生成AI時代の人材「理系、文系」より大事なこと

生成AI時代の人材育成法について解説します(写真:EKAKI/PIXTA)
激変する社会のなかで企業が存続し、個人が生き残っていくためには、データやデジタル技術を活用してビジネスモデルやサービスを変革するDX・生成AI関連スキルが不可欠です。AIが民主化され、誰にでも使用できる現代においては、身につけなければならないマインド・スキルも、必然的にこれまでのものとは大きく異なってきます。『企業実務』の記事を再構成し、生成AIに関する人材育成・能力開発に詳しい関西学院大学副学長の巳波弘佳さんが解説します。

生成AIのビジネスシーンにおける現在地と未来

一般に生成AIとは、人間の指示に応答してテキストや画像、その他のメディアを対話的に生成するAIのことです。

既存の文章やコンテンツを大量に機械学習し、確率的にもっともらしい文章やコンテンツを作成するという、ある意味シンプルな考え方でつくられているものですが、膨大なビッグデータと計算資源を用いることで、十分「使える」水準に達しました。

現時点では、ビジネスシーンでの利用には注意が必要です。生成された回答に誤りが含まれているおそれや、コンテンツが著作権法に触れる可能性、生成AIに情報を入力することで情報漏えいが起きるリスクなどがあるからです。

AI技術の進展はすさまじく、いまの段階の課題はいずれ解決されると思われます。

ただし、現時点でも、方法によってはさまざまな場面で十分活用できるものであるため、すでに高い利用価値があるといえます。

生成AIを活用することで、生産性や付加価値の向上、ビジネス機会の創出が大いに期待されています。これは、一見AIとは無縁と思われる場合も含めて、あらゆる業界、あらゆる企業の部門に当てはまると考えられます。

たとえば調査や分析、定型作業の効率が上がるため、特にホワイトカラーの大幅な生産性向上が見込めます。また、サービスや製品に生成AIを組み込むことで、新しい価値を創造できます。

もはや、生成AIは単なるIT化や部分的な業務効率化のツールにとどまらず、ビジネスのあらゆる分野において重要な役割を担っていくと確実にいえます。

生成AI導入で広がる企業間の格差

生成AIの特長として、利用のハードルが極めて低いことが挙げられます。一般人も簡単に利用できるので、生成AIを組み込んだ新サービス・製品の受容性は高く、それらが市場のスタンダードになる可能性も高いのです。

参考になるユースケースがいまだ少なく、情報漏えいや著作権問題などへの懸念が先行しているので、慎重な姿勢の企業も少なくありません。もっとも、そのような姿勢を打破できる人材がいない、目下の業務で手一杯、というのが現場の実態でしょう。

結果的に、攻めの姿勢と守りの姿勢の企業間の格差は拡大し、逆転のハードルが越えがたいものになってしまう可能性があります。

先行者は市場を支配し、利用者のデータをより早く、より多く収集できます。それを生成AIの学習に利用し、後発者よりも優れたサービスや製品を提供し続けられるので、圧倒的に有利な立場を維持できます。

そのため、先行者をまねるだけでは、逆転することは困難です。

加えて先行者は、生成AIを用いた業務効率化を進めることで、新規事業などにリソースを割けるようになるため、後発者はさらに遅れをとることになりかねません。

また、生成AIは利用のハードルが低いので、アイデアを形にして市場に投入できるプレイヤーも増えます。

フットワークが軽い新興企業が参入し、既存のサービスや製品を置き換える可能性もあります。

これは、AI以外の分野でも多くみられる状況ですが、生成AIの登場で、そのスピードがますます加速するでしょう。

生成AI時代に必要な人材・スキルとその育成

①生成AI時代に必要な人材・スキル

このような生成AI時代において、DXを推進する人材・スキルとは何でしょうか。

自然言語で利用できる生成AIによって、多くの定型作業は急激かつ大幅に削減されるでしょう。業務が効率化され、人間に求められる役割が大きく変わります。

問題設定や解決策の検討、新たな価値を創出する企画立案業務、意思決定、関係構築など、人間にしかできない、創造性の高い役割がますます重要となります。

AI時代にDXを推進する人材というと、理系、特に高度な数学やプログラミングの知識を持つ情報系や理数系の人材が想定されがちです。また、それらの知識やスキルを習得させることが、人材育成の施策として考えられます。

