グーグルの「クチコミ」削除が難しい深刻な事情

Googleの検索画面

(編集部撮影)

「院長が偉そうで、最悪の対応でした。こんなクリニックには二度と行きません。」

「出てきた海鮮丼は臭みがあって食べられたものじゃなかった。半分以上残しました。」

Googleマップを見ていると、クリニックや飲食店に対するこうしたネガティブなクチコミを目にすることはないだろうか。

Googleマップは単なる地図アプリではなくクチコミ機能があり、Googleアカウントさえあれば、登録されているスポットについて自由に投稿することが可能だ。5段階評価の「星」の数と「クチコミ」が表示され、投稿された内容は検索結果からも簡単に閲覧できる。Googleマップが、街に存在するあらゆる店舗等を評価する場になっていることは、一般的に誰でも認知しているといえるだろう。

「削除」のハードルはかなり高い

しばしば弁護士である筆者の元には、事業者から「Googleマップに事実無根のことを書かれたので消したい」「Googleマップの星1だけの投稿を何とかしたい」といった相談が寄せられる。

Googleマップのクチコミや星の数の投稿は、投稿者の身分を明かす必要はなく誰でもでき、気軽に投稿できる。そのため、クチコミを書かれた側としても、「身に覚えがない投稿なら、簡単に削除できるはずだ」と考える人が少なくない。しかし、実際にはクチコミを削除することは簡単ではなく、むしろハードルはかなり高い。

人は良いことがあったときに何かを投稿しようと思うよりも、何かしら不満を感じた際にそれを吐き出すために投稿しようと思いがちだ。そのため、クチコミはその性質上ネガティブなものに偏る傾向がある。Googleマップのクチコミは、具体的なエピソードが書かれている場合もあるが、抽象的な内容で特に根拠を示さず「不満を覚えた。」といった感想めいた内容が記載されている場合も多い。

Googleは、Legalヘルプというページで「法律に違反している、またはお客様の権利を侵害していると思われるコンテンツをGoogleサービスで見つけた場合は、Googleにお知らせください。Googleではそのコンテンツを審査にかけ、コンテンツへのアクセスをブロック、制限、または削除するかどうかを検討します。」と記載している。

しかし、試したことがある方なら分かると思うが、ウェブフォームからの請求をしてもほぼ拒否されてしまう。Googleが削除するのは、事実上、裁判で削除が命じられた場合に限られる。

裁判所に「削除」を認めてもらう条件

クチコミで問題となるのは典型的には名誉毀損だが、裁判所に削除を認めてもらうための条件は厳しい。

・クチコミによって書かれた側の社会的評価の低下があること
・投稿内容に公共性、公益目的、真実性のいずれかが「ない」こと
・意見論評としての域を逸脱していること(*意見論評によるものの場合)

上記の点を、削除を請求する側に立証することが求められる。

そして、裁判所が削除を認める判断をする際に最も重視するのは、指摘されている内容に真実性がないこと、つまり「虚偽」といえるかどうかだ。しかし、クチコミという性質上、それが「虚偽」であることを立証することは、非常に難しい。クチコミの内容が客観的な「事実」にひもづく情報ではなく、主に主観的な「感想」や「論評」で成り立っていることが多いためだ。

「事実」に関する記載がなければ、第三者がそれを否定するための材料がそもそもないことになる。これが、削除のハードルを上げているのである。

客観的に見て素晴らしいサービス提供がされていたとしても、サービスを受けた人が主観的に満足しなかったという事情があれば、「満足できなかった」というクチコミを投稿することは十分あり得る。しかし、そのようなクチコミを投稿すること自体は、否定することはできない。

なぜなら、クチコミで訪れた店舗や病院の感想を書くことも立派な「表現」だからだ。表現の自由は、民主主義の前提と位置づけられる人権の中でも、最も重要とされる人権の一つである。自由な情報発信ができるということは、内容がどのようなものであれ、それ自体に民主主義の前提を支える価値があると考えられている。匿名アカウントの主観的な感想や論評であっても、原則としてその価値は変わらない。

