与野党ダメダメで韓国政治が混迷していく理由

2024年4月10日に実施された韓国総選挙の開票速報をみつめる人たち。与党が歴史的な大敗を喫し、尹錫悦大統領の今後の政局運営が厳しくなるとみられている(写真・2024 Bloomberg Finance LP)

2024年4月10日に投開票された韓国の総選挙は、尹錫悦大統領を支える与党「国民の力」の歴史的な大敗に終わった。過去2年間、強引な政治手法を続けてきた尹政権はそれでもなお、姿勢を変える気はないようだ。

だがたとえ改心したとしても、任期の折り返しを前にレームダック(死に体)化が加速するのは避けられない。

かたや野党勢力は勝つには勝った。だが単独過半数の最大野党「共に民主党」は李在明代表のワンマンぶりから、絶えず内紛が激化する恐れをつねに抱える。韓国政界は今後、3年後に控えた大統領選を念頭に、さらに混迷を深めていく気配だ。

惨敗でも強気の姿勢変えぬ大統領

尹大統領は4月29日、李代表をソウル中心部・龍山にある大統領室に招いて会談した。尹政権発足後、熾烈な大統領選を争った2人が直接向き合って話をするのは初めて。韓国メディアは「初のトップ会談」と騒いだが、大統領室側は「お茶会」と称し、会合の意味合いを意図的に下げた。

李代表が冒頭、要求項目などを書いた、事前に用意した紙を読み上げて始まったが、報道陣が外に出て非公開となってからは「85%を大統領が話した」(李代表側の同席者)という。

鳴り物入りで実現した初会談で、双方が確実に約束したと認めるのは「今後もコミュニケーションをとっていこう」ということに尽きる。

これに先立つ4月16日、尹大統領は閣議をテレビ中継させ、惨敗を喫した総選挙結果を踏まえて「民意を謙虚に受け止めなければならない。より低い姿勢と柔軟な態度で意思疎通していく」と語った。事実上の有権者に向けた謝罪である。

責任をとる形で、日本でいう官房長官的な役割などを果たす秘書室長はじめ、大統領室高官たちが一斉に辞表を提出。直後の世論調査で政権支持率は、選挙前より10ポイント以上も下落して20%台となり、政権発足後、最低を記録した。

日本との間で最大の外交懸案だった徴用工問題の解決策を周囲の強い反対を押し切って発表するなど、その評価はともかく尹大統領は「頑固さ」を貫いてきた。

そんな政治リーダーが、やむにやまれず李代表に電話し、曲折を経て実現したのが4月29日のトップ会談だった。

さすがの大統領も総選挙の惨敗にこりて、しおらしい態度を見せ始めたのかと思いきや、尹大統領に近い与党関係者の1人は、こう指摘する。「まったく変わっていない。変えるつもりもないと思っているのだろう」。

どういうことか。たとえばそれは4月16日の「謝罪」発言にも表れているという。謙虚な姿勢を前面に押し出し、冒頭で「就任から2年間、国民だけを見つめて国益のための道を歩んできたが、国民の期待におよばなかった」と謝った。

そのうえで高騰する不動産価格の抑制や、脱原発で壊れてしまった原発の稼働などを実績として例示し、一般労働者や若者たちが「変化を体感できず、未来を案じている現実を重く受け止める」と述べた。

最後には「中東情勢の不安定が韓国の安保におよぼす影響や北韓(北朝鮮)の挑発の可能性についても確固たる態勢を維持してほしい」と、対北朝鮮強硬策に理解を求めた。

だが不動産問題や脱原発、南北問題は左派の文在寅・前政権を想起させる政策。前任者の失政をこれまで懸命に回復させてはきたが、まだ力不足だった、つまりは「方向性は間違っていないので今後も続ける」という意思表明にほかならない、というわけだ。

高官人事で野党を挑発

さらにこの与党関係者が挙げるのが、秘書室長の後任人事だ。尹大統領は4月22日、記者会見に自ら出向き、新任の秘書室長に与党のベテラン国会議員である鄭鎮碩氏を任命したことを明らかにした。

韓国では珍しい世襲議員で、6期目を目指したが、先の総選挙で苦杯をなめた。韓日議員連盟の会長を務め、徴用工問題では日本政界とのパイプを生かして日韓間を足しげく往来した。

尹大統領は記者会見で報道陣に「与野党とも良好な関係を持っている」「内閣や野党、メディア、市民社会と円満にコミュニケーションをとってほしい」と期待を語った。

この任命に対し、「共に民主党」のスポークスマンはすぐに反応し、「意思疎通に欠ける国政運営を改めよという(総選挙を通じた)国民の命令にそっぽを向く人事だ」と厳しく批判した。

議員としての豊富なキャリアなどを踏まえると、鄭氏は大統領室と各省庁を束ねる秘書室長の適任者ともとれる。それでも野党側が受け入れがたいのは、ある「事件」が影響しているためだ。

ソウル中央地方裁判所は2023年8月、故・盧武鉉元大統領の名誉を毀損したとして故人に対する名誉毀損罪などに問われた鄭氏に対し、検察の求刑を上回る懲役6カ月の判決を言い渡した。ただ、身柄は拘束されず、控訴した鄭氏は議員活動を続けている。

「共に民主党」の李代表は、盧武鉉氏の盟友だった前大統領の文在寅氏を支持する国会議員グループと微妙な関係にある。それでも、自陣が出した大統領への名誉毀損罪で実刑判決を受けた人物を番頭役に抜擢するという発表は、与野党の協調どころかケンカを売ってきたと受け止められてもしかたあるまい。

