ビッグモーター再建のカギは伊藤忠エネの現場力

WECARS会見

WECARSの社長CEOには伊藤忠商事の元執行役員である田中慎二郎氏(中央)が就任。副社長COOは伊藤忠商事執行役員で直近まで生活資材・物流部門長だった山内務氏(左)が務める。会見には伊藤忠商事の住生活カンパニープレジデントである真木正寿執行役員(右)も同席した(撮影:尾形文繁)

新社名は「WECARS」(ウィーカーズ)。「車とともに生きる一人ひとり」から必要とされる会社を目指すという。

伊藤忠商事は5月1日、子会社で燃料商社大手の伊藤忠エネクス、再生ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)とともに、中古車販売大手ビッグモーターから事業を承継し、新会社を発足させた。

出資額は計400億円。JWPが50.1%、伊藤忠グループが49.9%を出資する。金融機関からの借り入れも行い再建の原資とする。2~3年後の黒字化を目指し、伊藤忠はその段階で100%子会社化する方針だ。

ビッグモーターの看板は数カ月かけ順次、「WECARS」に入れ替えていく。旧会社が金融庁から自動車保険の代理店登録を取り消されているが、新会社では伊藤忠グループのほけんの窓口を活用して保険のサービスを補う考えだ。

新社長が期待する「現場力の高さ」

ウィーカーズの社長CEOには伊藤忠商事元執行役員の田中慎二郎氏(61)が就いた。会見では、「各種改革プログラムを貫徹しウィーカーズは変わったと実感してもらうことで、社員に対する信頼も築かれていく」と語った。

田中社長は伊藤忠商事時代、タイヤ関連事業部長を経て、北米の建材会社マスターハルコの事業再生にも取り組んだ。最近ではやはり社員の荒廃が目立ったイギリスのタイヤ小売りであるクイックフィットに派遣され、同社を再建させた実績を持つ。

一方、現場の店舗で再建のカギを握るのは伊藤忠エネクスだ。関係者によれば、そもそも最初にファンドからビッグモーターの再建案件が持ち込まれたのは伊藤忠エネクスだったという。

2023年度実績で営業収益が9600億円台の伊藤忠エネクスの事業領域は、ガソリンなどの燃料卸・小売りだけにとどまらない。

カーディーラー事業には2014年に参入。日産の正規ディーラーで100店舗超を抱える日産大阪販売を傘下に抱える。ディーラーネットワークも100店以上に及ぶ。中古車販売、レンタカーのサービスも手がけている。

自動車関連サービスだけをみても、同じ伊藤忠傘下で中古車販売のヤナセやニッポンレンタカーを持つ東京センチュリーと比べ、事業の幅広さが特長だ。

249店舗を引き継ぐウィーカーズとしても頼りになる存在だ。「現場力の高い伊藤忠エネクスの力を借りて、少しでも早く再建を進めていきたい」と田中社長は語る。実際、伊藤忠グループからの50人以上の派遣部隊のうち40人程度が伊藤忠エネクスからの派遣だ。今後も同社からの派遣部隊は増えるという。

伊藤忠エネクスの関係者は、「新会社の中古車仕入れ、販売網がわれわれの事業と親和性が高いのはもちろん、一等地にある店舗を物流拠点として活用することもできる。当社にとっても事業の可能性が広がっていく」と話す。

伊藤忠エネクスとしても精鋭部隊を送り込み、早期に黒字化を実現して取り込み利益を得たい考えだ。

ビッグモーター創業家とは決別

一方、ウィーカーズの問題は、自動車保険の水増し請求をはじめ、街路樹の無断伐採など度重なる不祥事でビッグモーター時代に失墜した企業イメージをどう払拭するかだ。社名や看板を変えるだけで信頼が回復するわけもない。

ウィーカーズは会社発足とともに「改革貫徹本部」を立ち上げた。コンプライアンスについては、弁護士事務所のもとで内部通報制度を導入し、不法行為の洗い出しや予防に努める。不正行為の背景となった利益至上主義の人事評価も改め、顧客満足度を可視化したうえで従業員の評価に反映させる。

「組織風土の改革は一丁目一番地としてやっていきたい」と田中社長は意気込む。改革の詳細は、進捗を含め秋口に改めて開示することになるという。

新会社はビッグモーター元社長の兼重宏行氏ら創業家とは決別する。伊藤忠側は2月下旬頃に創業家側と交渉し、一定の譲歩を引き出したとみられる。

「出資金の一部は債務の返済原資として旧会社に渡るが、創業家にはお金が渡るどころか、むしろそれなりの責任を取ってもらう」。ウィーカーズの合六(ごうろく)渉経営企画部長は会見でそう強調した。

ビッグモーター元社長の兼重宏行氏

ビッグモーター創業者の兼重宏行氏は2023年7月に会見で社長辞任を表明して経営から退いた(撮影:今井康一)

実質的に創業家が持つ旧ビッグモーター株はJWPファンド傘下の特別目的会社に譲渡され、債務返済や訴訟対応には存続会社(BALM)があたる。存続会社にはビッグモーターの和泉伸二社長がそのまま残る。

末端にまで意識改革を浸透できるか

中古車販売業界ではビッグモーターに限らず、不祥事が相次いだ。2023年8月にはグッドスピードで保険金の過大請求が発覚。業界2位のネクステージでも保険契約の捏造などが明るみに出た。

強引な営業、パワハラの横行――。全国消費生活情報ネットワークシステムでは「中古自動車」に関する消費者からの相談が2021年度は7237件、2022年度は7137件と、毎年7000件を超える数となっている。

同業者からは「業界が受けたネガティブな影響が、伊藤忠によってプラスに転じる可能性が高い」との声があがる。こうした声を意識してか、ウィーカーズの田中社長は「中古車業界が信頼を取り戻すため、われわれが率先して(顧客に)徹底的に誠実になり、事業の透明性を追求する」と会見で語った。

しかし、別の業界関係者は「ビッグモーターでは兼重氏から和泉氏へと社長が代わっても不祥事は起きている。経営体制が変わったからと言って、すぐに従業員の意識は変わらない。伊藤忠がどこまで末端にまで意識改革を浸透させることができるのか。一朝一夕にはいかないだろう」と話す。

「家族や友達に自分の仕事について胸を張って語れるようになろう」と社員に呼び掛けたという田中社長。売上シェアで業界ナンバー1を誇ったビッグモーターは、新会社となってその輝きを取り戻すことができるのか。再建までの道のりは、長く険しい。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)

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