新1万円札の「渋沢栄一」、関西でも東洋紡、京阪電鉄、京都ホテルと関わり

デザインが一新された1万円、5000円、1000円の3券種の紙幣が、2024年7月3日に発行される。

1万円札に採用されたのは、1840年に埼玉県深谷の農家に生まれ、生涯に500もの企業の設立などに関わり、近代日本の経済発展に力を尽くした渋沢栄一。

その足跡は出身地から遠く離れた関西でも見ることができる。

東洋紡 私費で研究費を支援

その一つが、紡績業から始まり、現在は液晶やコンデンサー向けフィルムなどを手がける東洋紡<3101>(大阪市)。

ロンドン大学で経済学を学んだ山辺丈夫が1879年春に、当時すでに日本財界をリードしていた渋沢栄一に紡績技術者への転身を薦められ、1882年に大阪紡を創立(創業者:渋沢栄一、初代社長:山辺丈夫)したのが始まりだ。

渋沢栄一は研究費として、個人資産から1500円(現在の数千万円)を山辺丈夫に送り支援したこともあり、1883年には日本最初の大紡績工場として操業を始めた。

その後は、何度も合併を繰り返し、事業規模を拡大。1957年に合繊事業に進出し、次第に現在に体制を整えていった。

京阪電鉄 創立委員長として設立

大阪、京都、滋賀を結ぶ京阪電気鉄道を運営する京阪ホールディングス<9045>(大阪市)も、渋沢栄一が創業に関わった。

1906年に渋沢栄一が創立委員長となり京阪電気鉄道を設立し、1910年に大阪の天満橋駅と京都の五条駅を結ぶ路線が開通した。

渋沢栄一が「私利私益のみに走るのではなく、公利公益も考え、他人の幸せのためにも力を尽くすのが本分だ」と唱えたのを受け、京阪では全てのステークホルダーに対してバランス良く価値を認められる品格のある経営を目指しているという。

同社は1945年に交野電気鉄道の事業を譲り受け、交野線として運用を始めたほか、近年は2014年に有機野菜などの宅配サービスを手がけるビオ・マーケットを、2016年に飲食店運営のカフェを、2017年に住宅販売を展開するゼロ・コーポレーションをそれぞれ完全子会社化し、事業の幅を広げている。

京都ホテル ホテルの創立費を扶助

渋沢栄一が創業に関わったホテルは、東京ホテル(現帝国ホテル)、日光ホテル会社(現存せず)、京都常盤(現ホテルオークラ京都)の3社と言われる。

ホテルオークラ京都を運営する京都ホテル<9723>(京都市)は、1890年に本格的な洋式ホテルとして、前田又吉が開業した常盤ホテル(京都ホテル)が前身で、この2年前の1888年に前田又吉が創業した「京都常盤」をルーツとする。

京都は日本を代表する景勝地であり、この地に相応しい宿泊施設が必要と考えた渋沢栄一が、ホテルの創立費を扶助したという。

京都ホテルは2001年に、ホテルオークラと提携(2024年3月末時点のホテルオークラによる京都ホテルへの出資比率は35.3%)し、2002年に「京都ホテル(おいけ本館)」のホテル名を「京都ホテルオークラ」に改称。さらに2022年に「ホテルオークラ京都」に改称した。

文:M&A Online記者 松本亮一

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