そもそも与党惨敗の「主犯」は、ほかならぬ尹大統領自身だとの見方は政府・与党内にほぼ共通している。

投票日の数日前、ある与党の重鎮に話を聞くと、「負けは負け。接戦区でどこまで負けを減らせるかがカギだ」と漏らした。仮に負けるとすれば、その最大の原因は何かと尋ねると即答した。「大統領の自業自得。この一言に尽きる」。

与党の総選挙大負けは大統領が招いた

党の公認候補選びをめぐっては当初、むしろ「共に民主党」が混乱を極めた。李代表に近い人物だけが優遇され、距離を置く現職らがあからさまに除外されたためだ。

だが、この騒ぎが落ち着くと、流れは一転する。与党重鎮は野球のゲームにたとえ、「先制、中押し、だめ押しの典型的な負けパターンだな」と自嘲した。

まず先制を許したのは、医学部定員を拡大するとした医療改革が長期化し、政治志向にかかわらず社会全体に医療不安を招いたことだ。徹底抗戦を続ける医師団体側への反発は、次第に政府の無策ぶりに矛先を変えていった。

そのような中で起きた、李鐘燮・前国防相の出国騒ぎは中押しとなった。国防相時代の海兵隊員の殉職事件にからみ、出国禁止措置がとられていた李氏を強引に駐オーストラリア大使に任命。李・前国防相はいったん赴任したものの、スピード辞任に追い込まれた。

とどめを刺したのは「長ネギ」事件だった。超がつくほどの物価高に韓国社会が苦しむ中、スーパーを視察した尹大統領が、特価で売られていた長ネギの価格を「合理的な価格だ」と漏らした一言が「現状を何も知らないのか」と炎上。無党派層のみならず、保守の一部までも、与党離れを起こしたとされる。

総選挙で惜敗した与党候補の1人は「ただでさえ大統領夫人の疑惑や検察出身者の偏向人事という批判が渦巻いていたのに、さらに次から次へと(大統領室があるソウルの)龍山から逆風が吹きつけられた」と語った。そして「大統領への怒りや不満は、わりと早く顕在化していくのではないか」とも付け加えた。

憲法で大統領は再選できない韓国にあって、尹大統領に残された任期は約3年。解散がなく4年ごとにある総選挙は、次期大統領のもとで迎えることになる。与党内のみならず、各省庁の実務当局者への統制も、これまでのようにはいかなくなってくる。

過半数を大きく上回る175議席を得た「共に民主党」だが、こちらも今後の党内運営では不安がないとは言えない。圧勝の勢いを結束に変えられるかどうかが焦点となる。

巨大野党は早晩、尹大統領の最大の弱点である金建希夫人問題の追及を本格化させるだろう。

大統領夫人の疑惑も拡大か

金夫人には、知人が経営するドイツ車の輸入販売会社の株価操作に関与した疑惑がずっとくすぶっており、野党は独立した特別検察による捜査の必要性を主張してきた。2023年12月には関連法案がいったん可決されたが、翌月に尹大統領は拒否権を行使した。

大統領が拒んだ法案を再可決するには、議会の出席議員の3分の2が賛成する必要がある。つまり200議席あれば理屈として覆せる。

今回の選挙結果を受け、野党勢力がまとまったとしても10数席足りない。しかし、先述のように与党内で尹大統領に対する反発が出ており、一定数の造反が出かねないとみられている。

金夫人を絶対に擁護してきた尹大統領のふるまいを考えると、もしそういった事態になれば、尹政権は求心力の低下というレベルではないほどの大混乱をきたす可能性がある。

ただ、「造反」といえば李代表はすでに手痛い仕打ちを経験済みだ。巨額の都市開発事業をめぐる背任罪など多くの罪で起訴されている李代表は2023年9月、北朝鮮に対する不正送金に関与した疑いなどで逮捕状を請求された。

国会会期中の議員にはいわゆる不逮捕特権がある。巨大野党を仕切る李代表への逮捕同意案は本来、否決されるはずだったが、「共に民主党」から造反者が続出し可決されてしまった。

その後、裁判所の判断で身柄の拘束は逃れたものの、李代表に対する党内の反発を象徴する出来事となった。

そのようなことも影響を与えたのか、総選挙の公認候補には、露骨なほどに「親李在明」系と言われる人々が選ばれた。検察官出身を含め、李代表が絡む刑事裁判で弁護にあたった弁護士5人も当選し、司法面での地固めを図ったとの見方が出ている。

執行部も李代表に近いメンバーで構成されるとみられ、党内の「李在明化」に拍車がかかりつつある。

他方で、多数の訴追という司法リスクがある李代表が今後、すべて無罪を勝ち取り、政治活動を続けることは難しいとの見方が支配的だ。党内外で偏向、不公平が叫ばれた公認選びの過程でも、水面下では妙な動きがあった。

最大野党代表も「面従腹背」の危機

李代表に批判的で、公認を得られなかったある現職議員は、離党したり、新党に合流したりせず、党内にとどまった。その理由をこう話す。

「党を私党化し、総選挙にも勝った李代表は、確かに今は栄華を誇っているが、いずれ必ず刑事裁判で失速する。その時までの辛抱で、公認が得られなかったのはむしろ幸いなこと。今は面従腹背の時だ」

政権や与野党が抱える数々の「リスク」のうち、どれが一番先にはじけるのか。時間との闘いが政局を大きく左右することになる。

(箱田 哲也 : 朝日新聞記者)

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