しかし、実際に必要なのは、新たな技術を研究開発する人材よりも、むしろさまざまな事業領域において、業務の強化や効率化のためにAIなどの技術をどのように活用すべきか企画・立案して実用化に向けて動ける人材です。

図表1〜4に、生成AI時代に求められるスキルセットの例を挙げます。

(『企業実務3月号』より引用)

※外部配信先では図表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

(『企業実務3月号』より引用)

(『企業実務3月号』より引用)

(『企業実務3月号』より引用)

コンピュータの原理を深くは知らなくても、それを使うことはできるのと同様に、生成AIを活用してビジネスの課題を解決し、新サービス・製品を企画・開発することは、文系・理系関係なく、いまでは誰でも十分可能です。

「技術を知らなくても、単に知っているだけでも、新しいビジネスは生み出せない」のです。

専門を越えた視野を持ち、新しい技術にアンテナを常に張って学び続け、それらを活用して企画・立案し、実現に向けて行動できる人材でなければなりません。

実は、これは昔から言われていることと基本的には同じです。ただし、必要なスキルの重要性が、より重みを増してきています。

単なる知識の多寡や処理スピードは、生成AIなどのICTである程度は補えるため、大きな差異を生まなくなってきています。

一方、発想力、問題発見力(設定力)、問題ブレイクダウン力、言語化能力、対話力、健全な懐疑心、俯瞰的な視野、そして実行力はより重要になっています。

ゼロから新たなものを創出するためには、真の問題を見抜き、広範囲にわたる教養を俯瞰的につなげて、解決策のアイデアを発想できなければなりません。

その際、生成AIを活用するためにも言語化能力が必要です。的確に問題を言語化して指示できなければ、生成AIから適切なアウトプットを得られないからです。

また、誤った回答をする可能性もある生成AIを無条件に信頼するのではなく、健全な懐疑心をもって検証する姿勢が必要です。

生成AIを活用すれば、少人数でこれまで以上に大きな仕事を遂行できます。そのような環境を活かして、主体的にプロセスを進める実行力が必要不可欠です。

②生成AI時代の人材育成

資格取得奨励のように、知識習得にとどまるものは、適切ではありません。

適切な人材育成の方法の1つは、AIを活用した新規企画を検討するワークショップやハッカソン、社内ベンチャー公募など、実践する場を用意することです。

ただし、漠然としたアイデアを個人に提案させるものではなく、社内横断的に構成した有志によるチームで、ビジネスや社内施策として実現することを前提とした具体的なプログラムでなければなりません。

可能ならば、プロトタイプ開発も行なって、実現可能性が担保されたものが望ましいです。

よい企画であれば、実際にそのチームに権限等を与えて実用化させることが大きなインセンティブにもなります。

リソースの制約などにより困難だとしても、新しいタイプの人材の育成・獲得に舵を切らなければ、確実に淘汰される時代に突入しているのです。

経営層の積極的な関与が必要不可欠

③これからの人材の育成と登用に向けて

生成AIの登場により、社会は本格的にVUCA(予測困難な状況のこと)の時代に突入しました。そのなかで企業が生き残っていくためには、時代に適応できる人材が必要です。

それには、新しいタイプの人材像やマインド・スタンスを明確にすること、人材の育成・登用・獲得の仕組みづくりと環境整備が必要です。そして、このような大改革には、経営層の積極的な関与が必要不可欠です。

また、そのような人材が社内でしがらみなく活躍するためには、経営層による積極的な理解と発信がなければなりません。

生成AIを積極的に取り込み、DXを推進して企業の成長につなげられるか否かは、まさしく経営層の判断とリーダーシップにかかっているといえるでしょう。

巳波 弘佳(みわ ひろよし) *公式サイトはこちら
関西学院大学副学長、情報化推進機構長、AI活用人材育成プログラム統括、工学部教授。関西学院大学において、日本IBMと連携し、AI活用人材育成プログラムを開発。数理的な観点から、理論と実践に取り組む。特に離散数学や最適化アルゴリズムとその応用に関する研究開発を行なっている。AIの高度化、AIを活用するさまざまなアプリケーション、リアルなCG製作、AIドローン制御、ブロックチェーンなど、さまざまな応用領域において、数理的な研究から実用化まで幅広く手掛ける。

(企業実務)

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