打倒テスラのベンチャーが挑む、エヌビディアの先

チューリングは独自半導体の開発に向けて、回路設計の検証を進めている(記者撮影)

「エヌビディアのチップでは遅すぎる」

完全自動運転EVの開発を進めるベンチャー・チューリングは「We Overtake Tesla(テスラを追い越す)」というミッションを掲げる。同社で半導体開発を担当する柏谷元史氏は、冒頭の不満を漏らす。

ソニーやトヨタなどで半導体開発に携わってきた柏谷氏は、2023年に社員40人ほどのチューリングに入社すると、12月から独自半導体の開発に着手した。

「自動運転を突き詰めようと思ったときに、適した半導体がなかった。ないなら自分たちで作るしかない」(柏谷氏)。完全自動運転を実現するためには、汎用品のエヌビディアでは役に立たないという。

ルールありきの限界

チューリング社内の壁には「テスラ超え」のミッションが掲げられている(記者撮影)

チューリングは2021年に設立。CEOの山本一成氏はプロ棋士を破った将棋AI「ポナンザ」の開発者として知られる。4月には、ベンチャーキャピタルのANRIなどから30億円の資金調達を発表。これまでの累計調達額は45億円に上る。

柏谷氏はチューリング入社前まで、トヨタグループで次世代車の開発を担うウーブン・バイ・トヨタで自動運転車の開発を行っていた。ただ当時から「完全自動運転を実現するためには、“ルールベース”では限界があると思っていた」と話す。

基本的に自動運転は、カメラやセンサーなどで周囲の状況を認識し、事前に定められたルールに基づいて動作を行っていく。だがこの方法では、ごくまれに出現する複雑な道路状況に対応することができない。

目の前に障害物が現れたり、路面状況の悪化など、さまざまなことが運転中には起こりうる。予測不可能なすべてのパターンを事前にルールで定めることは不可能だ。

チューリングは自動運転の課題を、生成AIの活用によってクリアしようとしている。カメラで捉えた周囲の状況を生成AIモデルに入力し、その結果を運転に反映させることができれば、すべてのパターンをルールで定める必要はなくなると考えている。

だが、そこで立ちはだかるのが「計算能力」の壁だ。

エヌビディアを凌駕する性能を追求

ChatGPTのような生成AIをスマートフォンやパソコンで使う際には、計算処理はインターネット経由で高性能なサーバーに任せる。通信時の遅延や、サーバーを動かすための電力がかかることもある程度は許容範囲だ。

チューリングの柏谷元史氏はソニーやトヨタ自動車で半導体開発に携わってきた(記者撮影)

一方、瞬時の判断がものをいう自動運転で遅延は許されない。AIを動かすための計算処理はサーバーではなくクルマ側で行う必要がある。となると、おのずと使用できる電力も限られてしまう。超高速かつ低消費電力の半導体が求められるのだ。

実は、サーバー向けのAI半導体で注目されているエヌビディアも、自動運転向けのチップをラインナップしている。このチップで標準的な生成AIモデルを処理するときの速度は、生成AIの処理単位である「トークン」で表すと1秒間に40ほど。一方、チューリングは「最低でも1秒あたり1000トークンの処理ができる半導体の開発が目標」(柏谷氏)としている。

エヌビディアを凌駕する性能の半導体を開発することが可能なのか。柏谷氏は「エヌビディア製品は多くのユーザーが使えるように設計が汎用的だが、われわれは自分たちのAIモデルだけが動けばいい。専用品にすればスピードは格段に上がる」と意気込む。

チューリングは独自半導体を開発中、2028年に量産開始を目指している(記者撮影)

2026年から試作品としてテストチップを造りはじめ、2028年には量産を始めるスケジュールで開発に取り組むという。

もちろん、自動車向けに独自半導体の開発を進めるのはチューリングだけではない。完全自動運転に限らずADAS(先進運転支援システム)の性能が向上するにつれ、高性能な半導体の必要性は増す一方だ。

前述のように求められる性能はデータセンターのものとは大きく異なる。そのため業界全体で専用半導体のニーズが高まっているのだ。

大手企業も続々参入

世界中でこうした動きが広まっていることがわかる象徴的なケースが、国内の半導体メーカー・ソシオネクストの動向だ。同社は半導体の設計・開発に特化するファブレスメーカー。顧客から発注を受けて造る完全オーダーメイド品に特化したビジネスを行っている。「独自の半導体を開発したいが、社内にそのノウハウがない」という企業が顧客だ。

ソシオネクストが足元で開発を行っている半導体の分野別構成比では、自動車向けが過半を占めており、アメリカや中国の自動車メーカーからの受注が中心だ。2年前の自動車向け比率は2割に過ぎなかった。「汎用品をひと通り試した末に、結果的に半導体そのものからデザインしないと最終製品の差別化ができないと考えた顧客から受注が増えている」(ソシオネクストのIR担当者)。

昨年12月には、トヨタやホンダ、車載半導体に強いルネサスエレクトロニクスなど13社が出資社として名を連ねたASRA(自動車用先端SoC技術研究組合)が発足。3月には経済産業省から10億円の補助金を受け取ることを発表した。

ASRAが目指すのは、高性能な車載半導体を造るための先端技術の確立だ。すでにデータセンター向けの半導体では先行している技術を、自動車というハードな使用環境にも耐えうるように活用しようとしている。

エヌビディア依存度を下げる

そもそもエヌビディアが世界的な大ブレークを果たしたのは、生成AI需要の爆発が背景にある。現在、一強体制のエヌビディアを倒すべく、サーバー向けのAI半導体の開発競争がヒートアップしている。大口顧客であるアマゾン、マイクロソフトは自社開発品に力を入れ、エヌビディア依存度を下げようとしている。

そしてサーバー向けに続けとばかりに、自動運転をはじめとする自動車向け半導体の開発競争も熱を帯びている。あらゆる業界で「エヌビディアの限界」を見据えた開発競争が、一段と加速することは間違いなさそうだ。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)

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