「結論ありき」プロジェクトが大抵失敗する理由

たいていのプロジェクトがそうであるように、目的を問わないことが失敗の根本原因となる(写真:Graphs/PIXTA)
規模の大小にかかわず、官民問わず、さまざまなプロジェクトは「結論ありき」で始まることが多い。だが、結論から始めると大抵はうまくいかない。
世界中のメガプロジェクトの「成否データ」を1万件以上蓄積・研究するオックスフォード大学教授が、予算内、期限内で「頭の中のモヤ」を成果に結びつける戦略と戦術を解き明かした『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』より一部抜粋、再構成してお届けします。

予定も予算もオーバーしたプロジェクト

デイヴィッドとデボラの夫妻の「大型」プロジェクトは、自宅のキッチンのリフォームだった。

ブルックリンの瀟洒(しょうしゃ)なコブルヒル地区に19世紀に建てられた、レンガ造りの4階建てタウンハウス。この1、2階と地下部分が、デイヴィッドとデボラの夫妻の住まいだ。この建物は、ニューヨークで撮影されたどの映画のセットと言っても通るだろう。コブルヒル地区に並ぶタウンハウスはどれも背が高いが非常に狭く、階段は細く部屋は小さい。デイヴィッドとデボラの住居は全部で111平米で、キッチンはヨットの調理場ほどの広さだ。

キッチンリフォームは、エンパイア・ステート・ビルの建設に匹敵する難題にはとうてい思えない。だが彼らの慎ましいプロジェクトは、エンパイア・ステート・ビルとは大違いで、スケジュールは遅延し、予算を超過した。それも、ちょっとやそっとではない。予定より18カ月遅れ、予算を80万ドル以上もオーバーしたのだ。

この驚愕の結果をもたらした根本原因は、早く始動させたいという衝動ではなかった。

2人は2011年頃からキッチンリフォームの夢を温めていた。とうとうリフォームを決意したときも、いきなり始めたりせず、経験豊富な建築家を雇った。建築家はキッチンと小部屋の間の壁を取り払って、キッチンのスペースを倍にしてはどうかと提案し、夫妻はこの拡張案を受け入れた。建築家は数カ月かけて詳細な図面を描き、ようやく計画を明らかにした。

「大きな図面のロールを抱えてきたよ」とデイヴィッドは回想する。「8通りの設計を見せてくれた。1つひとつをくわしく説明してから、なぜそれではダメなのかを解説し、それから次の図面を取り出して設計を説明し、またこんなことを言っていた。『実は、これも完璧ではありません。別の設計をお見せしましょう』って」

建築家が慎重に設計したリフォームの見積もりは、トータルで17万ドル。大金だが、物価の高いニューヨークではそんなものだろう。夫妻はリフォームを行うことに決めた。工事中は仮住まいに引っ越し、3カ月後に戻る予定だった。

始まったとたん注文を「追加」をしたくなる

「プロジェクトは始まったとたんに変形し、崩壊し始めた」とデイヴィッドはため息をつく。

施工業者は1階のキッチンに来ると、その場で飛び跳ねて床板の具合を確かめた。何かがおかしかった。古いキッチンを取り外し、その下を見て理由がわかった。「1840年代に手抜き工事が行われ、その後も放置されていたせいで、建物全体を支えられるだけの構造がなかったんだ」。1階の床をいったん全部取っ払って、そこから地下の建物の基礎部分に鉄骨梁と支持材を入れることになった。

夫妻はショックから立ち直ると、古くて見栄えの悪い床板について考えた。どうせ一度はがすのだから、古いものを戻すより、全部新しくしてしまったらどうだろう? キッチンの床はどのみち交換しなくてはならない。「床を半分だけ新しくして、残りはそのままってわけにはいかないだろう?」。夫妻は1階の床の総張り替えを決めた。

すると今度は、キッチンの隣のリビングに備えつけられた、雑な素人仕事のレンガの暖炉が気になり始めた。この際、これも取り替えてしまおうか?

