株価が下がればTOBは増える?過去10年のデータで見ると…

過去最大の株価下落で証券市場に激震が走った。しかし、株安は「買い」の好機でもある。その最たる例がTOB(株式公開買い付け)だろう。株安になれば買付価格を低く抑えられそうだが、実際に株価の下降局面ではTOBは増えるのか?過去10年のデータから探ってみた。

買収価格が跳ね上がるTOB

TOBの買付価額を導く方法として、数年間の事業計画をもとにフリー・キャッシュ・フローを一定の割引率で現在価値に割り引いて株価を評価する「DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法」、類似事業を行う上場企業の市場株価と収益性を示す財務指標との比較で株価を導く「類似会社比較法」、基準日を設定して一定のスパンで株価の平均値を求めて株価を出す「市場株価平均法」がよく使用される。これらを複数使用し、計算から求められた株価レンジを参考値として、最終的に買付価額が決定される。

上場企業は発行株式数が膨大な上にプレミアムを上乗せするケースが多いので、多額の買収資金が必要になる。

2024年の8月6日までの国内企業を対象にしたM&Aのうち、金額上位には米ブラックストーンによる「めちゃコミック」運営のインフォコム<4348>のTOB(約2758億円)やキリンホールディングス<2503>によるファンケル<4921>のTOB(約2207億円)、伊藤忠商事<8001>によるデサント<8114>のTOB(1826億2500万円)などTOB案件が並ぶ。

日経平均株価とTOB件数には相関関係がある。が、意外にも株高でTOBが増え、株安では減るという結果となった。つまり、買付価格が高くなる時期にTOBを実施する企業が多いということだ。なぜ、わざわざ「高値づかみ」をするのか?

理由① 株価のトレンドは予測できない

TOBは思いついたらすぐにできるものではない。大半のTOBは買収する企業(買収企業)が買収される企業(被買収企業)に水面下で接触するのが普通だ。その際の条件交渉や、TOB資金の調達のための時間が必要になる。

例えば2024年1月に発表されたメドレー<4480>によるグッピーズ<5127>のTOBでは、遅くとも2023年9月に交渉が始まっている。メドレーによるTOBの意思決定はもっと早かったはずで、最速でも3〜4カ月はかかるだろう。当然、TOB予定日の株価予想は難しく、投資家のように「安いから買おう」という行動にはならない。

理由② TOBの狙いはキャピタルゲインではない

投資家は「安く買って、高く売り抜ける」のが鉄則。それは株式の売値と買値の差額であるキャピタルゲイン(売買差益)に期待するからだ。しかし、TOBは買収企業が事業会社であれ、投資ファンドであれ、被買収企業の「成長性」に期待している。

事業会社の場合は事業規模の拡大や新規市場への参入、人材の確保といった、自社の成長戦略のためにTOBを実施する。投資ファンドもTOBで取得した被買収企業を成長させて、買付価格よりも高い価格での売却を狙う。

株価も判断材料の一つではあるだろうが、それよりも事業の成長性に注目するのだ。株価の上昇局面は一般に好況期であり、企業のTOBを含めた買収気運も高まる。株価が高い時期にTOBが増えるのも頷(うなず)けるだろう。

好況期は買収企業の業績も良く、TOBを実施する財務的な余裕がある上に経営層が積極的な投資を選択しやすいというわけだ。

理由③ 株価の高騰期は「カネ余り」の時期でもある

株価が上がる時期は、金融市場で余剰資金が存在しているケースが多い。つまり資金調達がしやすい。TOBに限らずM&A全般で、低金利の時期に活発化する傾向が見られる。

IMAAの統計によると、米国では政策金利が年間を通じて0.25%だった2021年に1985年以降では最高となる2万5170件だったが、一気に4.50%まで急騰した2022年には2万1274件に減少している。

さらに5.50%まで上昇した2023年には1万4812件にまで落ち込んだ。金利高が続く2024年は7月末までで8227件、年間では1万4103件とさらに落ち込む見通し。

米国では金利高で金融市場から余剰資金が消えた結果、TOBを含むM&Aは資金調達面で実施しにくくなっていることが浮き彫りになった。

こうした事情は各国共通だ。日本でも政策金利が引き上げられ、今後も利上げが続くと見られている。そのため日本でもTOBは減少する可能性が高そうだ。

文:糸永正行編集委員

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