、それを除けば、平均の引き上げ率は2.96%です。この間の平均インフレ率は1.11%なので、最低賃金の実質引き上げ率は1.85%となります。
2024年のインフレ率はIMFの予想で2.24%です。これに1.85%の実質引き上げ率を加えると、4%の引き上げ率となります。しかし、これでは不十分です。
日本の最低賃金は国際的に極端に低く、購買力調整をしても世界23位という低水準にあります。日本の最低賃金はハンガリーやルーマニアよりも低く、一流先進国とは思えない水準です。
さらに、日本の最低賃金は先進国の常識とされる「50%―60%ルール」よりかなり低いです。このルールは、最低賃金が労働者の年収の平均に対して50%、中央値に対して60%を超えるように設定するべきというものです。
EUではすでに法律化されていますが、日本はこの基準を大きく下回っています。したがって、全体の賃上げ率を継続的に上回る引き上げが重要です。
最低賃金はアルバイトやパートに適用されるものであり、正社員には関係ないというイメージがあるかもしれません。たしかに、昔はそのとおりでした。
しかし、いまや最低賃金の水準が正規雇用の給与に近づいているため、正規雇用への影響が増しています。最低賃金の引き上げの重要性はますます大きくなっているのです。
1994年までは、例えば男性大卒の初任給は最低賃金の2倍以上でしたが、2023年では1.46倍まで下がっています。高卒初任給も同じ期間で1.6倍から1.2倍を下回るほどに下がっています。
最低賃金の影響が増していることは、2024年のデータで確認できます。産労総合研究所の調査によると、2024年4月に入社した大卒の初任給は平均22万6341円となり、前年度比で4.01%増加しています。また、高卒の初任給は18万9723円で、こちらは前年度から4.71%増となりました。
やはり、高卒の引き上げのほうが大きいです。これは、最低賃金の引き上げにつられて上がったと解釈するのが妥当です。
最低賃金に「下限」を定める重要性
私は、企業の利益が最高水準を更新している中、潜在能力が高い日本人労働者を1時間当たり1000円以下で雇えるのは、明らかにおかしいと考えています。
しかし、最低賃金は、急に引き上げると短期的な摩擦が起きます。長期的に適切に引き上げることで、雇用への影響をなくせることが、統計的な分析によって確認されています。
具体的には、2024年の下限を950円に、2025年には下限を1000円にすることが妥当でしょう。
それによって、2025年には、まじめに働いているのに時給1000円以下で働く日本人をゼロにすることが可能となります。潜在能力が高く、まじめに働く日本人を1000円以下で雇うことは罪だと思います。
事実、東京など都市部の最低賃金と地方の最低賃金の差が開けば開くほど、若者が東京に移住するインセンティブが拡大し、一極集中が進むので、下限を設けることによって、一極集中の是正に貢献します。
そもそも、1989年から2006年の間、地方と東京の最低賃金の格差はずっと100円前後でした。それが一気に200円台に開いたのが2013年です。
第2次安倍政権となって、最低賃金に対する考え方が変わったと同時に、2019年2月に「自由民主党最低賃金一元化推進議員連盟」も発足しました。2015年以降、東京に対する最低賃金が最も低い県の最低賃金が、2015年の谷の76.4%から次第に引き上げられ、2023年では80.2%を回復しています。
中小企業の支払い能力は十分にある
最低賃金の引き上げを主張すると、「大企業と違って中小企業にはそんな金額を払う余裕がない」と批判されますが、事実ではありません。
1990年度以降、売り上げはそれほどに増えていないのに、日本企業の経常利益は大きく増えています。1990年度に比べて2022年度の経常利益は2.5倍になりました。現在の日本企業の利益水準は史上最高で、売り上げはそれほど増えていないので、利益率は異常に高騰しています。
「日本企業の利益の増加は大企業だけだろう」「大企業の利益の増加は海外の利益だけだろう」という反論もありますが、この主張は事実に反します。
1990年度から2022年度の間に、大企業の経常利益は48.9兆円増えて3.1倍になっていますが、そのうち営業利益が21.7兆円増えて1.8倍になっています。
つまり、営業利益と経常利益の差を主に海外部門の利益とすれば、海外の儲けの増加は全体の利益増加の48.9兆円中、27.2兆円で55.6%を占めますが、営業利益を国内部門と見れば利益は21.7兆円と1.7倍増えています。大企業の経常利益の増加は海外だけではありません。
さらに、大企業の利益だけが伸びているわけではありません。中小企業の経常利益も1.6倍になっています。大企業の営業利益の1.8倍とあまり変わりません。
中小企業の内部留保も、1990年度の51.2兆円から2022年度の188.5兆円まで増えており、もはやGDPに対して3割を超える水準に達しています。中小企業には最低賃金を引き上げても支払う余裕があります。
結果、大企業も中堅企業も小規模事業者も、どの規模の企業も利益は史上最高水準となっています。
「大量の倒産! 大量の失業者!」というデマ
ただの主張ではなく、エビデンスで確認しましょう。2012年以降、最低賃金は1.34倍になり、加重平均で749円から1004円へと、255円も上がっています。
その間、法人企業統計のデータによると、企業数は20.1万社増加しました。これは7.4%の増加です。雇用は221万人増加し、5.4%の増加です。史上最高の雇用者数となっています。
そもそも、モノプソニーの概念に基づいて適切に最低賃金を引き上げると、雇用は減るどころか増えるとされています(参考記事:日本人の「給料安すぎ問題」はこの理論で解ける)。
そもそも、これほどの人手不足の中、時給1000円も払わない企業で働く必要はありませんし、時給1000円も支払えない企業を存続させるために、労働者が犠牲になる必要もありません。
年収の壁を廃止せよ
最低賃金の引き上げによって雇用は減りませんが、労働供給量が減ることはあります。それは年収の壁の悪影響によるものです(参考記事:日本の選択「年収の壁の廃止」か「移民に参政権」か)。
高齢者の数が減らないのに、生産年齢人口が激減することで、労働者1人当たりの社会保障負担が増えています。その負担に耐えるには、一人でも多くの日本人がフルに働き、フルに稼ぐ必要があります。
しかし、年収の壁によって、優秀な女性は最低賃金が上がった分だけ、控除を継続するために労働力の供給を減らします。年収の壁は、明らかに経済合理性がなく、経済活動に歪みをもたらしています。家庭の年収も減少させています。
政府は、年収の壁を引き上げるのではなく、稼ぐだけ稼いでもらうために、多くの先進国同様に、年収の壁を廃止するべきです。今の税優遇は維持したうえで、「平成何年生まれ以降」と年齢を区切りつつ、第3号被保険者制度も廃止するべきです。
日本経済は、人口減少に伴い、消費者の数が減少しています。このままでは経済の規模そのものが縮小します。それを防ぐためには、若者を中心に現役世代の年収を増やすしかありません。
政府は年収の壁を廃止し、継続的に最低賃金を引き上げるべきです。
(デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長)
06/13 07:00
東洋経済オンライン