超人気ラーメン店で「社内独立」師弟の熱いドラマ

まぼろし

「豚骨醤油らーめん まぼろし」。流行に左右されない美味しさで、地元客の集まる人気店だが、実は「社内独立」という形態を取っている。その背景とは?(筆者撮影)

卒業ではなく「社内独立」の人気店

京王線多磨霊園駅から徒歩2分のところに2019年にオープンした「豚骨醤油らーめん まぼろし」。

しっかり濃厚な豚白湯だが、くどさや臭みがなくまろやかに仕上げており、背脂が浮いていていい甘みを演出。ここにモチっとした自家製麺を合わせ、大きめのチャーシューが乗る。流行に左右されない美味しさで、地元客の集まる人気店だ。

店主の鈴木新吾さん。「極楽汁麺 百麺」で長く店長として働いた経験を持つ(筆者撮影)

店主の鈴木新吾さんは、世田谷の馬事公苑近くにある「極楽汁麺 百麺(ぱいめん)」で長く店長を務めた人物。

「百麺」はいまや各地で人気の横浜家系風の豚骨醤油ラーメンをいち早く東京に広めたお店として有名で、世田谷店のほかに中目黒店、中山道店がある。鈴木さんは「百麺」グループを15年以上にわたって支えてきた。

「豚骨醤油らーめん まぼろし」はそんな鈴木さんが「百麺」を卒業して立ち上げたお店として語られることが多いが、実はそうではない。修業先に属しながら自分のお店を立ち上げた「社内独立」のお店なのだ。

この「社内独立」という形での独立が今注目されている。

「とても実直な店長で信頼していたので、店づくりから味、屋号まで好きに決めていいと言いました」(「百麺」店主・宮田朋幸さん)

師弟の熱きドラマを取材した。

【画像】超美味しそう…多磨霊園「まぼろし」のラーメンを見る(全6枚)

2019年にオープンした「豚骨醤油らーめん まぼろし」。「百麺」とは違うテイストの豚骨醤油ラーメンで、得意の自家製麺を合わせて濃厚な一杯を仕上げた。

オープンから順調で地元のお客さんがたくさん集まった。周りには競合の店もなかったため、一気にお客さんが増えていった。

年末には「TRYラーメン大賞」の新人賞とんこつ部門で2位を獲得。ここから人気店の仲間入りとなった。

鈴木さんの社内独立までの流れを見ていこう。

一度は地元の会社に就職も、諦め切れずこの世界に

早稲田大学を中退し、地元静岡に帰り「ラーメン店をやりたい」と両親に伝えるも激怒され、地元の会社に就職した。もともとラーメンの食べ歩きが好きでラーメンを仕事にしたいと思うようになり、夢を諦めきれなかったのだ。

1年間地元で働いたが退職し、東京に戻って「百麺」で修業を始める。

「修業当初から独立願望はあって、いつか自分の店が持てればと考えていました。

そんな中、グループの『誠屋』大森山王店の店長が社内独立するという話が出てきたのです。こういう形の独立の仕方もあるんだなと私も意識するようになりました」(鈴木さん)

鈴木さんは「百麺」の世田谷本店で長く店長を務め上げた後、別ブランド「中山堂」を立ち上げお店を任されていた。ここでは「百麺」の豚骨スープに自家製麺を合わせ、オリジナルな一杯を作っていた。

そのまま「中山堂」で独立するという案もあったが、結婚して行動エリアも変わっていたということで、多摩地区でお店を探すことにした。

こうして辿り着いたのが多磨霊園の物件だった。ここから鈴木さんの社内独立店の立ち上げが始まる。

独立というと修業を終えて退職し、開業資金を貯めて、物件を見つけて一から店づくりをするというのが当たり前だった。開業資金は安くても400万~500万円。1000万円かかるというパターンもザラである。

昨今、ラーメン店の廃業が盛んに取り沙汰されている。その際によく指摘されるのが「参入障壁の低さ」だが、それでも初期費用はかさむのである。当然誰でもできるということではない。

社員として雇用しつつ、頑張れば給料が増える仕組みに

そんななか、「百麺」が社内独立の制度を始めたのはなぜか。

「もともとの入り口は、頑張っている社員の給料を増やすにはどうしたらいいかということでした。

今ある『百麺』のお店の売り上げを一気に倍増させるというのは簡単ではありません。独立志望の従業員に社内独立してもらうことで、会社と従業員それぞれにウィンウィンの形が作れるのではないかと考えたのです」(宮田さん)

調理中の鈴木さんの様子(筆者撮影)

独立する店主は店づくりや味づくりなどは行うが、経理などの事務系の仕事は本社に任せることができる。店主は今までどおり「店長」のような働き方で自分の店を持つことができるのだ。

また、「百麺」では、売上から月額の固定費(出店にかかった費用はここで消化していく)を引き、残りの売上はすべて店主に戻す形にしている。社内独立なので、雇用は「百麺」の店長時代と変わらないのもポイントだ。

「売上に合わせてロイヤリティで納めてもらうことも考えましたが、できるだけお店が売れれば売れるほど給料が上がる形にしたくて、今の制度を採用することにしています」(宮田さん)

グループに属しながら独立することで、食材などはグループ全体で発注することができ、スケールメリットを出すことができる。保険なども当然割安になる。

「このお店も立ち上げの初期費用で600万円から700万円ぐらいはかかっています。これを個人で負担するのはやはり大きなリスクだと思います。うちの実家も父が事業で失敗したこともあり、リスクが怖かったというのが正直なところです。

妻も、もともと独立に反対だったので、この形での独立が決まり、喜んでいました。ちょうど子供が産まれた時でしたし、不安だったんだと思います」(鈴木さん)

自分の店を持てたうえで、リスクを軽減することができる、ウィン・ウィンの仕組みだ(筆者撮影)

社内独立の制度は、開業や独立を目指す人だけでなく、その家族にとっても安心しやすい仕組みなのだ。

1年にわたる伴走、安定するまで独立を待った

しかし、この制度は誰にでも当てはめられるというものではない。鈴木さんのように長く働いて貢献してくれたという実績があってこそ任せられるという現実はある。

それでもオープンから1年間は「百麺」が伴走しながらお店を軌道に乗せ、1年後の2020年1月に晴れて社内独立という形になった。

「独立するとその日から『社長』をやらなければいけなくなるのです。何から何まですべて自分でやらなければいけなくなってしまう。

みんながみんな経営をやりたいわけでもなく、純粋に『ラーメンを作りたい』『ラーメン店をやりたい』という店主も多いのが事実です。それを社内独立という形で叶えられるならば、私は背中を押していきたいと考えています」(宮田さん)

宮田さんと鈴木さん。長年の信頼関係が、「社内独立」というスタイルを可能にした(筆者撮影)

働き方が多様になっている中、「社内独立」は注目すべき動きと言っていいだろう。ラーメン店独立の新たな形として今後も注目していきたい。

【画像】超美味しそう…多磨霊園「まぼろし」のラーメンを見る(全6枚)

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)

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