そして、リビングにはさらに気に入らない部分があった。リビングの真横の階段脇に、小さな化粧室があった。デイヴィッドの母親が「品がない」とけなした部屋だ。あれを動かしたらどうだろう、床が撤去されている間なら簡単に移動できるし、と夫妻は考えた。「建築家は図面を一から引き直した」とデイヴィッドは言う。

また、どうせ地下を工事するのだから、地下に降りる階段を動かして、小さい洗濯・乾燥室をつくったらどうだろう? 「そんなわけで、新しい設計が行われ、新しい図面が引かれ、さらに遅れが出た」。そして新しい計画を立てるたび、複雑で悪名高いニューヨークの役所に申請手続きをする必要があった。

どの変更も無謀ではなく、気まぐれでもなかった。1つひとつが理に適っていた。そして1つの変更が別の変更を呼んだ。だが界隈の不動産価格は上昇していたから、いつか住まいを売れば、リフォーム代金の少なくとも一部は回収できそうだった。

プロジェクトはこうしてキッチンから断片的にどんどん広がり、ついには1階全体を完全に取り壊して再設計し、総入れ替えをすることになった。

どこからどう見ても災難だった

だが話はそこで終わらない。2階のメインのバスルームは悪趣味な上にカビていた。せっかく仮住まいに移り、業者に来てもらっているのだから、ついでにここも直してもらえば、将来的にやり直す手間が省けるわよ、とデイヴィッドの母親は勧めた。たしかにその通りだ。この変更も別の変更を、そしてまた別の変更を呼んだ。結局2階全体も完全に取り壊し、再設計、総入れ替えをした。

「17万ドルの予定が40万ドルになり、60万ドル、そして70万ドルになった」。リフォームの最終的な総コストはおよそ80万ドルだったとデイヴィッドは言う。この莫大な金額を賄うために、デイヴィッドは引退を先延ばしにせざるを得ないだろう。しかも、この金額には仮住まいの費用は入っていない。当初の予定は3カ月だったが、デイヴィッドとデボラがリフォーム後の家に戻ったのは、1年半も後のことだった。

リフォームはついに完成し、全面リフォームのできばえには誰もが目を見張った。だが夫妻にとって、それは小さな慰めでしかなかった。もし最初から全面リフォームを計画していたら、設計も市への申請も一度ですんだし、業者は最も効率的な順番で作業を進められただろう。そしてお金と時間、心労の代償は、デイヴィッドとデボラが実際に払ったよりずっと少なくすんだはずだ。

プロジェクトはどこからどう見ても災難でしかなかった。

デイヴィッドがゆっくり考え、建築家が設計に労を惜しまなかったことは、疑いようがない。それでも、彼らの立てた計画──あれが計画と呼べるのであれば──はまずかった。このことは、「ゆっくり考える」という私のアドバイスの重要なポイントを浮き彫りにする。

「ゆっくり」することそれ自体がよいわけではない。デイヴィッドとデボラのように、長年夢を温めながら、ただ空想するだけという場合もある。組織は延々会議をして、堂々めぐりの議論をくり返すだけのこともある。

よい計画は「疑問」から始まる

さらに、あの建築家が行ったような綿密な分析は、どんなに時間と労力をかけても、視点が狭すぎれば、計画の根本的な欠陥や現実とのずれを発見し対処することはできない。そのうえ、下手に綿密なせいで、実際以上に確実な計画だという誤解を与えかねない。外観だけで中身のない、張りぼての建物のように。

BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?

これに対し、よい計画立案は、模索し、想像し、分析し、検証し、試行錯誤する。これは時間のかかるプロセスだ。つまり、よい計画を立てた結果として「ゆっくり」になるのであって、「ゆっくり」すればよい計画ができるのではない。

よい計画を生み出すのは、幅広く深い「問い」と、創造的で厳密な「答え」である。ここで注意してほしいのは、「答え」の前に「問い」が来ることだ。それも「なぜ、それをするのか?」という問いだ。問いが答えの前に来るのは当たり前、いや、当たり前であるべきだが、残念なことにそうなってはいない。プロジェクトは必ずと言っていいほど、答えから始まる。

デイヴィッドとデボラのプロジェクトは、「キッチンをリフォームしよう」から始まった。これは答えであって、問いではない。たいていのプロジェクトがそうであるように、2人の目的は明白で、考えるまでもないように思われた。唯一の問いは「いつ」始めるかで、それが決まるとすぐに詳細な計画を立てた。プロジェクトの目的を問わなかったことが、失敗の根本原因だった。

(ベント・フリウビヤ : オックスフォード大学第一BT教授・学科長)

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