また、Googleは単にプラットフォーマーとしてクチコミを掲載しているだけであり、そのクチコミの内容が本当の体験に基づくものかは調べようがない。そして、削除を請求する側も、クチコミを投稿した人物が誰か分かり、事実が述べられているなら、調査した上で「そういったことはなかった」と説明ができる余地があるが、匿名の人物が書き込んだ感想であれば、そもそも調査することができない。

「勝手に事実無根のことを書かれたのに、削除が難しいというのはおかしい」と考える事業者は多く、その思いはもっともと感じる。しかし、感想や論評などの表現を否定することが難しい以上、削除のハードルが緩められることはないのが実態だ。

ネガティブなクチコミで被る損害は大きい

しかし、感想や論評であっても、ネガティブなクチコミによって事業者が受ける損害は大きい。実際、相談者からは「書き込まれてから新規の問い合わせが明らかに減り、売り上げが前年比50~60%減になった」「ネガティブなクチコミをきっかけに、実際の利用者とは思えないクチコミが書かれるようになった。自分のような小さなクリニックでは死活問題だ」といった声を聞く。

このように、ネガティブな感想や論評のクチコミが削除できず放置されていることについて、国による規制はできないのだろうか。実は、この点も非常に難しい問題が横たわっている。

人権侵害をするようなクチコミを放置することは許されないというのは、国も対策の必要性を認識しているところだ。総務省は2018年10月18日から「プラットフォームサービスに関する研究会」という有識者会議を継続的に開催し、プラットフォーム事業者に対してどういった規制をかけていくべきか、かけるとしてその方法はどういったものが適当か、ということを含め議論している。

もっとも、前述の通り、表現の自由のような精神的自由は、営業の自由のような経済的自由より優越的地位にあるとされていて、特に憲法21条2項は、検閲を禁止している。Googleなどのプラットフォーム事業者も、国との関係でいえば表現の自由を享受する主体であるし、またプラットフォーム事業者がクチコミ等を含む表示をどのように扱うかも、表現の自由の範疇に含まれ、厚く保護されることになる。

国がプラットフォーム事業者に対して、クチコミ等の内容を法律で規制しようとすれば、表現の自由の保障に対する侵害や、検閲の禁止に抵触しかねないという問題が出てくる。そのため、国がクチコミを直接的に法律によって規制することや、プラットフォーム事業者に対して削除を義務づけることは極めて難しい。

もっとも、法律による義務づけはできないとしても、国もGoogleなどのプラットフォーム事業者が日本国内において活動する以上、一定の規律はあるべきだと考えている。具体的には、投稿された書き込みなどのコンテンツ投稿を、事業者で監視するモニタリング業務(これは「コンテンツモデレーション」といわれる)の在り方について、ルール作りが検討されている。

位置情報と店舗の情報がセットで表示されるGoogleマップは、私たちの生活の中に自然と浸透しており、民的サービスとして利用されている以上、サービスを提供しているGoogle側も、何らかの対策が必要ではなかろうか。

最近では、医師・歯科医師が、「Googleクチコミ被害者の会」を立ち上げてGoogleに対して裁判をすることで、問題意識を広げようという取り組みもされているようであるが、ハードルは決して低くない。

冷静に判断するきっかけになる「反論」

それでは、事業者はどのように自衛すればよいか。対策としては、ポジティブなクチコミを投稿してもらえるよう受付や会計時などに呼びかけたり、QRコードのポップを用意してその場でクチコミ投稿がしやすい状況を整える、といったことが一般的だ。ポジティブな投稿をしてくれる人を逃さず、その数を増やせば、ネガティブなクチコミで溢れて悪いイメージが固定化されてしまうというリスクを避けることができる。

強力なファンがついている場合、ネガティブなクチコミに対して自主的に反論をしてくれるケースも目にする。クチコミを書かれた事業者が、自分で反論をしている場合は、「攻撃的な人だ」といったネガティブな印象を与えてしまうおそれがあるが、利用者という第三者からの反論は、クチコミを見ているユーザーが冷静に物事を判断するきっかけになる。

クチコミを書かれること自体は止められず、削除も簡単にできない以上、自身・自社のファンを作るということが重要であるといえるだろう。

(清水 陽平 : 弁護士(東京弁護士会所属))

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