岸田首相、「1勝」と「全敗」で分かれる"天国と地獄"

岸田首相(写真:共同)

「4・28トリプル補選」の投開票まで残り5日となり、衆院の東京15区、島根1区、長崎3区で、それぞれ各党や政治団体がしのぎを削っている。ただ、いずれも自民の議席だった補欠選挙にもかかわらず、同党は東京、長崎で不戦敗に追い込まれ、公認候補擁立は島根のみ。しかも、ここでも立憲民主の公認候補が先行しており、岸田文雄首相や自民党執行部は「全敗」への不安におののいている。

今回のトリプル補選は、昨年11月に自民党の巨額裏金事件が発覚して以来の初の国政選挙。自民が公認候補擁立を複数区で見送る補選は2002年以来の異常事態となるが、この時は7補選の中で擁立を見送った3カ所も、すべて無所属候補を推薦した。しかし、今回は東京、長崎では他候補の推薦もできず、保守王国の島根でさえも、裏金事件での強い逆風で苦戦を強いられている。

情勢調査では立憲民主公認候補がリード

週明けに公表された大手メディアの情勢調査では、3選挙区すべてで立憲民主公認候補がリードしており、「自民全敗」の場合には、岸田首相(自民党総裁)の責任が問われ、島根での票差次第では、党内に早期退陣論が台頭する可能性もある。その一方で、「立憲全勝」となれば、一部でささやかれていた泉健太代表の交代論は消滅しそうだ。

そうした中、情勢調査通りの「自民全敗」となった場合、岸田首相は「すべて私の責任」と陳謝したうえで、「国民の批判を真摯に受け止め、まずはやるべきことをしっかりやることで責任を果たす」と、政権維持を表明する考えだとされる。

これに対し、自民党内では菅義偉前首相を中心とする“反岸田勢力”が、「次期衆院選を岸田首相で戦うことはあり得ない」と主張する構え。これが党内で常識化すれば、岸田首相が執念を燃やす会期末解散も困難となり、当面、政権は維持できても、9月の総裁選での不出馬・退陣に追い込まれる事態も想定される状況だ。

焦点の島根1区は「自民VS野党」に

今回の3補選で自民を苦境に追い込んでいるのは、岸田政権の「不透明で不誠実な巨額裏金事件への対応」(政治ジャーナリスト)についての国民の怒りの大きさだ。特に、自民の細田博之前衆院議長の死去による島根1区の選挙戦がそれを裏付けている。

同区は、自民が新人で元財務官僚の錦織功政氏(55)を、立憲は同区で故細田氏と長年戦ってきた元議員の亀井亜紀子氏(58)を、それぞれ公認候補として擁立。共産など他党・政治団体が候補を取り下げたことで亀井氏が事実上の野党統一候補となり、「自民VS野党」の形となった。

同区はもともと、竹下登元首相、青木幹雄元官房長官(いずれも故人)が県民の圧倒的な支持を集め、現在もすべての選出国会議員が自民という、全国でも有数の保守王国だ。にもかかわらず、今回の補選で苦戦しているのは、同区でも裏金事件への有権者の強い反発があるからだ。

そもそも、裏金事件の発覚とほぼ同時となる昨年11月10日に急逝した細田氏は、裏金を組織的に作っていた清和政策研究会(安倍派=解散=)で2014年から2021年まで会長を務め、裏金づくりで采配を振るえる立場だった。

しかも、議長在任中には世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との深い関係や、担当女性記者に対するセクハラ疑惑が取りざたされたが、いずれもきちんとした説明をしないまま、死去したのが実態だ。

これに対し、岸田首相は2021年10月の政権発足時、「細田問題を積極的に解明したい考えだった」(側近)とされる。しかし、相次ぐ閣僚辞任などで政権危機を招くと、求心力維持のため最大派閥に“忖度”せざるを得ず、真相究明には踏み込めなかったのが実情だ。

こうした経過も踏まえ、岸田首相や自民執行部は細田氏の後継に、財務省キャリア官僚だった錦織氏を擁立し、「公明の支援も得て、組織力で当選を目指す」(自民選対)ことを決めた。しかし、野党の事実上の一本化で全面的な「与野党対決」となり、「国民注視の中での“島根決選”」(閣僚経験者)となったことが苦戦の原因とみられる。

一方、不戦敗による「自民不在」という極めて異例の事態となった東京15区、長崎3区では、自民1強が際立った安倍・菅両政権以来、各野党などが自民とどう対峙してきたかが問われる選挙戦となる。

大乱戦の東京15区、自民票の行方が注目の的

特に、公職選挙法違反の罪で有罪となった柿沢未途前法務副大臣=自民を離党=の辞職に伴う東京15区補選は、主要野党に小池百合子都知事が率いる地域政党・都民ファーストの会、さらには日本保守党(百田尚樹代表)など新興勢力も参戦、大乱戦の様相だ。

同区に出馬したのはいずれも新人で届け出順に①福永活也(43)=弁護士=(諸派)②乙武洋匡(48)=作家=(無所属・国民民主推薦)③吉川里奈(36)=看護師=(参政党)④秋元司(52)=元衆院議員=(無所属)⑤金沢結衣(33)=元食品会社員=(維新・「教育」推薦)⑥根本良輔(29)=会社役員=(諸派)⑦酒井菜摘(37)=元江東区議=(立憲・共産支持)⑧飯山陽(48)=大学客員教授=(諸派)⑨須藤元気(46)=元参院議員=(無所属)――の9人。

各情勢調査では、いずれも立憲・酒井氏が優勢とされるが、小池都知事と国民民主が支援する乙武氏、維新の金沢氏、諸派の飯山氏が追い上げており、「ふたを開けるまで分からない混戦」(選挙アナリスト)となっており、自民票の行方によっては、予想通り立憲が勝てるかどうかはなお微妙とみられている。

対照的に、谷川弥一元衆院議員=自民を離党=の裏金事件での辞職に伴う長崎3区補選は、前回衆院選の同区で谷川氏に破れた立憲現職・山田勝彦氏(44)=社民推薦=と、維新新人・井上翔一朗氏(40)=学習塾経営=による野党の一騎打ちとなった。

情勢調査でも、前回衆院選で谷川氏と大接戦を演じた山田氏が優位とされるが、ここも自民支持層の行方が焦点。特に、次期衆院選での野党第1党を狙う維新が自民票を取り込んで立憲に迫れるかどうかが注目の的だ。

岸田首相の島根入りに「逆効果」の不安も 

そうした状況下、岸田首相は日曜日の21日に自民総裁として島根入りし、街頭演説では竹下、青木両氏の名前を挙げて「先人たちの志、魂をつなげていくのかどうかが問われている選挙だ」と悲壮な面持ちで支持を訴えた。「何もしないで負けるのは最悪なので、何とか接戦に持ち込みたいとの思い」(側近)からとされるが、地元自民県連からは「岸田首相の応援は逆効果になりかねない」との不安の声も漏れてくる。

いずれにしても、今回の3補選の結果は、岸田首相の政権運営に大きな影響を及ぼすことは間違いない。大手メディアによる最新の世論調査でも、補選告示直前の岸田首相の「国賓訪米」の成果への一定の支持はあるものの、内閣・自民党支持率は微増もしくは横ばいで、政権発足以来の最低レベルから脱け出す気配はない。

それだけに、今回の島根補選が「自民完敗」となれば、岸田首相の求心力や指導力はさらに低下することは確実。その場合、「岸田首相が狙う会期末解散断行は極めて困難になる」(自民長老)とみられ、「秋の総裁選前の退陣表明も現実味が増す」(同)ことになりそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)

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